其の壱百弐「笑う女、怒る女」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
今もまだ、百物語の法則から逃れられているだろうと思いながら、
こうして怖い作り話を書いている私ですが、
最近、朝食を作っているとき右側に“何かがいる”ような気がして仕方ありません。
それはそれとして、今日の読者様からいただいた、こんなお話をご紹介します。
◇◆◇
風間先生、いつも「これから広まるかもしれない怖い作り話」を
背筋をゾゾゾとさせながら楽しく(?)読ませていただいています。
終盤に入り、一体108話目がどんな話で終わるのか。
最後のお話で先生からこの物語群についてのコメントが届くのか――など、
いろいろ想像が膨らんでいます。
今日は、私の友人が体験した不思議な幽霊の話を、お便りとして送らせていただきました。
それはこんなお話です。
◇◆◇
「そこでは白い服の女の幽霊が立っている。」
友人がその噂を聞いたのは、会社の昼休み中の雑談でした。
通勤路にある古い歩道橋。
夜になると、階段を上がりきった踊り場に白い服の女が立っている。
そして、それを見た人は必ず“どんな顔をしていたか”を話題にするのだそうです。
ところが、その証言がまったく一致しません。
「すごい怒った顔で睨まれた」
「いや、にっこり笑ってたよ」
そんなふうに、人によって見え方が違うのです。
友人は半信半疑でしたが、ある夜、残業帰りにその歩道橋を通ることになりました。
階段を上がりきった踊り場で、ふと視界の端に白い影が揺れたのです。
そっと見てみると、そこには白い服の女が立っていました。
友人は息を呑み、ゆっくりとその顔を見ます。
女は――笑っていました。
にっこりと、まるで旧友にでも会ったかのように、優しく。
怖さよりも、なぜか胸の奥が温かくなるような、不思議な感覚がしたといいます。
翌日、職場でその話をすると、同僚が青ざめた顔で言いました。
「どんな顔してた?怒ってなかったよね?」
笑顔だったと話すと、皆ホッと胸を撫で下ろし、こう言いました。
「……あの幽霊の怒った顔を見た人は、みんな不幸になるんだよ」
実際、怒り顔を見たという人たちは、
転倒して骨折したり、仕事で大きなミスをしたり、家庭で揉め事が起きたり……
小さくない不運が続いたのだそうです。
「じゃあ、笑ってた私は……?」
友人がそう尋ねると、同僚は少し考えてから答えました。
「笑い顔を見た人は……逆に、いいことが起きるらしいよ」
その言葉を聞いたとき、友人は半信半疑でした。
しかしその数日後、友人の身に続けざまに“良いこと”が起こり始めたのです。
長年片思いしていた相手から突然食事に誘われ、
仕事では思いがけない昇進の話が舞い込み、
疎遠だった家族との関係まで自然と修復されていきました。
「まさか、あの幽霊のおかげ……?」
そう思うと、あの笑顔がふっと脳裏に浮かぶのだそうです。
怒り顔を見せた相手には不幸を。
笑い顔を見せた相手には幸せを。
その幽霊は、ただ“人を選んでいる”だけなのかもしれません。
そして友人は今でも、あの歩道橋を通るたびに、
小さく心の中でつぶやくのだそうです。
――「もしまた会うことになったら、そのときは笑ってくれますように」と。
この話、本当なんです。
◇◆◇
これが友人の体験談です。
最後は先生の真似をして「この話、本当なんです」で締めさせていただきました(笑)
今その友人は例の歩道橋を通ることはなくなりましたが、
この時の体験は鮮明に覚えていると話してくれました。
正直、私も半信半疑なのですが……先生はこのお話、どう思われますか。
◇◆◇
怒り顔の時は不幸を、笑い顔の時は幸福をもたらす幽霊。
お便りの中では「ただ“人を選んでいる”だけなのかも」と書かれていましたが、
では、この幽霊は何を基準にして人を選んでいるのでしょうか。
よくある話では「悪い人」と「いい人」を基準にしている、などと言われがちですが、
何にしても、それはこの歩道橋の白い女の幽霊に聞かないとわからないでしょう。
かといって、私自身そこに行こうとは思いません。だって、怖いですから。
でも、少しだけ興味があるのも事実です。
白い服の幽霊は、そこを通る私に「怒り顔」を見せるのか、「笑顔」を見せるのか。
お便りにはその場所が書かれていますが……どうしたものでしょう――




