其の参十五「誰でも簡単に痩せられる超ダイエット本」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは、私のちょっと恥ずかしい話でもあり、そして命拾いしたと心底思うことになった話です。
秋といえば、食欲の秋。グルメレポート記事を書くため、という名目で、私は食レポで有名な方に美味しいお店をいくつも教えていただきました。
取材という名の食べ歩き。どのお店も本当に美味しくて、私は幸せな気持ちで記事を書きながら、次の店の予約を入れていました。
そして数日後、ふと気づいたのです。
お気に入りのパンツのウエストが、少しきつくなっていることに。
おっと、これはいけない!と私は思いました。
美味しいものを食べるのは幸せだけれど、健康も大事。
そこで私は、減量のためにいつも使っているECサイトでダイエット本を検索することにしました。
いくつかの本が表示される中で、ひときわ目を引いたタイトルがありました。
【誰でも簡単に痩せられる超ダイエット本】
あまりにも直球すぎるそのタイトルに、私は思わず笑ってしまいました。分かりやすいとは思うのだけど、安直すぎるのでは?と。
表紙も特にインパクトがあるわけではなく、どこにでもあるような普通の本。しかし、驚いたのはその売れ行きでした。
そのECサイトで扱っているダイエット本の中で、売り上げ第一位。しかも、すべてのジャンルを含めてもかなり上位に食い込んでいるという、異常なほどの人気ぶり。
「この本、そんなに売れてるの?」と私は思わず興味を惹かれました。
しかし、同時に妙な点にも気づきました。
この本、評価もレビューも一つも付いていないのです。
評価0、レビュー0。これだけ売れているにもかかわらず、誰一人として感想を残していない。
それがどうにも引っかかりました。
結局、私はその本を買うのはやめて、ほどほどに売れていて評価もそれなりについている別の本を選びました。
数日後、友人と会ったとき、私はその話をしました。
「こんな本があってね。」と、私はスマホでそのページを見せました。
すると、彼女は驚いて目を見開き、私がそれを買わなかったことに安堵したように、胸をなでおろしました。
「……その本、買わなくて本当によかったね。」
「え?何かあったの?」
私がそう尋ねると、彼女は小さく頷き、声を潜めるようにして話し始めました。
【誰でも簡単に痩せられる超ダイエット本】
SNSでは、読めば必ず痩せられると大評判になっているらしい。でも、評価やレビューが一切つかないのには理由があるというのです。
それは、“読んだ人がダイエットに成功しすぎた”から。
「成功しすぎたって、いいことじゃないの?」
私はそう思いましたが、彼女の言う“成功しすぎた”の意味は、私の想像とは全く違っていました。
読むだけで、どんどん痩せていく。運動も食事制限も必要ない。ただ読むだけで、体重が落ちていく。けれど、それは止まらない。際限なく、どんどん痩せていく。脂肪が落ち、筋肉が落ち、骨と皮だけになっても、なお痩せ続ける。やがて動けなくなり、声も出せなくなり、それでも止まらず、ただ痩せていく。
それが”成功しすぎた”の意味でした。
だから、評価もレビューも付かない。いや、正確には”付けられない”のだと。
なぜなら、その頃にはもう、購入者は痩せすぎて何もできなくなっているから。
「……それ、ただの都市伝説じゃないの?」
「そう思うのだけど……でもね、この本を買った人みんな行方不明になっているなんて噂もあって……」
まだまだ続く彼女の話に、私は背中にゾゾゾと冷たいものが走るのを感じていました。
あのとき、もし私があの本を選んでいたら。もし、あの本を読んでいたら。
今、私はここにいなかったかもしれない。
そう思うと、ちょっと太っちゃってという笑い話では済まされない……
そして私は思うのでした。
不摂生をすることなく、普段から、健康には気を使うようにしようと。
これは、私のちょっと恥ずかしい話でもあり、そして命拾いしたと心底思うことになった話です。
この話、本当なんです。




