4.愛す
「三琴さん!」
バイトを終えケーキの袋を持ってカフェを出ると、宣言通り本当に類が迎えにきてくれていた。
バイト中に現れた類は絢斗と同じ制服を着ていたけれど、今は着替えて私服に変わっている。オーバーサイズのデニムジャケットにセットアップのパンツ、足元はシンプルなスニーカー、それに耳につけている黒いピアスが妙にマッチしていて、本当に高校生には見えないほど大人っぱい類に見惚れてしまった。
「ごめんね、待った?」
「全然!いま来たところです」
――う。まさかそんなこと、自分が言われると思わなかった。
大体、デートの待ち合わせに早めについた人が言うセリフだ。それをまさか類から言われるなんて思っていなかったので、三琴は照れたように俯いた。
「なんかこういうの、いいですね」
「なにが?」
「バイト先に迎えに来る年下彼氏、って感じで」
「か、彼氏、って……」
「あ、すみません。"まだ"彼氏じゃないですね」
そう言って、ふふふっと笑いながら類は三琴の手をぎゅっと握る。
誰かに見られるかもと焦って手を解こうとする三琴に「みんなスマホに夢中で見てないですよ」と耳元で囁いた。
『バイト終わりの三琴さんを迎えに来られるとか夢すぎる……バイト中の可愛い三琴さんも見られたし、今日はマジでラッキー。僕、明日死なないといいけど』
手を繋ぎながら歩いていると類の心の声が聞こえてきて、健気で可愛らしい声に思わず笑みが溢れる。
高校生の気持ちなんて移り変わりが激しいだろうし、同年代の子のほうがキラキラしていてよく見えるのも分かっているけれど、類が今この瞬間、三琴のことを好きでいてくれる気持ちが嬉しかった。
「適当に座って下さいね」
「あ、ありがと…」
『やっば、うちに三琴さんがいるとか興奮する……間違って押し倒しそう』
類に言われるがまま、まんまと類の家に来てしまった。
ある程度覚悟を決めて来たつもりだが、もし『そういう雰囲気』になったらどうしたらいいものか。さすがに高校生相手に成人男性が手を出すのは道徳に反しているのではないか?
リビングのソファにちょこんっと座った三琴はそんなことを今更考えて、やっぱり帰ろうか思案した。
今時の高校生なら『そういうこと』も理解しているだろうけれど、類の妄想を聞く限り役割的には三琴が女性側だ。
今まで付き合った人とも下のポジションしかしたことないが、今日は急だったので準備していない。
類とそういう雰囲気になるのが決して嫌なわけではない。
でも、そういう行為は久しぶりだし、何より相手は高校生だと今になって認識しても遅かった。
「ふはっ、どうしたんですか?」
「へ?」
「なんか怖がってるみたい。緊張してます?」
「そ、そんなことない、けど……」
「今日、今すぐ取って食いやしませんよ」
『うそ。本当はしたいけど、嫌われたら意味ないし。三琴さんが許してくれるなら、だけど。あー、下心ありあり。僕がこんなこと考えてるって分かったら引かれるかな』
やっぱり類は三琴のことを『そういう対象』として見ているのだ。
それを嬉しいと思う反面、相手は未成年だという気持ちが渦巻く。
このまま流れに身を任せたら後悔するのは三琴も類も同じだろう。それに、本当に類とそういうことをしてしまったあと、歴代の恋人たちのように『思ってたのと違った』と引かれたくない。
その行為のせいで類が離れていくなんて考えたら、どうしようもなく嫌だった。
「当たり前なんですけど、うちビールとかお酒ないんでお茶かジュースでいいですか?」
「いいよ、そんなにお酒が好きってわけでもないから。お茶でお願いします」
「はーい、了解です」
「それにしても、たくさん作ってくれたんだね」
「俺の得意料理ですけど、苦手だったらすみません」
