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第1話 俺のこの手が光って唸る!

 もし、あなたが普段、心の中でつぶやいている「あの台詞」が、現実を書き換えてしまったら?

 たとえば、プレゼンで緊張している時、頭をよぎる熱血漫画の台詞。

 あるいは、憧れの人を前にした時、妄想の中でつぶやく甘い台詞。


 この物語は、そんな「ベタな台詞」が現実を動かす力を持つ、少し不思議な世界のお話です。


 ごく普通のサラリーマンである僕、佐藤健太は、ある日、そんな力を手に入れてしまった。

 それは、物語の主人公になれる夢のような能力……

 いや、時に僕を絶望の淵に突き落とす、厄介で危険な力だったのです。


 これは、僕がこの力に振り回され、やがて「本当の自分の言葉」を見つけるまでの、ささやかな物語です。

「あー、もうだめだ……」


 思わず、心の中でそう呟いた。

 会議室のドアの前。

 手が震え、心臓が五月蠅いほど脈打つ。

 僕は今、社内プレゼンの順番を待っている。

 でも、緊張のせいで頭の中は真っ白だ。何度も練習したはずの台詞が、一つも思い出せない。


 佐藤健太、二十五歳。

 ごくごく普通のサラリーマン。

 特徴のない顔、特徴のない髪型、特徴のない服装。

 会社の中でも、僕はまるで背景の一部みたいに溶け込んでいる。


 今日もまた、隣を通り過ぎる憧れの同僚、ユリさんに話しかけることもできなかった。

 彼女はいつも笑顔で、誰とでも明るく話している。

 僕が企画したプロジェクトの話も、彼女にならきっと、面白く聞いてもらえるはずなのに。


「……ユリさん、あの……」


 喉まで出かかった言葉は、空気と一緒に消えてしまった。

 ユリさんは僕に気づくことなく、同僚たちと笑いながら廊下を歩いていく。

 その背中が遠ざかるたび、自分の不甲斐なさに胸がギュッと締め付けられる。


 ――そんな情けない自分を変えたくて、僕は一週間前、古道具屋で一つのラジオを買った。


 それは、埃を被ったレトロな木箱に、錆びついたダイヤルがついた代物。

 一目惚れだった。

 何となく、このラジオなら何かを変えてくれるような気がしたのだ。

 いや、ただの現実逃避だったのかもしれない。


 その夜、自室でラジオの電源を入れてみた。

 ノイズまみれの音の中から、かすかに人の声が聞こえてくる。


『……魂の叫びを聞かせてくれ……』


 何を言っているのか、聞き取れない。

 でも、その声は僕の心に不思議なほど響いた。


 そして、その日の夜。

 僕はいつものように、布団の中で自己嫌悪に陥っていた。

 ユリさんに話しかけられなかったこと。プレゼンが不安なこと。

 何もかもが情けなくて、僕は思わず、子供の頃に好きだったアニメの主人公の台詞を心の中で呟いていた。


 ――「俺のこの手が光って唸る!」


 その瞬間、右手にピリッとした痺れが走った。

 僕は驚いて手を握りしめる。

 まさか、と思った。

 こんなベタな台詞が、現実に何の影響を与えるわけがない。

 でも、心のどこかで、ほんの少しだけ期待していた。

 何か、面白いことが起こってくれないか、と。


 その期待は、すぐに現実になった。

 僕の右手が、ほんのり青白い光を放ち始めたのだ。

 まるで、必殺技を放つ前の主人公みたいに。


「うわっ、マジか……!」


 僕は慌てて右手を布団の中に隠した。

 光はすぐに消えた。

 でも、手のひらにはまだ、微かに痺れが残っていた。

 僕は信じられずに、もう一度、心の中で呟いてみる。


 ――「か、かめはめ波……!」


 右手から、また光が漏れ出す。

 今度は、先ほどより強く、黄色い光が放たれた。

 布団が黄色く染まる。

 僕は思わず声を出してしまいそうになるのをこらえ、光が消えるのを待った。


 どうやら、僕が心の中で呟いた「ベタ台詞」が、現実に何らかの影響を与えるらしい。

 まさか、こんなことが現実に起こるなんて。

 僕はまるで、物語の主人公になったような気分だった。


 ――それが、悪夢の始まりだとは知らずに。


 翌日、僕は会社に来ていた。

 今日こそ、プレゼンを成功させて、ユリさんに「佐藤さん、すごかったですね!」と言ってもらいたい。

 そう心に誓い、会議室のドアの前に立つ。

 だが、緊張のあまり、頭の中は再び真っ白になっていた。

 僕はもうだめだと諦めかけたその時、右手に微かな痺れを感じた。


 ――「俺のこの手が光って唸る!」


 無意識のうちに、心の中でそう叫んでしまったのだ。

 すると、僕の右手が、昨夜と同じように青白く光り始めた。


「うわっ、まずい!」


 僕は慌てて右手をポケットに突っ込んだ。

 だが、時すでに遅し。

 会議室のドアが開き、中から社長が出てきた。

 社長は、僕のポケットから漏れる光を見て、目を丸くした。


「そ、その光は……! まさか、お前……!」


 社長の顔が、みるみるうちに熱血漫画の主人公のような表情に変わっていく。

 そして、まるで熱い魂を燃やすかのように、僕に向かって叫んだ。


「お前のその手が、未来を切り拓く!」


 社長の言葉に、僕は呆然とした。

 この人、何を言っているんだ?

 周囲の社員たちも、社長の様子に戸惑っている。

 だが、社長はそんなことお構いなしに、僕の肩を掴んだ。


「その企画書に、お前の魂は宿っているのか! 見せてみろ、お前の未来を!」


 社長は僕を会議室の中に引きずり込み、プレゼン資料をデスクに叩きつけた。


「お前にはライバルが必要だ! 隣の部署の佐藤! 出てこい!」


 社長がそう叫ぶと、隣の部署のフロアから、一人の男が立ち上がった。

 その男は、僕と同じ「佐藤」という苗字の、少し神経質そうな顔をした社員だ。


「な、何ですか、社長……」


「お前もプレゼンをやれ! 勝負だ! どちらの企画が未来を切り拓くか、今、ここで決着をつける!」


 社長の言葉に、周囲の社員たちがざわつき始める。

 会議室は、まるで漫画の世界に迷い込んだかのような、奇妙な雰囲気に包まれていた。

 僕も、隣の部署の佐藤さんも、何が起こっているのか理解できずに立ち尽くす。

 社長はそんな僕たちの肩を掴み、熱い眼差しで言い放った。


「さあ、プレゼン対決、始まるぞ!」


 僕が心の中で呟いたベタ台詞が、本当に現実を書き換えてしまった。

 僕たちの会社は、まるで熱血漫画の舞台になってしまったのだ。

 僕は呆然と立ち尽くしたまま、これから起こるであろう、ありえない出来事に、ただただ恐怖を覚えるのだった。

 最後までお読みいただき、ありがとうございます!


 まさか心の中で呟いた台詞が、本当に現実を書き換えてしまうなんて……。


 次話では、社長の暴走によって、プレゼン対決がさらにヒートアップします。


 そして、ライバルとして登場した隣の部署の佐藤さん、彼もまたベタ台詞のテンプレに強制的に巻き込まれていきます。

 果たして、僕たちはこの状況を乗り越えることができるのでしょうか?


 次回、『ベタ台詞を現実に変えるラジオと、冴えない僕の物語』第2話も、ぜひお楽しみに!

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