其の十四「あなたはだあれ」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは、私が仕事で知り合った友人から聞いた話。
その日、彼は友人たちと三人で喫茶店にいた。仮に「彼」「A」「B」としよう。
休日の午後、何気ない会話を交わしながらコーヒーを飲み、他愛もない話に花を咲かせていた。
最近観た映画のこと、昔の思い出、仕事の愚痴。そんな、どこにでもあるような時間。
三人は、学生時代からの付き合いで、気心も知れていた仲の良い友人。
だからこそ、彼らがこの時の違和感に気づいたのは、ほんの些細な瞬間だった。
そのほんの些細な瞬間ふと、彼は思った。誰と話していた?
目の前には、二人の友人がいる。AとB。どちらもよく知っている顔だ。
だが、さっきまで三人で話していたはずなのに、もう一人の顔が思い出せない。
いや、確かに三人だった。席も三つ。カップも三つ。笑い声も三つ。
なのに、今、そこにいるのはAとBの二人だけ。
彼は、動揺を隠しながらスマホを取り出し、さっき撮った写真を確認した。
喫茶店のテーブルを囲む三人、のはずだった。だが、映っているのは二人だけだった。
AとB。彼自身。そして、空席。
「おかしいな…」
彼のつぶやきに、AとBは首をかしげた。
「どうした?」
「いや…さっき、三人で話してたよね?」
「うん、三人で」
「でも、誰と?」
AとBは顔を見合わせた。
「え?君と、僕ら、三人でしょ?」
「いや、違う。もう一人いたよ。さっきまで、ここに座ってた」
「誰が?」
彼は、記憶をたどろうとした。声、話し方、服装…だが、何も思い出せない。
顔が、まったく浮かばない。
ただ、そこに「誰か」がいたという確信だけが彼の記憶に残っていた。
その夜、彼は眠れなかった。
何度も写真を見返した。何度も記憶をたどった。だが、空席は空席のまま。
そして記憶は曖昧なまま。
翌日、彼はAに電話した。
「昨日のこと、覚えてる?」
「うん、喫茶店で話したよね」
「三人だったよね?」
「そうだよ。君と僕と…」
Aは言葉を濁した。
「……誰だったっけ?」
「思い出せない?」
「うん…なんか、変だな。確かに三人だった気がするのに、顔が浮かばない」
彼は、ぞっとした。
その後、Bにも連絡した。やはり同じだった。三人だったはずなのに、誰だったか思い出せない。写真にも映っていない。記憶にも残っていない。
ただ、「いた」という感覚だけが、三人に共通して残っていた。
数日後、彼は喫茶店に再び足を運び店員に尋ねた。
「先週の土曜日、僕ら三人で来てたと思うんですけど、覚えてますか?」
店員は首をかしげた。
「お客様は、お二人でしたよ。窓際の席に」
「いや、三人だったはずです」
「いえ、確かにお二人でした。席も二つしか使われていませんでしたし」
彼は、言葉を失った。
その日の帰り道、彼はふと、背後に視線を感じ振り返った。だが誰もいない。
そのとき、彼の耳元でかすかな声がした。
「あなたは、だあれ?」
その声は、どこか懐かしく、どこか冷たかった。
彼は、今でも思い出すという。あの日、喫茶店で話していた「誰か」のことを。
顔は思い出せない。名前も知らない。写真にも映っていない。
でも、確かにそこに「いた」。
そして、今も。誰かは彼のそばに「いる」。
彼の話を聞いていて、三人?四人?二人?とどこか混乱してしまった。
でも彼の真剣な口ぶりから私は思ったのでした。
この話、本当なのだろうなと。