テーブルの上に並んだ料理はグラタンやサラダ、それにスープやパン。グラタンが類の得意料理だと初めて知ったが、ホワイトソースから作ったと言うので本当に料理が得意な人なのだろう。
「俺、グラタン好きなんだよね」
「本当ですか?よかった」
「でも絢斗があんまりホワイトソース系の料理好きじゃないから、最近食べてなかったなぁ」
「ああ、確かに。絢斗ってシチューとかも嫌いですもんね」
「そもそも牛乳が嫌いだからね、あいつ。なのになんで背が伸びたのか分かんない」
「ははっ!」
温かい料理を食べながら、好きな人の家で好きな人と話をしているなんて。
少し前までの三琴は、類とこんなことになるなんて想像もしていなかった。
急に彼との距離が縮まったのはこのヘンテコな能力が開花してからだ。最初はものすごくストレスだったけれど、類の好きな人が自分だと分かったからストレスを感じなくなったなんて、現金なやつすぎる。
でもいま三琴がこうしてここにいられるのは、あの日階段から落ちて頭を打ったおかげだ。
自分に都合がいいように解釈するならば、類と両想いだと教えてくれるための神様からのいたずらかも?なんて思っている。
「類くん、ここで一人で暮らしてるんだね」
「ですね。いつも電気をつけてても暗いんですけど、今日はなんか明るいです」
「え?」
「三琴さんがいるからかな」
寂しいから家に来てほしい。
そう言った類の言葉を思い出して、じわじわと顔が熱くなっていくのを感じた。
「と、友達呼び放題だね、家に誰もいないと……!」
あまりに焦りすぎて変なことを言ってしまい、類からくすくす笑われる。そして彼は立てた膝にこてんと頭を乗せて「色んな友達、呼び放題ですよ」と目を細めながら微笑んだ。
色んな友達って、『女の子とか?』と出かかったのを何とか堪えた。
余計なことを聞いて自ら無駄に傷つくのはやめておこう。
「気になります?女の子が来てるんじゃないか、とか」
「えっ、いや、別に……そんなこと思ってない」
「顔に書いてあったから聞いてみただけです。まあ、僕はずっと三琴さん一筋なので。ここには絢斗すら来たことないですよ」
「あ、絢斗も?嘘でしょ?」
「こんなしょうもない嘘つきません。両親以外でここに来る人は三琴さんだけがよかったので」
サラッと、すごいことを言われた気がする。
どういう反応をしていいのか分からずにカップのフチをを撫でていると、類の大きい手が重なった。
触れたところから火傷しそうなほど熱くて手を引こうとしたが、逃がさないというようにぐっと手首を掴まれ、カップは彼の手によって奪われた。
「あなたにキスをして、好きだって言った男の家にノコノコついて来たのはどうしてですか?」
「ど、どうしてって、だって……」
「……期待、した?」
類の熱い吐息が唇にかかるほど、近い。
甘い熱を孕んでいる彼の瞳に吸い込まれてしまいそうで、目が離せないままじっと見つめ返してしまった。
そうだ、彼の言う通り、心のどこかで期待していた。
こうなることを、期待していたのだ。
「類く……」
「なあに?三琴さん」
「き、きす、キスして、類くん……」
抗えない。もう、正直に言う。
類に触れてほしいし、キスをして、彼の熱い舌や甘い唾液を味わいたい。そんな官能的なキスを望んでいるし、彼の想像通りにこの体をめちゃくちゃにしてほしいと、本当はそんなことを思っていた。
「キス……してほしいですか?」
「うう、も、二回は恥ずかしくて言えない……っ」
「かわい。三琴さん、すっごく可愛い……」
間近で微笑む類の唇をじっと見ながらごくりと唾を飲みこむと、彼はどことなく満足そうに笑う。
まるでこうなることが分かっていたかのように、三琴の手首を掴んでいた手はゆっくりと後頭部を引き寄せた。
