第24話 軟禁の檻
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ターシュエル領にも、ようやく春の暖かさが訪れていた。
しかし、その穏やかな空気を切り裂くかのように 王都からの召喚状 が届けられた。
「……諮問委員会を開く、ですって?」
私はその文面を読みながら、思わず眉をひそめた。
王太子アドリアンが諮問委員会を開き、私を裁くという内容 だった。
『ターシュエル領の女が偽聖女として民を騙し、金品を要求し、王都と周辺領地を荒廃させた』
『ターシュエル男爵と共謀し、不正を働いた疑いがあるため、王都に出頭せよ』
「……本当に、馬鹿げた話だわ」
私が呆れた声を漏らすと、隣にいたグララド様も深いため息をついた。
「これは完全に罠だな。王太子殿下の命令に背けば『逆賊』と見なされるが、行けば行ったで捕らえられる可能性が高い」
「ええ。どちらにしても、まともに取り合うつもりはなさそうね」
ヴィクトールたちは “貧乏男爵”ならば、村人から金品を巻き上げるのが当然だと決めつけていた のだろう。
実際には、私は 領民たちから一切の対価を受け取っていない。
それどころか、ジャガイモの普及や砦の建設など、領民の生活を豊かにすることに尽力してきた。
だが、王都の者たちはそんな現実を見ようともしない。
「……どうする?」
グララド様が私の方を見つめながら問いかける。
私は静かに召喚状を折りたたみ、彼の瞳を見返した。
「行きましょう、王都へ」
「……やはり、そう言うと思った」
グララド様は小さく笑い、私の手をそっと握った。
「俺たちは何もやましいことはしていない。だからこそ、逃げるわけにはいかないな」
私たちは王太子殿下の命令を拒否することはできない。だが、それと同時に、このまま黙って従うつもりもなかった。
「念のため、叔父上にも知らせておこう」
グララド様は エドモン・ド・ルヴェリエ公爵閣下に宛てて密書を認めた。
「王都では、俺たちがどんな扱いを受けるか分からない。だからこそ、王家の中で最も信頼できる人に情報を渡しておく」
「ええ。エドモン公爵閣下がいれば、王太子殿下も簡単には私たちを追い詰められないはずよ」
私は手紙を託すグララド様を見ながら、胸の奥の不安をかき消した。
「私も行きますよ!」
私たちがが王都へ向かうと話した瞬間、クラーラが当然のように声を上げた。
「だって、私の主はフランシェお嬢様ですもの! どこまでもお供します!」
「ええ、ありがとう、クラーラ」
私が微笑むと、クラーラは満面の笑みで拳を握った。
「戦える侍女」、その言葉を誰よりも体現する彼女なら、王都でのいざというときにも頼りになるだろう。
騎士団の中では、副官のルーカスさんが同行を申し出たが――
「ルーカス、お前は残れ」
グララド様がきっぱりと命じた。
「領地を守る者がいなければ、ターシュエル家の者たちは安心できない。だからこそ、お前にはここで指揮を執ってもらう」
「……分かりました」
ルーカスさんは悔しそうな表情を浮かべながらも、最終的にはグララド様の命令に従った。
代わりに、フリードリッヒさんとマクシミリアンさんが同行することになった。
「王都までの道中、何があるか分からないからな」
「魔物も出るだろうし、俺たちがいれば少しは楽になるだろう」
フリードリッヒさんとマクシミリアンさんは、それぞれ冷静に、そして気楽そうに言った。
出発の日、城の前には大勢の領民たちが集まっていた。
「お嬢様……本当に行かれるのですか?」
ジョアンヌやイザベルも、珍しく不安そうな表情を浮かべている。
私は微笑みながら、領民たちを見渡した。
「みなさん、心配しないで。私は必ず戻ってきます」
「必ず、ですね?」
「ええ、約束します」
領民たちは涙を浮かべながらも、私の言葉を信じてくれた。
馬車に乗り込んだ私は、窓からターシュエルの館を見つめた。
「……行きましょう」
こうして、私たちは 王都へ向けて旅立った。
ターシュエル領を出発してから四日目。
王都までは馬車で約一週間の道のりの半分を超えたところだ
旅の途中、宿場町をいくつか経由しながら進んでいたが、道中の様子は明らかにおかしかった。
「最近、この辺りに魔物が増えてるらしいですよ」
宿の主人が不安げに言った。
「夜になると森の方からうなり声が聞こえるんです。あまり無理な移動はなさらない方が……」
「そうか……情報をありがとう」
グララド様が礼を述べると、宿の主人はため息混じりに続けた。
「それだけじゃなくて……最近、王都近郊の村で不思議なことが起きてるそうです」
「不思議なこと?」
私が尋ねると、宿の主人は少し声を潜めた。
「王都のリリア様が“聖女”として祈りを捧げると、一夜にして農作物が豊かに実るとか……」
「……聖女ですか?」
私とグララド様が目を見合わせる。
「最初は王太子殿下の領地だけだったみたいですが、その後、他の貴族領にも行って“聖女の祈り”を授けたとか」
「聖女の祈り……?」
私は眉をひそめた。
「ええ、それで作物が急激に成長したらしいんですが……不思議なことに、しばらくすると作物が枯れ始めたらしいんですよ。しかも、井戸の水まで干上がる始末で……」
「なんだ、それは……?」
グララド様が低く呟く。
「王都の貴族様方も困っているそうです。おそらく何かしらの影響があるんじゃないかって……でも、王太子殿下は……」
宿の主人が言いよどむ。
「どうした。咎めたりしないから言ってみろ」
グララド様が話すように促すと、主人は少しバツが悪そうにしながらも話してくれた。
「はぁ、あくまでも王太子殿下の言葉ですが、“ターシュエル領の呪いのせいだ”って言ってるらしくて……」
「はあ?」
マクシミリアンさんが露骨に呆れた声を上げた。
「俺たちの領地にそんな呪いをかける余裕があるなら、もっとまともな作物を育ててるっつーの」
「本当に馬鹿馬鹿しい話ですわね」
クラーラも腕を組み、呆れ顔を見せた。
「ですが、民衆の中には“リリア様の祈りは本物なのでは”と思っている人もいるようですよ」
「……」
私は考え込んだ。
(リリアが聖女を名乗っている? しかも、その祈りの結果が異常な作物の成長と枯死……?)
