1.憂い
どちらかと言えば、昔から人の感情に敏感だった気がする。
なんとなく、いまこの人が何をしてほしいのか、どうしたら嬉しいかなというのを人一倍感じ取るセンサーが発達しているのかもしれない。
でも別に透視能力があるとか、人の心の声が聞こえるとか、そういう特殊能力ではない。ふとした時に広く周りが見えるくらい、だと思う。
だからどうしてこんなことになっているのか、自分でも全く理解ができないのだ。
『あー、今日もマジで可愛い……この可愛さ、人間であり得るか?天使とかじゃなくて?マジで僕と同じ人間なのかな?』
彼の近くにいると、自然と頭の中に響いてくる声。
この声が聞こえるようになって早数週間が経とうとしているが、聞こえる理由も、どうすれば聞こえなくなるのかも、全く分からない。
盛大なため息をついた夕凪三琴は、ごく普通の平凡な大学2年生だ。
最近の悩みは高校2年生の弟・絢斗の親友である、朝霞類の心の声が聞こえるようになったこと。全くもって意味が分からず、混乱している。
そもそも事の発端は、絢斗が学校帰りに連れてきた類が玄関で靴を脱いでいる時、2階から降りてきていた三琴が足を滑らせて落下したのだ。
「絢斗!今日、父さんと母さんが遅くなるらしくて…うわぁっ!」
「――三琴さんッ!」
階段から落ちる間際、最後に見えたのは目を見開いて焦りながら両腕を広げている類の姿。
三琴は吸い込まれるように類の腕の中に落ちていったが、ガツンだかゴチンだか派手な音を立ててお互いに頭をぶつけ、三琴は目の前が真っ暗になったのを最後に意識が途絶えた。
「んん……」
「兄さん!」
「三琴、目が覚めたのね!?」
「ナースコール、ナースコール!」
目が覚めたら見知らぬ白い天井が広がっていて、つんっとする独特な匂いが鼻をくすぐる。
少し頭を動かしてみるとものすごく痛くて、視界はぼんやりと霞んでいてハッキリと見えない。ただ、側で焦っている家族の声だけが聞こえていた。
『三琴さん、目が覚めた……!よかった、このまま目を覚まさなかったらと思うと、本当に……』
「るい、くん……」
「三琴さん!大丈夫ですか?」
「うん…ごめんね、ありがとう……」
『本当によかった、顔色もよさそう』
「……?」
類は話していないのに、頭の中に勝手に彼の声が流れ込んでくる。
よく分からない。目が覚めたばかりで混乱しているんだなと思ったのも束の間、退院後に『それ』は明らかになったのだ。
『今日もマジで可愛い。いつ見てもなんでこんなに可愛いんだろ?美人は三日で飽きるっていうけど、毎日見たって飽きない自信あるわ』
検査はなにも異常がなかったからすぐに退院できたのに。
次に類に会った時には、彼の心の声が聞こえていたのである。
もちろん最初は聞き間違いだと思ったし、動画やゲームの音声だと思っていた。でもハッキリと『類の声で』頭の中に流れてきたそれは、信じ難いが本当に彼の心の声だったのだ。
映画やドラマでよくある題材として、高いところから落ちて記憶をなくすというのは見たことがあるけれど、心の声が聞こえるようになったなんて聞いたことがない。
元々人の感情に敏感と言っても、心の声を聞きたいとか、聞こえたらいいなと思ったことはない。人によるのかもしれないが、三琴は類の心の声なんて、絶対に聞きたくなかったのだ。
『ほっせぇ腰……男とは思えないぷりぷりなお尻…やっば…今日のオカズにしよ……』
この声を聞いて分かるように、類はどうやら三琴の可愛い弟・絢斗のことが好きらしい。好き『らしい』というのは、彼は好きな人のことを想う時その人の名前まで呼ばないからだ。
絢斗と類はリビングでテレビゲームをして遊んでいて、三琴は仕事が忙しい両親に代わり夕飯を作っている最中。それはすなわち『このリビングの中』に類の好きな人がいることになる。