類の柔らかい唇が三琴の唇の端に口付け、ねっとりとした熱い舌が唇を舐める。そんな風に焦らされ、三琴は思わず類の肩を掴んだ。
「やめて、そんな、いじわるしないで……っ」
「ん、いじわるしてませんよ。急にしたら怖いかなと思って」
「こわくない、こわくないから、早く、おねがいだからちゃんと…」
「じゃあ、ちゃんと言わないとですよ、三琴さん」
類に舐められて艶めかしく光っていた三琴の唇を、類が親指でぐいっと拭う。
何をちゃんと言わないといけないのかと思っていると、彼の心の声が『キスされたくてとろとろな三琴さん、ものすごく可愛い……。でもだめだ、欲に負けるな、僕。三琴さんから好きって言ってもらわないと……』と言っていた。
「るいくん……」
「三琴さん、ヒントをあげます」
「ヒント……?」
「僕は、三琴さんから気持ちを返してもらってません。だから、気持ちが一方通行のキスはもうしたくないんです」
こつん、額を合わせて囁かれる。
そんな類の首筋に手を添えると、もう彼のことだけしか見えなかった。
今しか言うタイミングはない。というか、類がそのタイミングを作ってくれたのだ。
もしかしたら三琴の気持ちがバレていたのかも?そう思うくらいには、類が作ってくれたタイミングが完璧だった。
「……好き」
首筋に添えていた手を頬に移動させて類の目をじっと見つめると、不思議なことに類の心の声が一切聞こえてこなかった。
「類くんのことが好きなの、俺……だから類くんとキス、したい……」
三琴の告白を聞いて、類の目がゆっくりと瞬く。
彼が柔らかく微笑んだかと思えば、次の瞬間、唇を塞がれていた。
「ん……っ!」
隙間からぬるりと熱い舌が差し込まれ、静かな室内に唾液が混ざる音がやけに大きく響く。
あまりに性急な口付けに酸素を求めて逃げようとする三琴の顎は類に掴まれ、三琴は与えられる大きな熱をどうやって逃がせばいいのか分からずに彼の服をぎゅっと握った。
もうだめ、すき、だいすき、あいしてる。
泣きそうになりながら類のキスを受け入れて、彼に抱きしめられると、何とも言えない幸福感に包まれた。
きっとこれは、恋が叶った人たち全員が経験する幸せなのだろう。
類に抱きしめられながらゆっくり髪の毛を梳かれると、三琴はもう何も考えられなくなっていた。
「三琴さん、嬉しいです。僕たち今日から恋人同士でいいんですよね?」
「う、ん……」
「じゃあ、たくさんキスしないと。恋人同士だからいいでしょ?」
類の口から『恋人同士』なんて言われるとドキドキしたし、きゅっと胸が締め付けられる思いだった。
あまりにも類のことが好きすぎて、想いが通じ合ったキスだけでもとろとろになって満足してしまう。
頭がとろけきっている三琴の紅潮した頬を撫でながら、類がぺろりと舌なめずりをした。
「三琴さん。三琴さんはトップとボトム、どっちがいい?」
「トップとボトム……?」
「抱くか、抱かれるか。どっちがいい?」
耳元で低い声で囁かれると、三琴のの体がぶるりと震える。
どうやら自分は彼の低くねっとりした声に弱いらしい。
そして類からの質問の意味を考えて、更に顔が熱くなった。やっぱり類は『そういう意味』で、三琴のことを見ていたのだ。
「と、とっぷは、できないと思う……」
「……今までは?」
「い、今までって……!」
「今までの彼氏からも、女の子みたいにされてた?」
「や、だ……っ!」
ぐぐぐっと類の胸を押してみたが彼はびくともしない。
それどころか恥ずかしくて逃げ出したい三琴の反応を見て類は意地悪く笑っていて、三琴をソファに押し倒した。
「僕に任せて、三琴さん。三琴さんの全部、僕でいっぱいにしてあげる」