「とにかく、王都ではその話題でもちきりだそうですよ。もうすぐ着くなら、いろいろ耳に入るんじゃないですか?」
王都周辺で魔物が増えている――それはターシュエル領を出る前に聞いていた話だが、どうやら現実味を帯びているようだった。
「そうね……貴重な情報をありがとう」
私たちは、宿の主人に礼を述べ、今夜は、その宿に泊まることにした。
宿は小さな村にある簡素な建物だったが、旅の疲れを癒すには十分だった。
しかし、夜が更ける頃――異変が起きた。
「……来たな」
フリードリッヒさんが窓の外を見ながら、剣に手をかける。
「何かいるの?」
私が囁くと、彼は静かに頷いた。
「外から、獣のような気配がする」
その言葉に、グララド様も立ち上がり、窓を細く開けた。
その瞬間、宿の外から低いうなり声が聞こえた。
「グギャァァァ!!」
「魔物……!」
クラーラが素早く私の傍に立つ。
宿の主人と数人の村人も、慌てた様子で部屋の外に飛び出してきた。
「な、何だ!? 何かの獣か!?」
「いえ、これは……魔物です!」
フリードリッヒさんが、そう断言した。
外を覗くと、月明かりの下に巨大な狼のような影が蠢いていた。
その瞬間――
「ドンッ!」
魔物が宿の扉に突進し、木製の扉が激しく揺れた。
「扉が破られる!」
マクシミリアンさんが槍を構え、玄関へ向かおうとする。
「待て、外で迎え撃つ!」
グララド様が素早く判断を下した。
「宿の中では狭すぎる。村人たちは奥の部屋に避難させろ!」
「了解!」
クラーラがすぐに村人たちを奥へ誘導する。
そして、グララド様たちは武器を手に、裏口から宿の外へ出た。
――その瞬間、闇の中から魔物が襲いかかって来るのが見えた。
しかし――
「ハッ!」
フリードリッヒさんの剣が一閃し、魔物の首を切り裂く。
「ギャウッ!」
魔物は断末魔を上げ、その場に崩れ落ちた。
「……もう終わり? 私の出番は?」
クラーラが、がっかりしたように呟く。
「これくらいの魔物なら、日常茶飯事だからな」
マクシミリアンさんが肩をすくめた。
ターシュエル領の騎士たちにとって、この程度の襲撃は警戒するほどのものではなかった。
しかし――
「けど、これだけじゃ済まないかもしれないな」
マクシミリアンさんが槍を担ぎながら言う。
「王都に近づくにつれ、魔物がさらに増える可能性がある。慎重に進んだ方がいいな」
私たちは改めて旅の警戒を強めることにした。
旅の終盤に差し掛かるころ、王都の外れにある村で異変を目にした。
「……これは」
畑は荒れ果て、井戸の水は枯れ、村人たちは疲れ切った顔をしていた。
「まさか、リリアの『聖女の祈り』の影響……?」
私は唇を噛んだ。
「村の様子が異常だ……」
グララド様が馬車の窓から周囲を見渡しながら低く言う。
王太子殿下たちは、ターシュエル領が呪いを撒いたと言っていたが、どう考えても原因はリリアの『祈り』にある。
そして、その影響は王都のすぐ近くにまで及んでいた。
(……王都では、一体何が待っているのかしら?)
胸に不安を抱えながらも、私は静かに拳を握った。
――このまま、王都へ向かうしかない。
王都の門が見えてきたころ、私は改めて決意を固めた。
「グララド様、フリードリッヒさん、マクシミリアンさん、クラーラ……ありがとう」
「何言ってるんです。お嬢様。私たちはずっと一緒ですよ」
クラーラが笑いながら私の手を握る。
「まあ、王都の空気は嫌いだけどな」
マクシミリアンさんが苦笑しながら肩をすくめた。
「王都に着いたら、俺たちは警戒を怠らない」
フリードリッヒさんが鋭い眼差しで言う。
王都で何が起こるのか――私たちはまだ知らない。
だが、確かなことは一つ。
私たちは、このまま黙って囚われるつもりはないということだ。
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