しかも類の過激な心の声は絢斗がいる時にばかりそういうことを思っているので、類の好きな人は絢斗だと分かったのだ。
この状況がいかに残酷なのか、きっと誰にも三琴の気持ちは分からないだろう。
それもそのはずで、数年前から三琴は弟の親友である類のことが好きだった。
だからこそ彼の心の声が聞こえるようになってから、弟の絢斗のことが好きだと分かってショックを受けたものだ。
しかも彼は涼しい顔をして結構過激なことを思っていたりするので、好きな人を『そういう対象』で本当に好きなのだなと思うと、更に落ち込んでしまう自分がいる。
「(腰が細くてお尻がぷりぷりって……毎日学校で見てるだろうに改めて思うこと!?)」
と思いながら類を盗み見ると、彼は大体絢斗のことを見てる。確かに当てはまっていると思うし、絢斗と類は親友同士だから仲がいいし距離が近い。
二人は並ぶとお似合いだし、絢斗はかっこいいのに可愛らしいから、類が惹かれるのも無理はないだろう。
「はぁ……」
頭を打った衝撃でこんなヘンテコな能力が開花してしまったのなら、もう一度頭を打てばいいのかもと考えたのだ。記憶喪失もののドラマや漫画でも、同じ衝撃を与えれば治るかもという表現があるのを思い出し、実践しようとしてみた。
そしたらなんと、何回試しても類にしっかり受け止められ、実験は失敗に終わった。
「……なにしてるんですか?三琴さん」
「……なんでもない」
「また頭打って入院するはめになりますよ?気をつけないと」
「そだね……」
そんな反射神経と運動神経があるなら、あの時だって受け止められただろ!なんて言おうと思ったのだが、類に文句を言うのは筋違いというものだろう。
何回試してもお姫様抱っこされて終了。もう一度お互いに頭を打つなんてできるわけもなく、このヘンテコな能力と共存して数週間。
さすがに何度も同じことを繰り返していたら絢斗や類に疑われかねないので、この能力が自然消滅するのを待っている最中である。
「三琴さん、手伝いましょうか?」
「へ?」
ちなみに、類が喋っている時は心の声は聞こえない。
口から発する言葉のほうが優先順位が高いのか、類と話している時だけは三琴の頭の中も心も平穏な状態なのだ。
ただ、彼に好きな人がいるのは事実なので、何も平穏ではないのだけれど。
「いやいや、いいよ。一人でも大丈夫」
「いつもお邪魔させてもらって食うだけなので、申し訳ないなと思って。この前ケガしたばっかりですし、三琴さん」
「ケガって言っても、類くんだって頭打ったでしょ。ごめんね、俺のせいで……」
「僕は全然。石頭っぽいんで」
「あはは、石頭か。俺と違って検査入院とかしてなかったもんね」
「るーいー!さっさと戻ってきて続き一緒にやってよ!」
「呼ばれてるよ。ここは俺一人で大丈夫だから、絢斗の相手してあげて」
「……何か手伝えることあったら、すぐ言ってくださいね」
よっぽど心配してくれているのか、顔を覗き込んでそう言ってくれる類にドキッとした。
こういうふうに、類はとにかく距離が近い。中学生の時から絢斗と友達になり家にもよく連れてきていたが、前から『この二人は恋人か?』と思うくらいの距離感だったのだ。
もちろん三琴にも同性の友達はいるけれど、二人のように男同士でぴったりくっついてゲームをするほど仲がいいかと言われれば、そうではない。
今時の若者は誰でもそうなのかもと思いつつ、でも三琴に対しては絢斗のようにベタベタとくっついてこないし、やはり絢斗が特別なのだろう。
類がベタベタするタイプというより、絢斗のほうがくっついていくタイプだ。絢斗は三琴と兄弟とは思えないほど可愛いし、自然なボディタッチをされたらドキッとするだろうから、類が絢斗を好きになるのも分かる。