大好きな類の顔がまた間近に迫ってきて、柔らかく唇を重ねた。
◆
『だいすき、類くん……キスきもちい…ずっとこうしてたい……』
ずっとずっと好きだった年上の可愛い人が、自分の下でとろとろになって喘いでいる。
あぁ、なんて可愛いんだろう。
想像していたよりもずっと快楽に従順で、キスだけでこんなになってしまうなんて。もっと早く心の声が聞こえていたら、三琴に寂しい思いはさせなかったのに。
弟の友達から上手く誘導されたとも知らず、やっと両想いになってくれた。
三琴が見知らぬ男とホテルに入っていくのを見た日からここまで、長かった。年下の子供になんて興味がないのかなと思いながらも、諦めなくて本当によかった。
「僕も大好きだよ、三琴さん……」
類に三琴の心の声が聞こえるようになったのは、先日彼に巻き込まれて転倒した時からだ。
三琴が階段から足を滑らせてそれを受け止めた時、盛大に頭を打った。それ以来、不思議なことに三琴の心の声だけが聞こえるようになっていた。
『類くん、今日もかっこいいなぁ……。でも類くんの好きな人は絢斗だし、想ってても意味ない、よなぁ……』
なんていじらしい健気な声を聞いて楽しんでいたのだけれど、まさか三琴には類の心の声が聞こえるようになっていたなんて、思ってもいなかった。
『あー、今日もマジで可愛い……腰ほっそ、腹うっす。お尻もぷりぷりでやっば……』
退院してから初めて夕凪家を訪れ、三琴のイケメンながらも美人で可愛い姿を眺めていた時のこと。
『類くん、絢斗このことそんなふうに見てるんだ……そりゃそうだよね……』
と、三琴が言っていたのだ。
その声に自分の心の声が漏れていたのかと驚いたが、三琴は済ました顔で掃除を続けている。そこで、三琴が類の心の声も聞こえるようになっていたことを知った。
三琴の名前を呼んでいなかったのは不幸中の幸いで、類が三琴を好きなことはバレていないらしい。
それどころか、三琴は類の好きな人が絢斗だと勘違いしているようだった。
だから、せっかくなら三琴にもっと意識してもらいたくて、この状況を利用することにしたのだ。
三琴が類を好きだと分かった時は手放しで喜びたかったけれど、一生懸命その気持ちを押し殺した。
三琴は三琴で、心の声が聞こえるのを悟られないためか頑張って普段通りを装っているのは、見ていて可愛かったものだ。まぁ、こちらにも聞こえているので、バレバレだったのだけれど。
『いいなぁ、絢斗。あんなイケメンに想われて……』
そんなに羨ましく思うのなら、伝えてみたらいいのに。
三琴から告白されたらもちろんOKだと即答して、もう嫌だって言われるくらいたくさん愛してあげるのに。
三琴にありったけの愛を渡すから、三琴もそれと同じくらい大きく深く、類のことを愛してほしいのだ。
自分の愛が普通の人より重いと分かっているけれど、心の声が聞こえて両想いだと教えてもらえるほどには神様からは愛されているらしい。
「あのさ〜…兄さんいないし、恋人の家に泊まりに行きたいんだけど」
「僕は別にいいけど、三琴さんにバレたら怒られるかもよ?」
「いーよ別に。兄さん、怒っても対して怖くないし」
「あは、確かに。怒っても可愛い気がする」
「あー、出た。類の三琴可愛い病」
「病って……」
「事実じゃん。三琴三琴うるさいんだよ、毎日。そんなに好きなら告白しろっての」
「……だね」
「ま、お前が兄さんを可愛いって言う気持ちも分かるけど。旭さんも超可愛いし」
「絢斗だって旭さん可愛い病じゃん」
実は絢斗が半年前から付き合い始めた人は、三琴の友達である大学生の夜久旭という人だ。
類も何度か夕凪家で会ったことがあるが三琴とはまた違う系統の美人で、いかにも絢斗が好きそうなタイプだった。
