Case3-a
月明かりに照らされて、紅く濡れた牙が輝く。
「これで何件目なんだ……?」
新聞に目を通していたアルゲントは思わず呟く。
一面を飾る記事は『血無しの遺体事件』。
「もう十件目らしいよ、怖いよね」
「……なんでさも当然のようにいるんだよ」
「え?」
部屋には俺の他にもう一人いた。
いつものうるさ……元気いっぱいな新聞記者である。
「地の文くらい名前で呼んでよ! 私はソフィア! ソフィア・クラーク!」
「はいはいクラークさん」
「相変わらずファミリーネーム呼び……」
「話を戻すが、これは猟奇的な人間による殺人事件なのか、それともミストリー絡みなのか……」
「血無し、なんてちょっと不可解すぎるよね」
「一体誰が何のために……?」
「「うーん……」」
二人して頭を悩ませていると、ドアを叩く音。少し遅れて「失礼、ここが噂の怪異探偵事務所でしょうか」と男の声が聞こえる。
「……怪異探偵として起業すべきか?」
「うーん、私はいいと思うけど?」
「おっと申し訳ない、お入りください」
そう答え、入ってきたのは三十代ほどのスーツに身を包む紳士。彼は中折れ帽を脱ぐと「少し会話が聞こえてしまったのですが、探偵ではないのですかな?」と、ばつが悪そうに尋ねる。
「あー、まあなんと申しましょうか……不可思議な事件を専門にしてはいますが探偵ではないと言いますか……」
「これは大変失礼した。おっと申し遅れました、私はルベル・ケラー。酒造企業の代表を務めております」
「これはご丁寧にどうも、アルゲント・ウォードです。」
名刺を受け取る。名刺には、「株式会社ティプシーダスク 代表取締役ルベル・ケラー」と書かれている。
「って! え!? ティプシーダスク!? 酒造メーカーの中でも五本の指に入るっていうあの!?」
なぜ俺がこんなに驚いているのかと言うと、有名酒造メーカーの肩書に加え、俺のよく飲むワインがこのティプシーダスク製だからだ。
「いえいえ、滅相もない」
俺が恐れおののきつつ名刺を持っていないので、どうしたものか……と考えていると流石は新聞記者といったところか、クラークがすかさず割って入る。
「どうも! ソフィア・クラークです! よろしくお願いしますねー!」と名刺を渡す。
俺も作るか……
いや、こいつの社交性あってこそだな……
「おお、あなたがソフィア・クラークさんですか! あなたのミストリーに関する記事、読ませていただきましたよ」
「え、ほんとですか!」
「ええ、何を隠そう──その記事で怪異探偵さんの存在を知ったものですから」
「……ちゃんと広告塔になってんだな」
隣でクラークが得意顔をしている。
「ええと……ご要件をお伺いしますのでそちらの席へどうぞ」
「ええ、ありがとうございます」
ケラーさんは俺と向かい合って座り、俺の隣にクラークが座る。さも当然かのように隣に座ることはスルーし、本題へ。
「今回ご依頼したいのは我が社の工場に関する超常現象についてです」
「超常現象、ですか」
「はい……二日ほど前から、でしょうか。工場の設備に不具合が起きていまして……」
「その不具合に超常現象の痕跡があったと?」
「ええ、最初は計器の数値が狂ったままであったり、設備が止まったりなどの不具合がよく見られたんです。その度にメンテナンスなどを行い業務に支障がないようにしていたのですが、だんだん酷くなっていったのです。具体的にはタンクに穴が空いている、などでしょうか……」
「穴が空けられた、と言いましたが人の手による可能性は……?」
「うちの会社はセキュリティにはとても気を遣っています。警察にも見てもらいましたが人の手による可能性は低い、つまり信じられないことに穴が空いたのは自然発生だと……」
「なるほど……」
最初に起きた現象を聞いている限りはただの機械の不具合だと思っていた。
その後のタンクに穴が空いていたというのも泥棒かなにかの仕業ではないかと思ったが、よくよく考えてみればかの有名な酒造企業がセキュリティをしっかりしていないはずがない。またホワイト企業としても有名なため内部の者の仕業という線も薄そうだ。
「とりあえず現場を見てみるんで案内をよろしくお願いします」
「分かりました、では参りましょうか」
「あ、あの〜」
「クラークさん、私になにか?」
「今回の件がミストリー絡みだった場合、ぜひ記事にしたいんですけど大丈夫そうですかね?」
「ええ、もちろんですとも」
という訳で三人は酒造企業ティプシーダスクへ。
ティプシーダスクは綺麗な建物の隣に工場があるといった構造になっているようだ。
工場のほうで超常現象が起きたとのことで工場へと案内される。工場は中も綺麗でさすが大手企業……! と思いながらも見て回っていると、確かに横に穴の空いたタンクがあった。
「これが例の……」
