其の弐十参「未完」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは、2年前に私の作家仲間から聞いた話。
彼は物静かで、どこか夢見がちな男だった。
小説を書く傍ら、古書店を巡ったり、廃刊になった雑誌を集めたりするのが趣味で、
時折、奇妙な話を持ち込んでは私を困惑させた。
その日も、彼は一冊の文庫本を手に、喫茶店の席に座るなりこう言った。
「この作品、読んだことある?」
それは、ある有名作家の最後の作品となったミステリー小説だった。
シリーズものの第3巻までが刊行されており、
第4巻は執筆中に作者が不可解な死を遂げたことで、未完のまま絶筆となった。
ジャンルはミステリー。だが、単なる謎解きではない。
世界の歴史を題材にし、実際の出来事を織り交ぜながら進む物語は、
難解というより、「もう何がどうなっているのか分からない」と言われていた。
彼は今、その作品を熱心に読み込んでいるというのだ。
「謎が謎を呼び、謎のまま進んで行く。もし4巻が世に出ていたら、どんな結末になったのか……とても読んでみたい。」
熱を入れてそう語る彼の目は、作家というより、読書好きの文学少年のようだった。
私は、そんな彼の熱に押され、少し身を引きながら、その作品についてある噂を思い出していた。
実は、私は以前からその小説にまつわる“よくない噂”を耳にしていた。
彼の言う通り、その物語は異様なほど難解で「謎が謎を呼び、謎のまま進んで行く」という感想は、彼から聞く以前にも何度か聞いたことがあった。
第4巻では、その謎の全てが解明されるはずだった。
だが、作者の死によりそれは叶わず作品は未完のまま残された。
それでも、この作品の熱心なファンたちは諦めなかった。
ネット上には、この作品の結末を予想し、意見を交わすコミュニティが存在していた。
彼らは、断片的な伏線を拾い集め、作者の意図を読み解こうと日夜意見を交わしていた。
しかしその中で、ある奇妙な現象がコミュニティに報告されるようになった。
この作品の結末を予想し、謎を解明目前に近づいた者は、
何らかの形でこの世から姿を消しているという報告。
失踪、事故、突然の死。
理由は様々だが、いずれも不可解な状況で消息を絶っていた。
そんなことから、この作品は
「謎が謎を呼び、すべて謎のまま読み終わるべき作品」とも言われるようになっていた。
そして、あれから2年後。
私にこの話をした作家仲間の彼は、突然消息を絶った。
連絡が取れなくなり心配になった私は、彼の家を訪ねた。
彼の家族に通され、書斎を見せてもらったそのとき、私は言葉を失った。
机の上には、この作品の全3巻が並べられていた。
そして、その隣には1冊のノート。
表紙には、手書きで「④」と記されていた。
まるで、それがこの作品の続きであるかのように。
私は、震える手でノートを開いた。
そこには、彼の筆跡でびっしりと書かれた文章が並んでいた。
断片的な考察や伏線の整理、登場人物の関係図。そして、最後のページ……
私は、最後のページを開こうとした手を止めた。
これ以上読んではいけない!と、私の中で警告するような声が響いた。
私はそっとページを閉じ、ノートを元の位置に戻した。
彼は、もしかするとこの作品の謎を解明し、結末を知ってしまったのかもしれない。
そして、その代償として、この世から姿を消したのかもしれない。
3巻までの文庫本、そして手書きのノート④は、今も彼の書斎に置いたままにしてあるらしい。
この話、本当なんです。