大学生相手に高校生がアタックして絢斗から告白したと言うのだから、大したものである。
この家で会う頻度は絢斗と旭よりも類と三琴のほうが多いのに、三琴の気持ちを考えすぎて慎重になりすぎていた。
弟の親友と付き合ったら気まずいと思っているからか三琴からも行動を起こさないし、この機会に一気に三琴を落とそうと決めたのだ。
「類くんとのキス、好き……いっぱいしたい……」
「うん、僕も三琴さんとキスするの、好きです。今日だけじゃなくてこれからもいっぱいしましょうね」
弟の親友からめちゃくちゃにされる妄想も聞いていただろうに、自ら体を差し出しにきた子猫は類の腕の中でとろけている。
そんな三琴の様子がたまらなくて、ようやくここまで来たなと彼をぎゅっと抱きしめた。
◆
翌朝、類の隣で目が覚めた。
久しぶりだったので体中が痛いし、いつ眠ったのかも覚えていないが、最後の記憶の中ではどろどろになっていた体は綺麗になって、類の匂いがする服を着せられていた。そして、しっかり彼の腕に抱かれ眠りについたようだ。
「……げんじつ?」
眠っている類の頬を撫で、彼の甘い寝息を確認するとやはり昨夜の出来事は現実だったのだなと感じる。
キスだけにとどまらず、まんまとその先の行為までしてしまうなんて。
未成年を誑かした罪に問われてしまう?類の学校にバレたらどうしよう?なんて考えが頭の中を駆け巡っていると、類の手に後頭部を引き寄せられた。
「起きてたんですか……?」
「あ、ごめん…起こした?」
「それは、全然……体は大丈夫ですか?」
「ちょっと変な感じはするけど…大丈夫だよ」
「無理させたんで……すみません」
類の大きな手に撫でられ、その手に自然とすり寄れば彼は目を細めて嬉しそうに笑う。
そこでふと気がついたのは、類の心の声が聞こえなくなっていたのだ。
こんなに至近距離にいて目を見つめても、今までうるさいくらいに聞こえていた彼の声が聞こえない。やっと聞こえなくなったのかと思ったけれど、何だか少しの寂しさと不安を感じた。
「……ねぇ、いま何考えてる?」
「え?大好きな三琴さんと一晩中一緒にいて、同じベッドで目覚めてるのが幸せだなぁって」
こつん、と額をくっつけて唇に軽いキス。
きっともう、心の声が聞こえなくても思いが通じ合っているから大丈夫だろう。あのヘンテコな能力は三琴の恋を叶えるために、神様が贈ってくれたプレゼントだったに違いない。
「今すぐ取って食わないって言ったのに、うそつき……」
「それについては、ごめんなさい。でも、三琴さんが悪いんだよ?」
「ん……っ、ちょ、っと…!」
いつの間にか服の中に差し込まれた熱い指が背中をなぞっていく。そのまま腰を撫でられ、スウェットパンツの中にまで手が入り込んでこようとしたので、彼の腕を制止した。
「いま、触んないで」
「どうしてですか?……まだ、余韻がある?」
「ん……!」
寝起きで掠れている類の声が耳に直接流し込まれ、危うく失神するところだった。
一晩経ってもまだ彼が中にいるような、そんな感覚。類の言う通り、これをきっと余韻というのだろう。
「誘ってますよね、絶対。そんな可愛い顔して、計算してないなんて言わせませんけど」
「ど、ゆこと…?計算ってなに……?」
「ふふ。そういうところが好きです」
「よくわかんない……」
「分かんなくていいです、僕だけが分かってたらいいから」
そう言って、甘い甘いキスをされる。
恋人になった類はとことん甘くて、このままダメにされそうだと感じる。
どろどろに甘やかされて、彼なしじゃ生きていけなくなるのだ。でもきっと、自分たちはそういうふうに出来ているのだろう。
「三琴さんってもしかして、僕が絢斗のことを好きだと思ってました?」
「え、う、うん……」