「(なーんで、弟のことを好きな人を好きになっちゃったんだろ……恋は茨の道ってよく言ったもんだ)」
何がきっかけで類のことを好きになったのか、明確な理由は思い出せない。
三琴は自分の恋愛対象が同性だと中学生の時にはすでに自覚していたのだが、最初はシンプルに類の顔がどタイプだったのだ。
短く切り揃えられた襟足に、少し長めでセンター分けの前髪。つやっつやでさらっさらの黒髪に、太い眉毛。ぱっちりとした大きな瞳が印象的だった中学生の頃の彼は、高校生になるとピアスも開けてかっこよくなった。
類のことを好きになっても、告白しようと思ったことはない。
そもそも類の恋愛対象が同性だとは知らなかったし、聞くわけにもいかなかったからずっと様子を見ていた。時々絢斗と『彼女』の話をしていることがあったので、見込みはないと思っていたのだ。
それに弟の親友としうのも相まって、告白して気まずくなるのは絢斗に悪いと思ってしまったから、ほとんど諦めていた。
だから何度か違う人と付き合ったけれど、三琴は一度好きになったら引きずってしまうタイプなのか、はたまた類が頻繁に夕凪家を訪れるからか、心の片隅ではなかなか類のことを諦められなかったのだ。
「(いいなぁ、絢斗。あんなイケメンに想われて……)」
ゲームをしながら騒いでいる二人をキッチンから眺めると、本当に二人はお似合いだなと思う。同い年だから尚更話も合うだろうし、趣味も共通点もたくさんあって羨ましい。
類は心の中ではえげつないことも考えていたりするけれど、なによりも当たり前のように優しいのだ。誰に対しても分け隔てなく優しいのは、彼が道端で困っているおばあさんの荷物を持ってあげたり、迷子になっている子供を交番に送り届けたりしているのを見たことがある。
三琴に対してはいつも料理を手伝おうかと言ってくれたり、重いものを運んでくれたり、困っている時にタイミングよく現れて助けてくれるのだ。
その度にきゅんっとしてしまい、彼のことを更に諦められなくなる。
でも自分が特別なわけではないと言い聞かせ、叶えちゃいけない恋だと思っていた気持ちが、彼の心の声を聞けるようになって更にズタズタにされているのだ。好きな人が好きな人に対する声を聞くって、想像した何百倍も辛い。
「絢斗、類くん、夕飯作っておいたから早めに食べてね」
「え、俺らの分だけ?兄さんは?」
「俺は今から飲み会」
「いいなー、お酒飲める年齢になると!楽しいこといっぱいじゃん」
「お酒ばっかり飲んでるわけじゃないよ。絢斗たちも大人になったら嫌でもそういう付き合いが増えるんだから」
『ということは、今日は絢斗と二人か……』
そんな類の心の声が聞こえて、三琴は瞬時に顔を赤くさせた。
今日は三琴たちの父親は出張、母親は友人と週末旅行。それに加えて三琴は飲み会に出かける週末の金曜日、高校生の二人にとっては絶好のチャンスだろう。
週末になると類は大体夕凪家に泊まっているが、いつも誰かしらいるので堂々といちゃいちゃすることもできなかっただろうから、今日は思う存分はめを外してほしい。
「飲み過ぎたらどこかに泊まってくるかも」
「えっ!」
「え?」
気を利かせて帰ってこないかもと言うと、なぜか驚いたのは類のほうだ。
完全なる据え膳なのでむしろ感謝してほしいくらいなのに『そっか、マジで絢斗と二人なのか……』という不思議な声が聞こえてきた。
「てか、そんなこと言って朝帰りする口実じゃないの?」
「ええっ、俺が?朝帰りってなに、絢斗」
「恋人のところに泊まる口実じゃないのかと思って〜」
「ないって、そんなの。恋人もいないし」
『恋人いないんだ、意外だな……』
意外ってなに?恋人がいそうだと思われてたってこと?
