指定暴力団樺澤組傘下組織興進会の腸内熟成カリー
大阪の夜は湿っていた。
繁華街のネオンが雨に濡れたアスファルトに映り、光の川が流れている。
そんな街の一角、堂々と看板を掲げた興進会の事務所に、黒い影が忍び寄っていた。
「ええか、お前ら。号令かかったら一気に行くで」
大阪府警マル暴の刑事たちは、防弾チョッキを装着し、分厚い木製のドアを前に呼吸を整えた。
ドアの向こうでは、組員たちが焼酎を煽りながら談笑しているのが聞こえる。
「ほな、いくぞ――」
刑事・村瀬が大きく息を吸い込んだ。
「大阪や! 開けんかいコラァ!!」
ゴンゴンゴンッ!!!
大阪の夜を切り裂く怒号とともに、重厚なドアをマル暴が激しく叩く。
中の組員たちは一瞬の沈黙の後、慌ててざわつき始めた。
「おい、ガサやガサや!」「誰も開けんなや!」
「開けんかい言うてんねん! 3秒以内に開けんかったらぶち破るぞコラァ!!」
刑事・川畑の低い声が響く。
バタンッ!
遅れてドアが開いた。そこに立っていたのは、髪をオールバックに固めた屈強な男。
「なんやねん、いきなりドアどんどん叩きよって……」
「ガサや! 全員、動くな!」
刑事たちは次々と事務所内へなだれ込んだ。
組員たちは立ち上がるが、拳銃を抜かれる前に、マル暴が一気に制圧する。
「お前ら、手ぇ上げんかい!」
組員たちは渋々、手を挙げた。
「興進会の組事務所、家宅捜索するで。覚悟しとけよ」
刑事たちは手際よく、机の中や棚を引っ掻き回して証拠品を探す。
「おい村瀬、こっちの棚、なんか怪しいもん入っとるぞ!」
刑事・田中が黒い袋を取り出す。開けてみると白い粉がぎっしり詰まっていた。
「おいおい、これはアカンやろ」
村瀬が組員たちを睨みつける。
「これ、なんの粉や思とんねん。小麦粉ちゃうやろな?」
「知らん! そんなんワシら関係ないわ!」
「ほう、関係ない言うんか?」
刑事たちは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「ほな、お前らに一つええもん食わせたるわ」
村瀬はズボンのベルトをグッと締め直し、腹に力を込めた。
「……ふぅんっ……!!」
ズズズ……ググッ……ブリブリッ……!!
刑事たちは険しい表情でその場に立ち尽くす。組員たちは戸惑いの表情を浮かべた。
「……なんや? 何してんねん?」
「腸内熟成カリーや……今、ひねり出しとる最中や」
「は?」
組員たちが顔を見合わせる。
「……おお、出てきよった……!」
ズボンの奥からプルプルと震える手で取り出されたのは、まるで濃厚なカレーのようなペースト状の物体。
「できたてやぞ、食べんかいコラァ!!」
ゴトッとテーブルの上に器が置かれる。そこに、怪しげな茶色いルーが盛られた。
「これ、何入っとんねん……」
「こっちが聞きたいわ、お前らが作ったもんかもしれへんやろ?」
「いや、知らんちゅうねん!」
「ほな、食べて証明せえ」
「……は?」
刑事たちは組員たちの肩をがっちり押さえつけ、スプーンを握らせる。
「ほれ、食えや」
「こんなもん、食えるかい!」
「ほな、お前らの白い粉詳しく調べたろか?」
組員たちはギクリと固まった。
「……しゃあないな……」
震える手でスプーンを持ち、腸内熟成カリーを口に運ぶ。
「うっ……なんやこれ……」
「どうや、旨いやろ?」
「いや、マズ……ゴホッ……」
「ほな、おかわりいくか?」
「いや、もうええって……」
刑事たちは満足げに頷いた。
「ほな、俺たちはこれで失礼するわ」
青ざめた顔の組員たちに少しだけ紅が差す。
「次はないぞ。ええな?」
そう言い残し、マル暴たちは興進会の事務所を後にした。
大阪の夜は今日も濃い――。