第4話 フランシェの新たな旅立ち
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翌朝、
私は最低限の荷物をまとめ、馬車に乗り込み王都のタウンハウスを離れた。
心配そうに見送る両親と幼い弟を残して、私を乗せた馬車は、王国最果ての地、ターシュエル領を目指した。
辺境男爵との婚姻を命じられたが、全く落胆していない。むしろ、私の心には決意と覚悟が宿っていた。
「王都を去ることは、自由を得ることでもあるわ。新しい地で新しい生き方を見つけるチャンスよ」
私はそう静かに呟いた。アドリアンとの婚約が形式的なもの以上の価値を持たないことを早い段階で悟っていたし、そもそも、王太子の問題行動は学園内でも密かに問題視されていた。
そのような人物の婚約者であることは強いストレスであったし、将来、夫婦としてうまくやっていける自信はなかったのだ。
そんな時、王太子の側近、シャルル・ダルモン男爵令息から婚約破棄の話が漏れ聞こえた。
私は、それを聞いた時、あまりの嬉しさに飛び上がりそうになった。だからこそ、この破棄の話、絶対に成立させる為にも公式な勅書として出してくれるように求めたのだ。
婚約破棄は大成功だった。王家にも貸しを作ることも出来たうえで婚約破棄できたのだ。文句の付け所が無い。ただ、余計なのは新たな婚姻だ。そして、その婚姻相手に付いては不安があった。
「お嬢様、グララド・フォン・ターシュエル男爵についてお聞きになっていますか?」
クラーラが不安そうに尋ねる。私は小さく頷いた。
「……ええ、聞いているわ。蛮族のような男だと、貴族社会では評判のようね」
「はい。礼儀を知らず、領地も貧しく、援助金でなんとか生きていると聞きます。私は、お嬢様が心配でなりません。万が一の時は、私が身を挺してお守りいたしますので、その際は私にかまわずに逃げて下さいね」
クラーラが死地に向かう戦士のような顔をしながら言ってきた。
「ふっふふ。クラーラ。大丈夫よ。……もしかしたら噂が過ぎるだけかもね」
本当に、もしもの事があった時は、絶対にクラーラを置いてなど行けるはずもない。
私とクラーラの付き合いは長い。私が物心つく頃には、すでに一緒にいた。クラーラはフランシス侯爵家に仕える寄子の子爵家の娘で、当初は「同じ年頃の話し相手として」と館に連れてこられたのが始まりだった。
私は幼い頃、少々お転婆なところがあり、クラーラと一緒になって館の庭で泥だらけになりながら遊んだことがあった。あのときは、怒られるのを覚悟したが、クラーラが必死にかばってくれたのだ。
それからというもの、私たちは自然と親しい間柄になっていた。そして今では、クラーラは私の専属侍女として仕え、時折、私の考えを先読みしたような手際の良さを見せる事まである。
もっとも、私たちの関係は単なる主従の枠を超えているのかもしれない。友人としてはもちろん、ときには共に育った姉妹のように感じることさえある。
私は馬車の窓から外を眺めた。今はまだ王都の街並みが続いているが、これからいくつもの他家の領地を通り、遠く離れたターシュエル家へと向かうことになる。
そこは王国の最果て――まさに辺境の地だ。
フランシス家の領地とは、王都を挟んで反対側に位置しており、馬車での旅はおよそ半月にも及ぶ。領地間は、決して気軽に行き来できる距離ではない。
まぁ今は王都のタウンハウスに住んでいるので、一週間で到着するはずだが、それでも遠い。
(ふぅ……思ったより遠くまで嫁ぐことになったわ。でも、ターシュエル領とフランシス領は同じような気候みたいだから、服装の心配が無いのが救いね)
私が嫁ぐグララド・フォン・ターシュエルは、辺境伯ならぬ「辺境男爵」と呼ばれる人物だった。
ターシュエル領は王国の果てにあり、恐れられる「暗黒の森」と隣接している。その森には、数多くの魔物が生息していた。
かつて、この森から魔物があふれ出し、王都まで押し寄せたという「スタンピード」の逸話が残っている。
(……でも、それは昔の話よね。最近はそんなこと聞いたことがないし、大丈夫よね。それよりも、目先のことを考えなきゃ。先ぶれは出しているけれど、手土産なしでは印象が悪いわ。何か良いものがないかしら?)
