其の十五「真夜中の相談室」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは私が、2年前にとある街へ旅行に行った友人から聞いた話。
彼女ともう一人の友人は、〇県〇市へ一泊二日の旅行に出かけた。
昼間は市内をのんびり歩き、地元の料理を堪能し、夜は地酒を一杯。
観光地らしい賑わいと、どこか懐かしい街並みに癒されながら、楽しい一日を過ごした。
夜も更け、そろそろホテルへ戻ろうかという頃。時刻は深夜2時。
街の通りは人の姿もなく、すっかり静まり返っていた。
しかし、その静けさは不気味ではなく、むしろその雰囲気にはどこか心地よさが漂っていた。
そんなとき、彼女の友人がふと「ある建物」を指差した。
「あれ? こんな時間に明かりが点いてる」
見ると、ビルの一階に「〇〇〇カウンセリング室」と書かれた看板があった。
相談時間は13時から20時と記されている。
今は深夜2時。明かりが点いているのは時間からして不自然だった。
「照明の消し忘れかな?」
そう言いながらも、彼女の友人は何かに気付いたかのように、どこか顔を青ざめさせ、「早く行こう」と急かした。
彼女はその様子を不思議に思いながらも、二人はホテルへ向かって歩き出した。
ホテルに着くと、彼女の友人がぽつりとこう言ってきた。
「ねえ、さっきのカウンセリング室……中から話し声、聞こえなかった?」
「え? 私は聞こえなかったけど」
「……受け答えしてる声が聞こえた気がしたの。でも、誰の話に答えてるのか、わからなかった」
「何それ?」
「だから、相談されてるわけじゃないのに、相談に答えてるような声がしたの!」
彼女は、あの明かりのついた部屋から聞こえる声に気づいたという。
「そうですか」「大変でしたね」「うんうん」
そんな言葉が、まるで誰かの悩みに寄り添うように、静かに響いていた。
だが、耳を澄ませば澄ますほど、違和感が募った。
いくら耳を澄ませても、相談者の声は聞こえてこない。
「そうですか」「大変でしたね」「うんうん」
その声は、誰かと会話しているようでいて、実際には独り言だったのだ!
翌朝、朝食を済ませた彼女たちはタクシーに乗り、市内から少し離れた観光地へ向かった。その車内で、彼女の友人は運転手に昨夜の話をしてみた。
「あのカウンセリング室、夜中なのに明かりが点いてて……中から声が聞こえたんです」
運転手は、少し間を置いてからこう答えた。
「ああ、あそこね。あそこの先生、霊が見えるって噂ですよ」
「霊…ですか?」
「ええ。深夜2時ごろに明かりが点いてるときは、街を彷徨う幽霊たちの悩み相談を受けてるって話です。だから、先生の声は聞こえても、相談者の声は聞こえない。相談者は幽霊ですからね。」
彼女たちは言葉を失った。あの世に行ってもなお、悩みを抱えたままの霊がいる。そんな話、信じられるだろうか。でも、あの夜、確かに声は聞こえた。
「そうですか」「大変でしたね」「うんうん」
あれは誰に向けての言葉だったのか。本当に幽霊に向けた言葉だったのだろうか。
その日の午後、彼女たちは観光地を巡り、夕方には帰路についた。
旅の余韻に浸りながら、睡魔にうつらうつらとし始めた頃、その電車の中で彼女の友人が突然こう言い出した。
「ねえ…あの声、今も聞こえる気がする」
「え?」
「ほら…『そうですか』『うんうん』って……」
彼女は耳を澄ませた。だが、彼女には何も聞こえない。
「気のせいじゃない?」
「ううん…ずっと、後ろから聞こえるの。」
彼女は、そっと振り返った。だが、そこには誰もいなかった。
そこにはただ、空席がひとつ。それは静かに…そこにあった。
「そうですか」「大変でしたね」「うんうん」
誰かが今もあの場所で、悩みを語り続けているのかもしれない。
そして、それに答えているのは…もう、人ではないのかもしれない。
この話、本当なんです。




