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第21話 揺れる玉座

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私は、グララド様に誘われて領地視察に出ていた。


「少し歩きたい気分だ」


グララド様がそんな言葉を口にしたのは、視察の帰り道だった。私は彼の隣で首をかしげる。


「歩きたいって……何か目的があるの?」


「あると言えばあるな。最近、領民から話を聞いたんだ。『冬でも香り豊かなハーブが自生してる場所がある』ってな」


「ハーブ?」


「そうだ。領民はその葉をお茶にして飲んでいるらしい。評判が良いから、どんなものか気になってな」


「まぁ、面白そうね。じゃあ一緒に探してみましょうか?」


私がそう言うと、グララド様は少し意外そうな顔をした。


「付き合わせて悪いな」


「そんなことないわ。歩くのは嫌いじゃないもの」


私たちは馬車を一度砦へ戻し、徒歩で牧草地へと足を向けた。冷たい風が頬をかすめるけれど、陽射しは柔らかで心地よい。


「それにしても、こんな季節に自生するハーブなんて珍しいわね」


「そうだな。領民の話では、少し山道を登った先にあるらしい」


話をしながら草原の緩やかな斜面を登っていく。遠くにはターシュエル領の家々が小さく見えた。


「ここは空気が澄んでいて気持ちいいわ」


「だろう? こういうところを歩くと、普段の領地経営の悩みも少し忘れられる」


グララド様は少し照れくさそうに笑った。


「……いつも大変なのね」


「まあな。でも、君が来てくれてからは色々と楽になったよ」


彼の言葉に思わず胸が温かくなる。


「私も、役に立ててるなら嬉しいわ」


「もう少し登ったところだと思うが――おっと!」


グララド様が言い終わる前、私の足が滑りそうになった。


「きゃっ!」


咄嗟に手を伸ばした彼が、私の腕をしっかりと掴んで引き寄せた。


「大丈夫か?」


「え、ええ……ありがとう」


彼の逞しい腕に支えられ、私は思わず顔を赤らめた。


「気をつけろよ。転んだら怪我する」


「う、うん……」


(危なかったけど……なんだか恥ずかしいわね)


そんなことを考えていると、ふと鼻をくすぐる香りがした。


「この香り……もしかして?」


私たちは足元を見下ろす。そこには青緑色の小さな葉をつけた植物が群生していた。


「これだな」


グララド様がしゃがみ込み、葉を一枚摘んで鼻に近づけた。


「確かにいい香りだ」


「少しスパイシーだけど、さっぱりとした感じね」


「領民が言ってたハーブティーに使う葉っぱって、これかもしれないな」


「じゃあ、試してみましょうか」


二人で、更にいくつかの葉を摘み、帰ることにした。



さっそく、館へ戻り、火を入れた小さな鍋に水を張り、摘んできたハーブを入れて煮出した。


湯気とともに漂う香りは、さっき感じたものよりもずっと豊かだった。


「いい香りね」


「これが領民たちのお気に入りってわけか」


グララド様が小さなカップにハーブティーを注ぎ、私に差し出した。


「どうぞ、フランシェ様」


「ふふ、ありがとう」


私はカップを両手で包み込み、そっと口をつける。


「……美味しい!」


すっきりとした味わいが口の中に広がり、寒さでこわばっていた体がじんわりと温まるのがわかる。


「確かにこれなら、寒い季節でも心がほぐれるわね」


「だな。領民たちが好む理由がわかる」


私たちは笑い合いながら、温かな一杯を楽しんだ。


「これ、もっと広められないかしら?」


私はふと思いついたことを口にした。


「ターシュエル領だけじゃなく、他の地域でも飲めるようにするのはどうかしら?」


「いい考えだな。癒しの芋だけじゃなく、こういうハーブもこの土地の名物にできるかもしれない」


「そうね。私たちの領地だからこそできることを、もっと増やしていきたいわ」


「そのためにも、一緒に頑張ろう」


グララド様が力強く言った言葉に、私は小さくうなずいた。


「ええ、ずっと一緒に」


ターシュエル領に吹く風は冷たくても、心は温かだった。未来への小さな一歩が、確かにこの場所から始まろうとしていた。



そのころ王都では――


冬のはずなのに、街を包む空気は重く湿り気を帯びていた。


「何なんだ、この陽気は……」


市場で果物を売る商人が空を見上げて呟いた。


「冬場に作物が腐るなんて聞いたことないぞ」


「井戸まで干上がった場所もあるらしいな」


近隣から集まった農民たちも顔を曇らせる。


「聖女様の奇跡で豊作になるんじゃなかったのか?」


「でも、あの聖女様が現れてからおかしくなった気がするぜ」


不安げな囁きは徐々に街中へ広がっていった。



異変は王都だけではないことが分かった。


宰相のもとに、続々と報告が届きだしていた。


「クレシュフォール男爵領でも作物が腐り始めました」


「モンレヴァン子爵領、ダルモン男爵領でも井戸が干上がる被害が出ています」


宰相は眉をひそめた。これらの土地はいずれも王太子アドリアンの側近たちの領地や例の聖女と名乗るリリアの実家である。


「……偶然にしては出来すぎているな」


宰相はふと胸騒ぎを覚えた。


(まさか、リリア・クレシュフォールと異変には何か関連があるのか?)


