其の参十参「逃がさずの屋敷」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは、私が怖い話を書いていると聞いた彼が、「それじゃあ俺も」と言って
作って聞かせてくれた怖い作り話です。
彼の作った怖い話のタイトルは「逃がさずの屋敷」。
最初にそのタイトルを聞いたとき、私は少し笑ってしまいました。
いかにも彼らしく、そして創作らしい、妙に語感の強い名前だったからです。
でも、話を聞き終えたときには、その笑いはすっかり消えて、
へぇ、そういう話を考えるんだと感心している私がいました。
彼の作った「怖い作り話」それは、こんな内容でした。
ある町に、心霊廃墟として知られる屋敷があるという。そこでは、過去に何件もの行方不明事件が発生しているらしく、地元では近づかないようにと注意されている場所だった。
そんな噂を聞きつけた三人の若者がいた。
彼らは心霊スポット好きで、怖いもの見たさにあちこちを巡っていて
この話を聞くと当然のようにその屋敷へと向かうことにした。
屋敷は、見た目こそ古びていたが、彼らの期待を裏切るような、どこにでもある廃墟だった。崩れかけた壁、割れた窓、埃をかぶった家具。特に異様な空気もなく、拍子抜けしながらも彼らはそこを探索する。
そして、そろそろ帰ろうかという時だった。
三人は外に出るために、廃墟の出口である玄関へと足を進めた。
だが、玄関前に差し掛かった瞬間。彼らは、くるりと後ろに向きを変え、再び廃墟の中へと戻っていってしまった。
何かに驚いたわけでも、誰かに呼ばれたわけでもない。ただ、自然に、無意識に、身体が反転し屋敷の奥へと戻っていく三人。
「え?何で??」
彼らは困惑しながらも、再び玄関へと向かうのだが、くるり、またくるり……
何度も玄関から外に出ようとしたにもかかわらず、玄関の前に立つと、必ずくるりと向きを変えてしまう。それはまるで、出口を前にして、身体が外へ出ることを拒んでいるかのよう。
抗おうとしても、抗えない。意識では出ようとしているのに、身体が勝手に戻ってしまう。
そして彼らは、どうやっても廃墟の中から出られなくなり、そのまま三人は、新たな行方不明者として数えられることになった……という話。
これが、彼が私に聞かせてくれた、彼の作った怖い話です。
私は、話を聞きながら、どこか感心していました。
玄関扉が閉まっていて外に出られない、という話はよくあります。鍵がかかっている、扉が消えている、外が異空間になっている。そういう類の話は、私も何度も聞いていますし、書いてもきました。
でも、玄関の前で、体が意図せず後ろに向きを変えてしまうというのは、閉ざされた扉よりももっと怖いと私は感じました。
扉が閉ざされているなら、それを開ける方法を考えることができます。鍵を探す、壊す、誰かに助けを求める。そんなふうに、様々な手段が浮かびます。
でも、扉に手を掛けることすらできない。玄関の前に立った瞬間、身体が勝手に反転してしまう。
それは、出口があるのに、出口に触れることすら許されないということ。
延々と、廃墟の中を彷徨うことになる恐怖。出口が見えているのに、そこへ向かえない。
……なかなか、怖い話だと思いませんか。
そしてこんな話を作るんだと、私は少し彼を見直しました。
彼は、普段は冗談ばかり言っているような人なのに、こんなじわじわと怖さが迫ってくる話を作るなんて。
これが、私の彼が考えた怖い作り話。この話、本当なんです。




