其の参「のろいびと」
これから語るのは、もしかすると、これから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない、「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。けれど、その中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、時に、見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そして、ひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。けれど、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
のろいびと。
そんな呼び名が、いつの間にか囁かれるようになった男がいる。
彼は、どこにでもいるような人だった。物腰が柔らかく、誰にでも丁寧で、争いを好まない。
人が良すぎると言われることもあったが、それは決して悪いことではないはずだった。
だが、世の中には、そうした優しさを弱さと見なす者もいる。
彼は、いじめの標的になりやすかった。
職場でも、学校でも、彼の周囲にはなぜか、攻撃的な人間が現れた。
言葉の暴力、陰湿な嫌がらせ、無視、嘲笑。
彼はそれらを黙って受け止めていた。
反論することもなく、怒ることもなく、ただ静かに耐えていた。
だが、奇妙なことが起こり始めた。
彼をいじめた人間に、次々と不幸が訪れるのだ。
最初は、ある職場での出来事だった。彼を執拗にいじめていた男性がいた。理不尽に言い詰められたり、仕事のミスを彼のせいにしたり、陰で「使えない奴」と言いふらしたり。だが、その男性の親が、彼をいじめ始めてから一週間後に急死した。原因は心臓発作。突然のことだった。
それだけではなかった。二年後、その男性の息子が交通事故に遭い、重傷を負った。命は助かったが、重い後遺症が残ったという。
次は、その職場での別の話。彼をいじめていた女性がいた。彼の発言を遮り、無視し、陰口を叩いていた。彼が何か提案すると、必ず否定した。そんな彼女の親が、彼をいじめ始めてから三か月後に急死した。病気ではあったが、進行が異常に早かったという。
三人目は、彼をいじめたことで家族関係が急激に悪化した男性だった。妻との仲がぎくしゃくし始め、子どもたちとも会話が減り、やがて家庭は崩壊した。離婚し、子どもたちはそれぞれ別の場所へ。まるで一家がばらばらに引き裂かれるようだった。
奇妙なのは、これらの不幸が「本人」ではなく、「家族」に訪れるという点だった。
まるで、彼をいじめた人間の「大切なもの」を奪うかのように。
これは誰かが意図的に仕掛けたものではない。もちろん彼自身が何かをしたわけでもない。
ただ、彼を傷つけた人間の周囲に、じわじわと不幸が広がっていく。
まるで、彼の優しさが、見えない力となって、報いをもたらしているかのように。
だが、それを知ってか知らずか、彼をいじめる者は後を絶たなかった。
一人、また一人。彼の沈黙を「弱さ」と誤解し、攻撃する者が現れる。
そして、そのたびに、誰かの家族が傷ついていく。
私はこの話を、ある人から聞いた。だが、最初は全く信じなかった。ただの偶然が重なっただけだろう、と。人の不幸を結びつけて、物語に仕立てたのだろう、と。
しかし、話を聞けば聞くほど、その数の多さに偶然とは思えなくなっていった。
彼の周囲には、なぜか「不幸の連鎖」がある。そして、それは決して彼自身には及ばない。彼は、ただ静かに、変わることなくそこにいる。まるで、何かを背負っているかのように。
この話、嘘かと思った。でも、今では、こう思っている。
この話、本当だったんだ、と。