そう考えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。


「陛下にお伝えする必要があるな」


宰相は、大急ぎでギュスターヴ・ド・フリヴォレ国王陛下へ報告に伺った。


「陛下。王都周辺で発生していた異変の件ですが、近隣の貴族領からも続々と異変の報告が届きました。ただ、すべてリリア嬢が聖女と名乗り、祈りを捧げ始めた時期と一致するのです」


「それだけではありません」宰相は静かに続けた。「陛下、異変が出ている土地は全てリリア嬢や王太子の側近と関係のある領地です」


陛下は眉をひそめた。


「まさか……あの娘が異変の元だというのか?」


「まだ確証はありません。しかし、この状況を無視するわけにはまいりません」


陛下は長く息を吐いた。


「……聖女とは国の希望であるはずだ。だがもしそれが偽りであれば、国全体が危機に陥る」


「その通りです、陛下」


「この件、王太子にはまだ知らせるな。調査を続けよ」


「はっ!」


――――


「また枯れたのか……」


王城の庭でアドリアン王太子が不機嫌そうに呟いた。


「作物が腐るなんて異常だな。聖女の奇跡で土地が豊かになるはずなのに」


庭師たちは顔を青ざめ、何も言えずに頭を下げるしかなかった。


リリアはそんなアドリアンの横でぎこちない笑顔を浮かべた。


「気にすることはありませんわ、殿下。たまたまでしょう」


「そうか? でも……」


アドリアンが言いかけたとき、ヴィクトール・ド・モンレヴァンが静かに近づいた。


「殿下、こちらでお話を」


庭の隅にある小道を歩き、王城内へ戻るよう誘導する。


「一体なんだ?」


「少々、重要な報告がございます」


リリアはその背中を見送りながら、胸の中に広がる不安をごまかすように軽く息を吐いた。



リリアはアドリアンと共に王城の一室に戻ると、重い扉を閉じて窓辺へ歩いた。


(何なのよ……本当に魔物の出現も、作物の腐敗も私のせいなの?)


思わず震える手を握りしめた。


(大丈夫……私は本物の聖女。絶対に大丈夫)


しかし、その言葉はどこか虚ろな響きを持っていた。


「殿下」


振り返ると、扉の向こうからヴィクトールが現れた。


「お待たせしました。リリア様もこちらに」


ヴィクトールの案内でアドリアンとリリアが部屋に入る。


「それで、話とは何だ?」


アドリアンがソファに腰を下ろすと、ヴィクトールは冷静に言った。


「報告です。“ターシュエル領のフランシェ様が本物の聖女だ”という件ですが、ターシュエル領の領民たちの間で“癒しの芋”なるもので病が治ったり、聖壁で魔物を退けたなどの噂があるようです」


「馬鹿げている! そんなことあるはずないだろう!」


ヴィクトールは冷静に続けた。


「しかし、問題です。万が一、フランシェ様こそが聖女だと国王陛下がお認めになれば、リリア様の立場が危うくなります」


「それは困るな……」アドリアンは唸った。「リリアこそが国の希望なのだから」


ヴィクトールはゆっくりと口を開いた。


「ならば、諮問委員会を開いてはどうでしょう」


「諮問委員会?」


「はい。農作物の異変の原因はターシュエル領にいる偽聖女フランシェが引き起こしていると断定するのです。国民を騙し、金品を要求する詐欺師として告発しましょう」


「なるほど! いい策だ!」


アドリアンは満足げに笑った。


「リリア、心配するな。俺が諮問委員会であの女を完膚なきまでに叩き潰してやる」


リリアも冷たい笑みを浮かべた。


「ふふ、ありがとう。殿下」


「委員会は極秘裏に行いましょう。陛下と宰相には知らせず、すべてこちらで掌握しましょう」


ヴィクトールの言葉に、アドリアンは満足げにうなずいた。


「完璧だ。今度こそターシュエルの陰謀を暴いてやる!」


その声が響く中、王城の闇はますます深まっていった。


王都が揺れる中、破滅への幕が密かに開けられようとしていた。



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