第26話 戦場の序曲
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諮問委員会はすでに数日が経過していた。
それでも何一つ結論は出ず、ただ時間だけが無為に過ぎていく。
私は王城の広間に設けられた円卓の席に座りながら、静かに周囲の貴族たちを観察していた。
王太子アドリアン殿下はふんぞり返ったまま、相変わらず私を詐欺師呼ばわりしているし、リリア男爵令嬢は無駄に聖女のごとく振る舞っている。
その横でヴィクトール子爵が冷静な表情で彼らを操っているのも見え見えだった。
(……茶番だわ)
こんな無意味なやり取りを続けていても、何の進展もない。
それどころか、私たちが王城に足止めされている間に、ターシュエル領がどうなっているのかが分からない。それが何よりも不安だった。
今日も無駄な諮問委員会とやらは終わった。王太子殿下の指示とは言え付き合っている貴族達も大変だなと他人事のように考えていた。
「……フランシェ」
隣に座るグララド様が低く囁いた。
私が顔を上げると、その深い青色の瞳が鋭く光る。
「そろそろ限界だな」
私は小さく頷いた。
このままでは、王都に閉じ込められている間に領地に異変が起こる可能性が高い。
「グララド様と私は簡単には戻れない状況です。でも、フリードリッヒさんなら馬術に長けているし、まだ目立って動いていない。フリードリッヒさんを領地に戻してルーカスさんに伝言を託して、万が一の場合は砦で籠城するように指示してもらいましょう」
「よし、そうしよう」
私の提案のグララド様は頷いた。
彼はすぐにフリードリッヒさんを呼び寄せ、密かに指示を伝えた。
フリードリッヒさんは真剣な顔で頷くと素早く王城を出た。
(どうか、間に合って……!)
私は密かに祈りながら、彼の姿を見送った。
それから半日も経たないうちに、王都の外から異常な知らせが届いた。
「王都の周囲に、魔物が大量に現れた!?」
広間に駆け込んできた衛士が、息を切らしながら叫ぶ。
その場にいた貴族たちが一斉にざわめいた。
「ま、魔物だと!?」
「こんなに急に!? どうしてだ!?」
さらに王都に居た大勢の貴族たちが動揺し、次々に王城へ押し寄せてきたのだ。
しかし、王都を守るための具体的な策を講じられる者はほとんどいない。
その報告を聞いたとき、私とグララド様は顔を見合わせた。
考えられる理由はただ一つ―。
「ターシュエル領の抑えが効かなくなった……?」
私が呟くと、グララド様は険しい表情で頷いた。
「間違いない。俺たちが領地を離れているせいで、魔物の討伐数が足りないのだ」
私は息を飲んだ。
まさか、こんなに早く影響が出るなんて……!
確かにグララド様は暗黒の森で魔物狩りをしていると聞いてはいたが、わずか一月程度で影響が出るとは思っていなかった。
そのとき、さらに追い打ちをかけるように、新たな使者が駆け込んできた。
「報告申し上げます! ターシュエル領の防壁が一部破られ、魔物が王都へ向かって進軍しています!」
広間にいた貴族たちは、完全に恐慌状態に陥った。
「な、なんだと!?」
「ターシュエル領の防壁が破られるなんて、そんな……!」
「ま、待て、ならばターシュエル男爵をすぐに向かわせ――」
その言葉に、場が凍りついた。
ターシュエル男爵――グララド様は、まさに今ここにいる。
王太子殿下の陰謀で、領地を離れざるを得なかった。
そして、ついに——。
公爵閣下の怒りが爆発した。
「貴様らの!! くだらぬ茶番のために、魔物の抑えとなるターシュエル男爵を呼び出したのだろうが! その所為で王都が危機に陥っているのだぞ!? この落とし前、どうつけるつもりだ!!」」
広間に響き渡る怒声。
私とグララド様は席を立ち、彼に向き直る。
グララド様は低く言った。
「……申し訳ありません、伯父上」
「グララド、お前が謝る必要はない!! 貴様ら王太子派の連中が、どれだけ愚かで無能かを知らしめてやろう!!」
貴族たちは震え上がりながら、公爵閣下の怒号に身を縮めた。
さらに、その場に国王ギュスターヴ陛下と宰相が現れた。
「何事だ……」
低く響く国王陛下の声に、場が静まり返る。
宰相が書類に目を通し、目を見開いた。
「ターシュエル領が抑えとなっていた魔物の群れが、王都に向かっている……?」
国王陛下は鋭く王太子殿下を睨みつけた。
「アドリアンよ、これはどういうことだ?」
「こ、これは……」
言葉を詰まらせる王太子殿下。
そんな彼を横目に、国王陛下はグララド様を見つめた。
「グララド、お前がターシュエル領にいる理由を改めて説明せよ」
グララド様は静かに頷いた。
「はい、陛下。私は、魔物に対して圧倒的な力を有する一族の末裔です。その力をもって、辺境で魔物を抑える役目を担っております」
場が、静寂に包まれた。
王都に集まった貴族たちは、初めてこの事実を知ったのだ。
そして——王太子殿下たちは、自分たちが国を危機に陥れたことをようやく理解した。
(遅すぎるわ……!)