私は、昨日の謁見の後に王城の資料庫を訪れ、自宅の蔵書とあわせてターシュエル家について調べていた。
分かったのは、領地の農地は狭く、農作物の収穫量も少ないこと。さらに、輸入もほとんど行われておらず、領民たちは地産地消によって生活を成り立たせているらしい。
そんな中、唯一の主要な産業となっているのが魔石の輸出だ。魔石とは、魔物の体内で蓄積された魔力が結晶化したもので、人々はこれを魔道具の動力源として利用している。
ターシュエル家では、魔物から魔石を採取し、それを売ることで領地の収益を得ていたのだった。
私は馬車の揺れに身を任せながら、考えを巡らせた。
(ターシュエル領の食料事情を考えると、やはり何か役に立つものを持ち込みたいわね……)
農地が狭く、輸入も少ないとなると、現地の人々は毎日の食事に苦労しているはずだ。領民の生活を少しでも豊かにできるような手土産――そんなものがあれば、喜んでくれるかもしれない。
(そうだわ、ジャガイモはどうかしら?)
ジャガイモは最近、フランシス領で発見された根野菜だが、フランシス領では、わざわざ他の作物の生産を止めてまで作る予定はなかった。
しかし、このジャガイモというものは、瘦せた土地でも比較的育てやすく、収穫量も多い。それに、保存も効くし、調理の幅も広い。ターシュエル領の厳しい環境でも、きっと領民たちの助けになるはずだ。
(もしこれがうまく根付けば、食料不足の解決につながるかもしれないわね)
私は窓の外に目を向けた。王都の景色は次第に遠ざかり、代わりに広がるのは、どこまでも続く農地と人々の営みだった。
ターシュエル領の人々も、こんな風に豊かな生活を送れるようになれば――そう願わずにはいられない。
(あとは、どこからジャガイモを手に入れるかね。王都で見つかるかしら? それとも、フランシス領から取り寄せるべき?)
そう考えながら、私は手元のメモにそっと「ジャガイモ」の文字を書き加えた。
私は馬車の窓から景色を眺めていた。
王都を出発して数日。整然とした街並みは次第に遠ざかり、広がるのは豊かな田園地帯と穏やかな丘陵が続く風景だった。ここはクラーラの生家、モントルイユ子爵領である。
本来の目的地であるターシュエル領とは進路が異なるものの、せっかくの機会ということで少し足を延ばし、モントルイユ家を訪れることにしたのだ。
クラーラの父、テオドール・ド・モントルイユ子爵と兄のブノワは王都に滞在中だが、母のマルグリットは領地で暮らしている。彼女にクラーラの元気な姿を見せるために寄り道を決めたのだ。
「お嬢様、そろそろモントルイユ家の館が見えてくる頃ですわ」
隣に座るクラーラが、柔らかな声で告げる。
(クラーラの生家か……どんなところなのかしら?)