それが良い意味なのか悪い意味なのか分からないけれど、恋人の家に行くつもりなんていう誤解は解いておかないといけない。
類に告白するつもりはないし叶う恋だと思ってもいないが、今は誰とも付き合うつもりはないのだ。ただ、自分の気持ちを伝える勇気はないのに誤解はされたくないなんて、自分でも面倒な男だなと思う。
「もし帰ってくるとしても夜中だろうから、二人ともゆっくり……ね」
「オーケー、ゆっくりゲームするわ」
「ゲームばっかりじゃなくてさ……」
『そっか、三琴さんがいないなら……』
類は高校生男子らしくやる気満々らしいけれど、絢斗は分かっているのかいないのか、のほほんとゲームの話ばかりしている。
絢斗は別に天然だというわけではないだろうに、類の考えていることが分からないなんて。あまりにもゲームに熱中する現代っ子すぎるなと、呆れたように三琴はため息をついた。
「そうだ。絢斗、ちょっと」
「なに?今いいところだったのに!」
「いいじゃん、お兄ちゃんのお願い聞いてよ」
「お願いって?」
「服貸してくれない?」
「え、なんで!タバコ臭くなるのは嫌なんだけど!」
「ならないって、吸う人いないし。ね、ね、お願い。このまえ絢斗の服着ていったら褒められたんだもん」
「別にいいけどさぁ……るーい!僕の代わりに兄さんに服選んであげてくれない?」
「な、なんで類くんに……!」
「大丈夫、類って俺よりセンスいいから。ゲームの続きさせて!」
「あ、絢斗!」
絢斗は類を三琴に押し付け、自分はまたゲームの続きに戻った。
面倒ごとを押し付けられた類はといえば、にこっと営業スマイルを向けて「絢斗の部屋行きましょうか」と優しく言ってくれた。
「絢斗に言ったのにごめんね、類くん……」
「全然。僕、三琴さんに服選びたいなーって思ってたんで」
「え?俺に?なんで??」
「三琴さん、かっこいいから。でも自分の服装に興味なくてズボラなの知ってるんで、着飾ってみたくて」
「……いや、かっこよくないから」
「かっこいいですって。やっぱ絢斗のお兄さんだなって思います」
「かっこいいのは類くんのほうだけど……」
「マジですか?えへへ、三琴さんに褒められた!」
階段を上りながら愛らしく微笑む類の顔にドキッとして、きゅうっと胸が締め付けられた。
「(うっ、す、すきだなぁ……)」
どうしたらこの恋を忘れられるんだろう。
絢斗のことが好きだと分かっていてもこんなに好きでいて、本当に自分は馬鹿でしかない。今だって絢斗の部屋で二人きりという状況にドキドキしている自分が情けないし、弟に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「絢斗と三琴さんって、体格似てますよね」
「そう?」
「はい。でも三琴さんのほうが……」
「わひゃっ!?」
クローゼットを開けて服を選んでいると、類からがしっと腰を掴まれた。それと同時に変な声を出してしまい、パッと口を両手で塞ぐ。
ふっと小さく笑う声が頭上から聞こえてきて、さらに恥ずかしくなる。俯いた三琴の顔に熱が集中してくるのが分かった。
「三琴さんのほうが腰細いし、モデルっぽい体型ですよね」
「いや、そ、そんなことないと思うけど……!」
「そんなことありますよ。僕、初めて三琴さんと会ったときモデルだと思いましたもん」
「んっ、ちょ、ちょっと類く……!」
類は悪気はないかもしれないけれど、さわさわと変な手つきで腰をまさぐられると変な声が出てしまうし体がどんどん熱くなってくる。
弟を好きな人の手に反応してしまうなんて感情がぐちゃぐちゃで、20歳なのになんだか虚しくて泣き出してしまいそうだった。
「体型を活かしたコーデのほうが映えると思います。今日の飲み会って……女の人いますか?」
「あ、うん……同じ学科の集まりだから……」
「ふーん……そのなかに好きな人がいるとか?」
「な、なんで?」
「だって、絢斗の服を借りて褒められたいなら、そういうことなのかなと思って」
「いや、ちがうよ……友達から、飲み会くらいまともな服を着てこいって、言われたから……」
類からピリッとした空気を感じ取り、17歳の高校生にタジタジになってしまった。
「(なに、なんでちょっと怒ってるの……?)」
類は「へぇ……」と言いながらクローゼットの中に手を伸ばし、シンプルな黒Tシャツと少しダボっとしたストレートデニムを手に取った。
「このくらいシンプルでもいいですよ、飲み会なら」
「こ、こんなシンプルなやつ、似合うかなぁ……」
「似合いますよ、三琴さんなら。着てみてください」
「え、ここで?」
「はい。だって似合うかどうかトータルで見たいですから」
「そ、それはそっか……」
にこっと笑う類から渡された服。
ここでこのまま着替えてと言われ、心臓がドッと大きく跳ねた。
類は三琴に服を渡したあと、絢斗のベッドに腰掛けてこちらをじっと見つめてくる。
なんだか上から下まで舐めるように見られているのは気のせいだろうか?
