其の十六「心臓の弱い方はご覧にならないでください」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
この話を聞いたとき、私は思わず頭を傾けた。
それは、ある男性が語ってくれた体験談。
彼は、数年前のある夕方、仕事帰りに立ち寄った駅前の広場で
偶然にも中年男性が心臓発作で倒れる瞬間に居合わせたという。
人通りは少なく、周囲に誰も気づいていない。
彼は一瞬、足がすくんだが、その日偶然にも職場で受けていた
救命講習のことを思い出した。
”まさか、こんなにすぐ役に立つとは思わなかった”
彼は心でそう呟きながら、冷静に対応した。声かけ、通報と協力要請、心臓マッサージ…
講習で習った手順を思い出しながら、震える手で処置を続けた。
やがて救急車が到着し、中年男性は搬送された。
「あの男性、助かったらしいよ。早い対応が良かったって。」
後日それを聞いた彼は、自分が人の命を救ったことに驚きながらも
どこか誇らしげだった。
だが、この話には続きがあった。
搬送された男性を見送ったあと、彼がふと現場を振り返ると
そこには一冊の本が落ちていた。
倒れた男性のすぐ傍ら。表紙は黒く擦り切れていたが、タイトルだけははっきりと読めた。
「心臓の弱い方はご覧にならないでください。」
彼は、思わずその本を手に取った。
重い。妙に冷たい。そして紙の質感が普通の書籍とはどこか違っていた。
彼の好奇心がそのページを開こうとした瞬間、ゾゾゾと背筋に冷たいものが走る。
「これは…やめた方がいいかもな。」
そう思い、彼は本を開かなかった。
だが、この本の表紙の言葉は彼の頭から離れなかった。
「心臓の弱い方はご覧にならないでください」
それは、ただの注意書きではないように思えた。
それが気になり彼は後日、その本について調べてみた。
出版社も著者名も記されていない。ISBNもない。
それはまるで誰かが手作りしたかのような本だった。
ネットで検索しても、同じタイトルの本は見つからない。
ただ、調べていく中で彼は自身の遭遇した出来事と、
どこか似た話をいくつか見つけることになった。
「読んだあとに心臓が止まった」
「ページをめくるたびに胸が苦しくなった」
「最後まで読んだ人は、みんな亡くなっている」
彼は、ぞっとした。あの中年男性は、この本をどこまで読んでいたのか。
そして、なぜその本を持っていたのか。
「俺は、あの本を開いていない。だから、こうして話せてるんだと思う」
それから今でも彼は、その本を持っているといいいます。
「捨てようかと思ったけど、なんか……捨てられないんだよね。これを誰かが拾ったらと思うと…」
そして、彼はこう言った。
「この話、本当のことなんだ」
私は、もう一度頭を傾けた。そして、こう思った。
表紙に「心臓の弱い方はご覧にならないでください」と書いてあるのに
人はなぜそれを読んでしまうのか、と。
その本を、目の前に差し出されたら。あなたなら、どうしますか?
その本の表紙には、こう書かれています。
「心臓の弱い方はご覧にならないでください」
それでも、あなたはこの本を開きますか?
この話、本当なんです。




