其の六十Q「霊界半歩(れいかいはんぽ)」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは、私の友人が体験した……いえ、正確には「見てしまった」出来事です。
嘘のように聞こえるかもしれませんが、彼が言うには、この話は本当の話らしいです。
◇◆◇
彼は、心霊スポットと聞けばすぐに「行ってみよう!」と言うような、好奇心旺盛なタイプ。
その日も友人(A君とします)に誘われ、二つ返事でついていき、深夜の山道を歩いていたのでした。
その心霊スポットは、山の中腹にある古い展望台。地元ではそこそこ有名な場所でした。
今は誰も管理しておらず、柵は錆び、床板はところどころ抜け落ち、夜になると街灯も届かない真っ暗な場所です。
二人が展望台に着いたのは、夜中の一時過ぎ。
月明かりだけが頼りで、風が吹くたびに木々がざわざわと揺れ、気味の悪い雰囲気は頂点に達していました。
「誰もいないな。」
A君が懐中電灯を振りながら言いました。確かに、展望台には二人以外誰もいないように見えました。
……その時までは。
彼がふと展望台の端に目を向けると、そこに──誰かが立っていたのです。
白いシャツを着た男性。欄干にもたれ、街の灯りをじっと見下ろしているようでした。
「なあ、あそこ……人がいるぞ。」
彼は展望台の端を指差しました。しかしA君は怪訝そうに首を傾げます。
「え?どこ?誰もいないよ。」
「いや、いるって。ほら、あそこ。」
彼はもう一度、強調するように指をさしました。それでもA君は首を振るだけでした。
「いや、本当に誰もいないって。お前、怖がらせようとしてるのか?」
そう言われた瞬間、彼は気づきました。
──A君には見えていない。なのに、自分にははっきり見えているのだと。
白いシャツの男は、こちらに背を向けたまま微動だにしません。
その様子はまるで、その場所だけ時間が止まっているようでした。
彼は息を呑みました。
「まさか……見えてるの、俺だけ?」
A君は冗談だと思って笑っていましたが、彼は笑えませんでした。
確かに人が“そこにいる”。なのに、自分にしか見えていない。
男の顔は暗くて見えません。
ただ、こちらを見ているような“気配”が、そのときはっきりと伝わってきました。
彼は悟りました。──これは絶対にヤバいやつだ!
「帰ろう。今すぐ!」
A君は驚きながらも、彼のただならぬ様子に気づき、冗談ではないと理解したのか、すぐに頷きました。
◇◆◇
帰り道、彼は震える声でA君に尋ねました。
「なあ……あそこの噂って、どんな話だった?」
A君は少し考え、思い出したように言いました。
「……あの場所、たまに“気付けない人”がいるって噂があるんだよ。そこにいるのに、大半の周りの人が気付けない人。それって、もう半分あの世に行ってる人らしいんだって。」
「半分……あの世に?」
「そう。生きてるけど、もうすぐ向こう側に行く人。魂が半分あの世に行ってしまっていて存在が薄くなってるから、大半の普通の人には見えない。見えるのは霊感が強い人だけらしいけど……お前、何か見えてたのか?」
彼は言葉を失いました。
──それじゃあ、あれは死んだ人ではなく、死にかけている“生きている人”だったのか。じゃあ、あの人はこれから……?
そう思った瞬間、彼は背筋がゾゾゾと冷たくなりました。
◇◆◇
後日、彼はニュースで知りました。
あの展望台の近くで、深夜に男性が転落して亡くなっていたことを。
それは白いシャツを着た、二十代の男性だったそうです。
あの夜、彼が見たのは──まだ死んでいないのに、もうこの世から消えかけていた“その人”だったのかもしれません。
そして、彼にだけ見えたということは……その人は最後に誰かに気付いてほしかったのかもしれません。
◇◆◇
これが、私の聞いた彼の体験談です。
作り話のように思うかもしれませんが──この話、本当らしいのです。
なので本当に、気をつけてください。
心霊スポットで“誰か”が見えた時。もしかするとそれは幽霊ではなく、これからあの世へ行こうとしている“生きている人”かもしれないから。