なぜかこういう時に限って類の心の声も聞こえてこないし、彼の視線に耐えきれず、俯きながらくるりと背を向けた。
「えーっと、着替えるからあんまりこっち見ないで……」
「ふはっ、はい。分かりました」
「(なんかすごく笑われたな……)」
きっと自分の気にしすぎだ。
好きな人といっても、それ以前に類は三琴と同じ同性だし、男の前で着替えるなんて高校生の彼にとっては日常茶飯事だろう。
あまり意識しすぎても変に思われるかもしれないので、三琴は思い切って類の前で着替えを始めた。
『……あ、三琴さんの背中、超きれい』
「……っ」
さっきまで聞こえてこなかった類の心の声が聞こえて、ぞわりと背筋が粟立つ。ぞくぞくとした『何か』が三琴を襲って、じっとりとした視線が身体中に絡みつくようだった。
「類くん、どうかな……?」
「完璧です。でもベルトの色だけ変えますね」
ベッドから立ち上がって三琴に近寄ってきた類の手によって、するり、ベルトを引き抜かれる。そのまま三琴の後ろにあるクローゼットめがけて腕を伸ばす。
まるでキスされるかと思うほど近くに類の顔が迫ってきたが、彼は三琴を通り過ぎた。そんな類からふわりと柔軟剤の香りがして、ドキドキと脈打つ心臓を抑えられない。この鼓動だけは類に聞こえていませんようにと静かに祈った。
「これで大丈夫。楽しんできてください」
「あ、ありがと……」
「でもちゃんと帰ってきてくださいね」
「え?」
「外泊とか、僕らに気を遣わないでください。三琴さんの家なんですから」
据え膳食わぬはなんとやらと言うけれど。
「(それで絢斗に愛想を尽かされても知らないぞ、俺は……)」
「三琴さんって、恋人いないってマジですか?」
「恋人?あー、うん…今はいないよ」
「"今は"ってことは、前はいたんだ……」
「そういう類くんだってかっこいいんだから恋人の一人や二人いそうだけど」
「んなっ、二人もいません!!」
ということは、一人はいるんだな――
墓穴を掘って無意味に傷つくなんて馬鹿らしい。心の声も聞こえていて三琴のライフはゼロなのに、とうとうマイナスになってしまった。
「まぁ、うん……上手くやりなよ、類くん」
「え?上手くって……」
「きっと大丈夫、類くんの思い通りに物事が進むと思うから」
「どういうことですか?」
「今は分からなくてもいつか分かるよ……」
絢斗とラブラブ♡イチャイチャタイムを与えてくれる優しいお兄様だと崇めてほしい。ちなみに神様はあまりにも不憫すぎる三琴のヘンテコな能力を今すぐ奪って、今まで日常を返してくれたらそれでいいから――
「じゃあ、行ってくるね。絢斗のことよろしく」
「はい、分かりました。行ってらっしゃい」
これから弟と好きな人はめくるめく甘美な世界に……。
固く閉ざされたドアを見つめてため息をついたあと、三琴はトボトボと飲み会の会場へ向かった。