「なんで?」
「だって…いつも絢斗のこと、見てる気がしたから……」
「そっか。勘違いさせてすみません。でも僕はずっと、三琴さんのことしか好きじゃなかったのに」
全然意識されてないし伝わってなかったんだ、と類は拗ねたように唇を尖らせる。
いつも高校生とは思えないほど余裕たっぷりな類を見てきたからか、こうやって拗ねている類は年相応だなと感じた。
そして、彼がそんな顔を見せてくれるほど三琴が特別になったのだろう。
そう思うと、もう消えてしまったけれどあのヘンテコな能力に感謝した。
「ただ、こういうことをしたいから三琴さんのを好きなんじゃないです。僕はずっと三琴さんの彼氏に嫉妬してて……三琴さんの一番になれたらどんなにいいかって、それだけをずっと考えてました。でも僕は年下だし、恋愛対象として見られてなさそうだなと思って、ちょっと強引に家に来てもらって……まんまと狼になっちゃってすみません」
男はみんな狼だと言うけれど、こんなにかっこよくて可愛い狼に謝られたら許すしかない。
自分もたいがい単純だなと呆れたが、好きな人に甘くなってしまうのは仕方がないし、甘やかせるのは恋人の特権だろう。
「三琴さん、昨日の……もう一回言ってほしいです」
「昨日?」
「僕のことをどう思ってるか」
「えっ!な、なんで……!」
「だってもう、僕たちって恋人同士ですよね?だから気持ちを確かめ合ったって何もおかしいことじゃないとおもうんですけど」
「そ、そうだけど、でも……」
突然の申し出にもごもごと言葉を濁していると、類はまたきゅるんとした顔で「嘘だったんだ…僕の気持ちを弄んだんですね……」としょんぼりするものだから、三琴の良心は簡単に痛んだ。これが俗に言う、惚れた弱みというやつだ。
「だって、言ってくれないと分かんないです。僕、三琴さんの心の声が聞こえるわけじゃないんですから」
心の声、というワードにドキッと心臓が跳ねる。
一瞬動揺してしまった気がしたが、どうやら類にはバレていないようだ。これから先も、こんなヘンテコな能力があったことは絶対に秘密にしておかなければ。
「す、すきだよ、類くん……本当に、世界で一番…類くんのことが好き」
顔だけではなく首も体も熱くなってきて、ふいっと顔を逸らした。
でもきちんと言いたいことを言えたので三琴の心もすっきりしている。
類が微笑みながらぎゅっと抱きしめてきて、顔中にキスの雨を降らされた。
「ふふ。僕いま、人生で一番幸せです」
ぎゅうっと類に抱きしめられ、おずおずと抱きしめ返すと全身から類の甘い熱が流れ込んでくるようだった。
「(すごく幸せで、温かくて、嬉しいなぁ……。世界で一番好きな人と両想いになるって、こんなにも素敵なことなんだ)」
同じベッドで目覚めることがこんなに嬉しくて、きらきらしているなんて。
恋人になった類は今までより一層優しくてかっこよくて、ドキドキしてしまう。夢でも妄想でもなく、正真正銘、類は三琴の恋人になったのだ。
「好きです、三琴さん。ずっとずっと、これからも……僕とこうやって一緒にいてください」
「うん...俺も好きだよ、類くん。ずっとずっと大好き」
もしあのアクシデントがなく、心の声が聞こえていなかったら――
今よりもっと長く、類と恋人になるまでかかっていたかもしれない。
そう思うと、やっぱりあの能力は神様からのプレゼントだったんだなと三琴は感謝した。
「三琴さん、愛してます。あなたはもう、これからずっと、僕の――」
類にとってあのヘンテコな能力は、三琴の危機を察知した神様の仕業だったのかもしれない。
あの能力がなければ、もっと強引な方法で迫っていただろうから――
そう思うと三琴を傷つけずに済んだなと、類は神様に感謝した。
終