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第5話 辺境での出会い

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長旅の疲れが全身にまとわりつくようだった。馬車の揺れに身を委ねながら、私はそっと目を閉じ、静かに息を吐き出した。

揺れる馬車の車輪の音が単調に響き、革張りの座席が体に馴染まない。


「お嬢様、もうすぐ、男爵領に着くはずですよ」


控えめな声で話しかけてきたのは、専属の侍女クラーラだった。

私は疲労を隠し切れないまま、何とか微笑んだ。

クラーラは、やはり男爵の噂話が気になるのか、緊張しているように見える。


「ありがとう、クラーラ。心配してくれて……でも、大丈夫よ」


言葉とは裏腹に、心の中では不安が渦巻いていた。

今回の婚姻は王太子の命による嫌がらせ結婚だった。私自身には何の選択権も与えられなかったが、侯爵家の娘として王命に逆らうことなどできるはずもない。


相手となる男爵、グララド・フォン・ターシュエルについては悪い噂ばかりが流れていた。醜悪な顔立ち、野蛮で無作法、領地は貧困に喘ぎ、住民たちは疲弊しきっている――そんな話を社交界で何度耳にしたか分からない。


(本当にそんな人なのかしら……)


疑念を抱きながらも、辺境の地という聞き慣れない土地に対する恐れが拭いきれなかった。


馬車がついに石畳から土道へと変わった。窓から見える景色は、広がる草原や小高い丘、風に揺れる穂の波が続く田園風景だ。辺境という言葉から連想していた荒涼とした地ではなく、小さいながらも、どこか静かで穏やかな空気が流れていた。


「お嬢様、門が見えました」


クラーラの言葉に私は顔を上げた。馬車の前方には立派な鉄製の門がそびえており、広い敷地内に古めかしくも美しい館が見える。その前には、色とりどりの服をまとった村人たちが集まっていた。


(こんなにたくさんの人、この人たちは何をしているの……?)


予想外の光景に私は驚いた。


馬車が門をくぐると、ざわざわとしていた村人たちの声が次第に静まり、やがてぴたりと止んだ。馬車が止まり、扉が開かれると同時に、村人たちからは「ようこそ!」という歓声が上がった。


私はその場に立ち尽くしそうになる。辺境の領民たちは荒々しい人々だと思い込んでいたが、目の前の彼らは暖かく、笑顔に満ちていた。


「フランシェ様!」


低く響く声が馬車の外から聞こえた。


「お初にお目にかかります。私がこの地を治めるグララド・フォン・ターシュエルです」


声の主が、あの男爵だった。

私の瞳に映る彼は、噂の「醜悪な野蛮人」ではなかった。たしかに大きな体格で、筋肉質な逞しい姿だったが、顔立ちは整っており、深い青色の瞳には誠実さが滲んでいた。金褐色の髪が陽光を浴びて輝いている。


私の視線が合うと、グララド様は静かに微笑んだ。その笑顔には威圧感など一切なく、ただ温かさがあった。


「長旅でお疲れでしょう。フランシェ様、ここまでお越しいただき感謝します」


丁寧な言葉に、私は驚きを隠せなかった。


「……こちらこそ、温かく迎えていただいてありがとうございます。改めまして、フランシェ・ド・フランシスです」


一瞬戸惑ったものの、侯爵家の娘として身に染みついた礼儀正しさで返事をした。一応、大公の爵位があるが、わざわざ名乗らなくても良いだろう。


グララド様は微笑みながら手を差し出す。


「どうか、こちらへ」


その大きな手に戸惑いながらも、私は手を重ねた。包み込むような温かさに、わずかな緊張が解ける気がした。


「村の者たちも皆、フランシェ様をお待ちしておりました」


言葉通り、村人たちの目には喜びが宿っていた。老若男女問わず、私を歓迎するために集まっている。


「お美しい方じゃな!」


「こりゃあ男爵様も鼻が高いですな!」


そんな声が聞こえてきて、私は思わず頬を赤らめた。


「皆さん、歓迎ありがとうございます。これからどうぞよろしくお願いします」


私が少し緊張しながら言うと、村人たちはさらに大きな歓声を上げた。その様子を見たグララド様も満足そうに頷く。


「さあ、館へ参りましょう。休息が必要でしょう」


グララド様に手を引かれ、私は馬車から降りた。足元が不安定だったが、彼の力強い手に支えられてふらつくことなく立ち上がれた。


「ありがとう……ございます」


「お気になさらず。これからも、あなたを支えたいと思っています」


その言葉に胸がじんと熱くなるのを感じた。



館の重厚な扉が開かれると、私の目にまず飛び込んできたのは、整然と並んだ三人の姿だった。


「お帰りなさいませ、旦那様」


前に進み出たのは、鍛え抜かれた体格が一目で分かる白髪の老執事だった。彼の鋭い目つきと背筋の伸びた姿勢には、長年この館を支えてきた確かな経験が感じられる。


「フランシェ様、こちらは我が家の執事ダルクスだ。何か困ったことがあれば、彼に頼るといい」


「初めまして、フランシェ様。至らぬ点も多々ございますが、全力でお支えいたします」


その誠実な言葉に、私は自然と微笑みを浮かべた。


「よろしくお願いいたします、ダルクス」


続いて視線を向けると、並んで立っていた二人の若い女性が同時に礼をした。顔立ちは瓜二つで、まるで鏡を見ているような錯覚を覚える。


「わたしたち、双子のメイドです! ジョアンヌと――」


「イザベルです!」


「館のお掃除やお茶の用意はわたしたちにお任せくださいね!」


明るく元気な声に、私は思わずくすりと笑ってしまった。


「こちらも素晴らしい働き手たちだ。ジョアンヌとイザベルのおかげで、館はいつも清潔さを保っている」


「頼もしいですね。よろしくお願いします」


双子は「はい!」と元気な声を揃えた。


こうして迎えられた温かな歓迎に、私は胸の中にあったわずかな緊張が次第に解けていくのを感じた。



館内に案内された私は、豪奢ではないが落ち着いた趣のある内装に心が和んだ。窓から見える庭には可愛らしい花々が咲き誇っており、遠くには田園風景が広がっている。


「この館は私の祖父の代から続く家です。辺境ではありますが、皆で力を合わせて守り続けてきました」


グララド様が説明する声には誇りが滲んでいた。


「とても素敵な場所ですね……」


私が感心して言うと、彼の顔に柔らかな笑みが浮かぶ。


「そう言っていただけると嬉しいです」


その笑顔を見ていると、私の中にあった不安が少しずつ消えていくのを感じた。


(この人は噂とは違う。優しくて誠実な人だわ……)


そう思った瞬間、グララド様の声が聞こえた。


「フランシェ様、これから私の隣にいていただけますか? 私はまだまだ未熟な領主ですが、あなたと共に領地を良くしていきたいと願っています」


まっすぐな視線に胸が高鳴る。嫌がらせ結婚だと思っていたこの婚姻が、もしかしたら違う形になるかもしれない。


私は深呼吸をして答えた。


「……はい。わたしも全力でお手伝いさせていただきます」


その言葉にグララド様は満足そうに頷いた。


「ありがとう。きっかけは王家からの命令でも、私にとっては僥倖(ぎょうこう)です。これからずっと、あなたを大切にします」


その言葉は私の心に深く刻まれた。



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