詳しく見てみたが、確かに警察の言った通り内側からこの“穴の部分だけ“破裂したといった様相だ。
(自然にしては綺麗に空いているな……破裂するならばタンクそのものが破裂するはずだ……)
思考を巡らせていると、ふと何かがタンクの裏に見えた。気づいていないふりをして一瞬で覗くと、奇妙な存在がそこにはいた。
赤い上着と緑のズボンにブーツを履いた“うさぎ“。
そのうさぎが二本足で立ち、こちらを睨んでいる。
この姿と設備の不具合というところで俺はピンときた。こいつは「グレムリン」だ。
グレムリンは妖精の一種である。機械にいたずらをするという性質を持つ。昔は人間に発明の手がかりを与えていたそうだが、人間がグレムリンに対する敬意や感謝を忘れてないがしろにしたために、そのうち人間を嫌って悪さを働き始めたという。
こちらを睨んでいたグレムリンだが、一瞬のうちに走り去っていった。
「どうされました?」
「……元凶を見つけたんですが逃げてしまいました」
「え! どこどこ?」
「もう逃げたって言ったろ」
カメラを構え逸るクラークに呆れつつ、俺はケラーさんに“あるもの“を用意するよう頼み、事務所へ戻った。
夜、工場を訪ねると何者かが喚いている声がする。声のする方へ行くとそこにはビール瓶に入って飴玉を抱えたグレムリンがいた。
「出せー!」
「やっぱり引っかかったぜ」
「どういうこと?」
ついてきたクラークにからくりを説明する。
「グレムリンはよく飛行機に不具合を起こす怪異として知られているために戦争の飛行機乗りからは恐れられていたんだ」
「墜落させちゃうってこと? こんなかわいいうさぎが?」
「誰がかわいいうさぎだ!」
「ああ、だから今でもあるところでは航空機の部品を納めるときにいたずらしないで下さいという意味を込めて飴玉を一緒に入れて供えるらしい」
「この瓶は?」
「グレムリンはビール瓶に入る、ともされていて飛行機に瓶が入れられることもあったそうだ」
という訳で、瓶入りのグレムリンが出来たわけだが。
瓶をぶら下げ、グレムリンに話しかける。
「なんでこんなことしたんだ、って質問はグレムリンさんには野暮かな?」
「うるさーい! 人間はグレムリンへの感謝を忘れた! だから今でも俺たちがいたずらしてんだよ!」
「どうにかやめてもらうことはできないか?」
「こっから出してくれたら考えてやる」
「約束できないやつの常套手段じゃねえか」
埒が明かないのでとりあえず事務所へ戻ろうと外へ出る。月には雲がかかっていて少し暗かった。
「元凶を捕まえられたのですか、さすがは怪異探偵」
横から声をかけられたのでそちらを見ると、こんな真夜中にケラーさんがいた。
だがおかしい、なぜ人間のケラーさんの歯が、いや“牙“が
あんなに尖って伸びているんだ?
ケラーさんの姿はいつも通りだ。だが大きな違いとして、閉じた口からでも見える二本の牙が生えていた。
すると、待っていたかのように月にかかっていた雲が晴れる。
月明かりに照らされて、紅く濡れた牙が輝く。
本書を読んでくださり、ありがとうございます。
今回「3-a」ということで話を分けて書くことにしました。怪異が複数絡むのでどうしても長くなってしまいそうだったんですよね。
という訳で、ここではグレムリンについて少し話そうかと思います。グレムリンは第一次世界大戦時、英国空軍から目撃報告があったそうで、機械にまつわる怪異ということもあり比較的新しい存在です(ちなみにそれ以前も各ご家庭に一匹はいて、いたずらしていたようです)。どちらかというと伝承というよりも都市伝説に近い感じですね。私は不思議な伝承のような古いお話も好きですが、都市伝説といった歴史としては新しいお話も好きなのです。なんというか、古くからいる物の怪に近代文化が見事に合わさっていて非常に面白いと思うんですよね。
そんな怪異界(?)では新人なグレムリンですが、飛行機乗りからすると死神のような存在なのでとても恐れられていました。実際には当時の戦闘機に積まれたエンジンの性能の低さによる停止が理由だったようですが、これを整備兵のせいにすると士気が下がってしまうので「グレムリンが悪さをしているのだ」としたそうです。
怪異の魅力はこの人の話から生まれる、というところだと思います。人の想像力は古くからすごかったということですね。
ここまで少しと言いながら長い長い後書きを読んでくださった皆さん、改めてありがとうございます。一話で語るのを忘れていて付け加えたのですが、こちら舞台は架空のイギリスとなっております。加筆前を読んでくださった方には申し訳ないです。続きはまた気ままに書いていきます。
それではまた〜
参考:ウィキペディア「グレムリン」https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%A0%E3%83%AA%E3%83%B3




