其の七十壱「古衣怨影」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは、私が古着屋さんで聞いた──服にまつわる、少し不気味な話です。
私は普段から服には気を使う方ですが、流行や服の歴史にはあまり詳しくありません。
それでも、おしゃれなアイテムを眺めていると気分が昂るのは昔から変わりません。
その日、私は久しぶりに古着屋さん巡りをしていました。
三軒ほど見て回り、四軒目の店で店員さんに「お仕事は何をされているんですか?」と聞かれました。
作家・ライターをしていて、今は創作怪談を書いている──そう話すと、店員さんは少し目を輝かせて言いました。
「じゃあ、服にまつわる怖い話……ひとつ聞きます?」
私は興味をそそられ、店員さんの話に耳を傾けました。
それは、ある若い夫婦に起きた出来事でした。
◇◆◇
その夫婦はアメリカンカジュアルが大好きで、二人ともとてもお洒落だったそうです。
そんな二人がある日、とある古着屋でとても状態の良いアウターを見つけました。
1950年代に流行した、レーヨン製ギャバジン生地のギャバジャン。
ロカビリー文化を象徴するヴィンテージアウターで、光沢のある生地が美しい一着。
旦那さんが試着すると、サイズはジャスト。
値段は198,000円──私なら尻込みしてしまう金額ですが、夫婦は「今しかない」と思い切って購入したそうです。
旦那さんはそのジャケットをとても気に入り、休日に出かけるときは必ず羽織っていたと言います。
ヴィンテージ好きの仲間からも羨ましがられ、本人も上機嫌だったそうです。
しかし──しばらく経つと、奥さんは旦那さんの様子に小さな違和感を覚え始めました。
もともとは強面でワイルドな外見に反して、穏やかで優しい性格だった旦那さん。
それが、妙に短気で怒りっぽくなり、なぜか会話の中に突然流暢な英語が混ざるようになったのです。
最初は冗談かと思っていた奥さんも、日に日に変わっていく旦那さんの態度に、次第に恐怖を覚えるようになりました。
そして、決定的な違和感。
旦那さんは、あのギャバジャンを休日だけでなく、毎日のように着るようになったのです。
服を大切に扱う人だったのに、コンディションなど気にせず、まるでそれを“手放せない”かのように。
奥さんは確信しました──旦那さんは、何かに取り憑かれている。
奥さんは旦那さんを連れて、近所で有名な神社へ相談に行きました。
神主さんは、ギャバジャンを羽織った旦那さんを見るなり、こう言ったそうです。
「これは……珍しいのを連れてきたね。」
その視線は、旦那さんの“背後”に向けられていたといいます。
お祓いは滞りなく終わりました。
そして神主さんは、静かにこう説明したそうです。
「旦那さんには、若いアメリカ人男性の霊がついていました。」
原因は──ギャバジャン。
1950年代、アメリカ都市部で広がったギャング文化。
その抗争の中で命を落とした若者が、生前大切にしていた服。
それが、旦那さんが購入したギャバジャンだったのだと。
そのアメリカ人男性は短気で怒りっぽい性格で、毎日のようにそのギャバジャンを羽織っていた。
旦那さんは、ギャバジャンを着ることで、その“持ち主そのもの”になっていた──。
「旦那さんは、服に残った“前の持ち主の魂”に引き寄せられたのでしょう。」
お祓いの後、旦那さんは元の優しい性格に戻ったそうです。
◇◆◇
店員さんは話し終えると、肩をすくめて笑いました。
「この話、人づてに聞いた話なんで、うちで売れた服の話じゃないですよ。
……でも、お客さん。もしかすると、この店の古着の中にも、いわくつきの服があるかもしれませんけどね。」
冗談めかして言ったその言葉に、私は背筋がゾゾゾと冷えるのを感じました。
ヴィンテージ品には、時に“何か”が宿ることがある──そんな話は、怪談やホラー映画でもよくあります。
呪いの人形、呪物……
この日を境に、私はこう思うようになりました。
古いものを買うときは、気をつけた方がいいのかもしれない。
そこには、前の持ち主の思いが詰まっていることがある。
そしてそれが、必ずしも良いものであるとは限らないのだから。
この話、本当らしいですよ。