私は怒りを抑えながら、視線を王都の外に向ける。
そこには、迫り来る魔物の影が——。
戦場の序曲が、今まさに始まろうとしていた。
王城の広間に緊張が張り詰める。
外から届くのは、魔物の襲来を告げる報告ばかりだった。
「王都の防衛線はどうなっている!?」
「現在、王都周囲の守備兵と騎士団が迎撃に向かっていますが、被害が拡大しています!」
使者が震える声で答えた。
「王都内にもすでに避難命令が出されていますが、民衆の混乱が収まりません!」
それを聞いた貴族たちは一層動揺し始める。
彼らは自分の領地に逃げ帰りたいのが本音だろうが、すでに脱出の機会を失っている。
王都の城壁を突破されたわけではないが、状況は刻一刻と悪化している。
そして、その原因を作ったのが――この諮問委員会だった。
「この責任は……」
「誰が取るんだ……?」
貴族たちが互いに顔を見合わせる。
誰もが王太子殿下に視線を向けていたが、当の本人は青ざめて黙り込んでいる。
しかし、事態はさらに悪化する。
新たな使者が駆け込んできた。
その顔には恐怖が浮かんでいる。
「報告いたします!! 暗黒の森から溢れた大量の魔物が、王都へ向かって侵攻中!」
「な、何だと!?」
貴族たちは顔を引きつらせた。
「ま、待て! 王都近くまで魔物が来ることなど、今までなかったではないか!」
「今までは、ターシュエル領で留めていた魔物たちが、今回は王都まで到達します!」
その瞬間——広間にいた全員が理解した。
ターシュエル男爵を領地から引き離したことで、王都が直接、魔物の脅威に晒されることになったのだと。
「ぐ……」
アドリアン殿下は、真っ青な顔で震えていた。
リリアは唇を噛みしめ、何かを必死に考えているようだった。
ヴィクトール子爵ですら、眉をひそめ、冷や汗を流している。
「……どうするつもりだ? いや、今更、お前に聞いても詮無い事だな」
低く響く国王の声に、場が静まり返る。
王太子殿下は焦ったように立ち上がった。
「そ、それは……」
しかし、言葉が出てこない。
彼には、王都を守るための具体的な策が何一つなかったのだ。
その時――グララド様が静かに前に出た。
「陛下、私が討って出ましょう」
彼の言葉に、私は驚いて顔を上げた。
「グララド様……!」
しかし、グララド様は私に優しく微笑んだ。
「フランシェ、お前も来てくれるな?」
私は、迷うことなく頷いた。
「もちろんです!」
私は王城を脱出する手段をすぐに考えた。
何よりも大切なのは、王都を守ること。
そして、それができるのは——グララド様と私しかいない。
国王も、ついに決断した。
「宰相、急ぎターシュエル男爵の剣を返してやってくれ。グララドとフランシェを護衛する兵を選りすぐり、今すぐに送り出すのだ!」
「はっ!」
宰相はすぐに動き出した。
「グララドとフランシェはターシュエル領に隣接する暗黒の森を目指しつつ、王都に迫る魔物を撃退せよ。すまんな無理を押し付けて」
この場に居た貴族たちは、驚きの光景を目のあたりにした。
国王陛下が下げてはならない頭を、躊躇うことなく私たちに向かって下げたのだ。
王城内は、一気に緊迫した空気に包まれる。
王太子殿下たちは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
彼らの浅はかな行動のせいで、国民が犠牲になっている。
この代償は、あまりにも大きかった。
(今は、考えている暇はない。私たちがやるべきことはただ一つ——王都を守ること)
私はグララド様と共に、王城を出る準備を始めた。
入城した際に取り上げられていたグララド様の剣も腰に佩いた。
戦場は、すぐそこに迫っていた——。
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