私は少し緊張していた。モントルイユ家とフランシス家は長年の付き合いがあるものの、実際に私がこの地を訪れるのは初めてだった。
石造りの重厚な塀で囲まれており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。馬車が門をくぐると、整えられた庭園の先に、豪奢ではないが格式を感じさせる本館が姿を現した。
「クラーラ、おかえりなさい!」
馬車が止まると同時に、優雅なドレスを纏った女性が駆け寄ってくる。私は彼女の端整な顔立ちに目を見張った。母親のマルグリット・ド・モントルイユ――気品ある佇まいと優雅な微笑みは、まさにクラーラの育ちの良さを物語っていた。
「マルグリット様、ご無沙汰しております」
私が礼儀正しく挨拶すると、マルグリットは優しく微笑み、手を取った。
「まぁ、フランシェ様。ようこそお越しくださいました。どうぞ、長旅でお疲れでしょう?」
案内された応接室は暖かな陽光が差し込み、落ち着いた調度品が並べられていた。マルグリットの心遣いが随所に感じられる空間だった。
「お茶と焼き菓子を用意いたしました。ゆっくりとお寛ぎくださいませ」
私は紅茶を一口含み、ほっと息をついた。旅の疲れがじんわりと癒えていく。
「マルグリット様、このたびは突然の訪問にもかかわらず、温かく迎えていただきありがとうございます」
「いいえ、クラーラの大切なお嬢様なのですもの。気にせず、遠慮なくお過ごしください」
「はい。ありがとうございます。それで……さっそくで申し訳ないのですが、実は……お願いがございます」
「お願いですか?」
マルグリットが少し驚いた表情を見せる。
私はターシュエル領の食糧事情について簡単に説明した。農地の狭さや作物の収穫量の少なさ、そして領民たちが自給自足に頼らざるを得ない状況。
「そこで、ターシュエル領に適した作物を考えていたのですが、瘦せた土地でも育ちやすいジャガイモを導入したいと考えております」
「ジャガイモ……?」
「ええ。保存が利き、収穫量も多く、何より丈夫な作物です」
私の説明に、マルグリットはしばらく考え込んだ。
「なるほど……確かに、ターシュエル領のような厳しい環境には適しているかもしれませんね」
クラーラがそっと口を挟む。
「母上、モントルイユ領ではジャガイモを栽培していましたよね?」
マルグリットはふと思い出したように微笑んだ。
「ええ、領内の農民たちに試験的に栽培させていました。でも……あまりうまくいかなかったのよ」
彼女は少し困ったように肩をすくめた。
「モントルイユの土地は粘土質が強く、水はけが悪いのです。そのせいで、ジャガイモが育つ前に腐ってしまうことが多くて……」
私は驚きながら耳を傾けた。クラーラも小さくため息をつく。
「収穫できた分も品質がいまひとつで、領民たちにはあまり評判が良くありませんでした。それ以来、栽培は中止してしまいましたの」
「それでは……ここでは手に入らないのですね」
「いえいえ、逆に倉庫には今でも、手を付けていない種芋が残っていますよ」
私は期待に目を輝かせた。
「でしたら、ぜひ分けていただけませんか? ターシュエル領で試して見たいのです!」
「もちろんですわ。私どもも、あの種芋をどうしようかと思っていたぐらいですので、お役に立てるならぜひ持って行ってください。すぐに手配いたしますわ」
マルグリットは笑顔で了承してくれた。
「ありがとうございます! 本当に助かりますわ」
こうして、私は思いのほか順調にジャガイモを手に入れることができた。
その晩、モントルイユ家の食卓には温かい料理が並べられ、久しぶりに家族と過ごすクラーラの顔には安堵の表情が浮かんでいた。
「クラーラ、立派になったわね」
マルグリットの優しい言葉に、クラーラは少し照れくさそうに微笑んだ。
「まだまだですわ。ですが、フランシェお嬢様のお側にいられることが誇りです」
私はそんな二人の様子を眺めながら、心が温かくなるのを感じた。これから始まる新しい生活に、不安もあるけれど、こうして支えてくれる人々がいることが何よりの励みだった。
翌朝、私とクラーラは温かなおもてなしに感謝しながらモントルイユ家を後にした。荷馬車には大量のジャガイモが積まれ、ターシュエル領へと向かう新たな旅が始まる。
(これで少しは領地の助けになるといいのだけれど……。)
私は遠ざかるモントルイユ家を振り返りながら、静かに心の中で祈った。
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