第20話 狂乱の兆し
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そのころ王都では――
冬とは思えないほど重く湿った空気が街を包んでいた。風は生ぬるく、乾いた土の香りが立ち込めている。
「おかしいわね……今年は雪が降らないなんて」
市場で野菜を並べる商人が周囲に呟くと、隣にいた老婆が顔をしかめた。
「それどころか、この間まで元気だった作物が一気に枯れたんだよ」
「え、枯れたって?」
「ああ、葉が焼けるように萎れてしまった。まるで何かに呪われたみたいだ」
人々は不安げな表情で耳を傾け合う。王都周辺では「突然作物が育ち、急激に枯れる」異常現象が起こっていた。
当初はリリア・クレシュフォール男爵令嬢の「奇跡」として民衆に賞賛されていた現象が、今では禍々しい異変として捉えられつつあった。
「おい、またか」
王都守備隊の兵士が険しい表情で報告書を見つめる。
「今度はどこだ?」
「西門近くの畑だ。夜中に奇妙な影が見えたっていう報告がある。魔物の可能性もあるらしい」
「この季節に魔物だと? 冬場は奴らの活動が鈍るはずだろう」
「そのはずなんだがな……」
兵士たちは重苦しい沈黙に包まれた。
王都周辺では最近、夜になると「見たことのない魔物」を見かけるという噂が絶えなかった。
「守備隊を増員せよ。民衆には知らせるな」
宰相が厳しい顔で命じる。
「国民が恐慌を起こせば、王家の威信に関わる」
「はっ!」
兵士たちが次々と走り去る中、不穏な空気だけが王都を包み続けていた。
「ふふ、今日も素晴らしい奇跡でしたわね」
リリアは自らに言い聞かせるように微笑んだ。
農地に広がる光景――彼女の祈りによって、一面の枯れた土地が一時的に緑を取り戻していた。
しかし、数日経つとその作物は急速に萎れてしまう。
「大丈夫よ……私は聖女なのだから」
胸の中にわずかな動揺が広がる。
(普通の魔法よね、これ。でも今さら後に引けない……アドリアン殿下だって分かっているはずだけど)
リリアはちらりとアドリアンの方を見やった。
「素晴らしい! リリア、君こそ国民の希望だ!」
「ふふ、ありがとうございますわ」
(まさか、嘘と真実の区別が付いていない? 忘れてしまっている?)
彼の無邪気な賞賛にリリアは応じたが、その笑みはぎこちないものだった。
リリアの近くに控えていたヴィクトール・ド・モンレヴァン子爵が冷静な声で告げた。
「リリア様、王都周辺で魔物の目撃情報が増えています」
リリアは表情を硬くした。
「そ、それはターシュエル領の魔物と関係があるんじゃないかしら?」
「ええ、そういう噂が広まるように仕向けています。王家の責任ではなく、すべてターシュエル男爵の
領地が原因であるという筋書きです」
ヴィクトールの口元には冷たい笑みが浮かんでいた。
「さすがね、ヴィクトール」
「すべてはリリア様のためです」
しかし、リリアの心は不安から逃れられなかった。魔物が出現する理由について、彼女自身にも薄々見当がついていたからだ。
夜、リリアは自室で古びた魔導書を開いていた。
(本当はこれ……危険な魔法なんじゃないかしら)
ページの隅はボロボロで、完全に解読できない部分も多い。しかし、記されている魔法は明らかに通常のものとは異なっていた。
「土地の魔力を活性化し、作物を成長させる……」
しかし、その魔導書を最後まで読み進めると――
「魔力の増幅は生命力を消耗させ、やがて土地を荒廃させる」
最後の文章にはこう記されていた。
「そんな……」
彼女は震える指でページを閉じた。
(でも、私は聖女になるのよ。もう後戻りはできない)
心の中でそう繰り返しながら、リリアは無理やり不安を押し込めた。
翌朝、王城の庭に立ったリリアは異変に気づいた。
「……枯れてる」
昨日まで青々としていた植物が茶色く萎れていたのだ。最近、祈りで成長させても数日すれば枯れてしまう事は知っていた。それが、わずか一日で枯れてしまったのだ。
「これは……どういうこと?」
「庭師を呼べ!」
アドリアンの怒声が響いた。
「庭師が何をしようが無駄でしょう。これもターシュエル男爵の所為でしょう」
ヴィクトールが冷静な口調で言い放つと、リリアは目を見開いた。
「どういう意味?」
「実は王都に妙な噂が広がり始めています。フランシェ・ド・フランシスという名を覚えていますか?」
アドリアンは怪訝な顔をする。
「ああ、俺が婚約破棄してやったあの女か? あの辺境の貧乏男爵の所に送り込んでやったが?」
ヴィクトールは冷笑を浮かべた。
「そうです。その “ターシュエル領のフランシェ様こそ本物の聖女” という噂が王都の民の間で広まっているようです」
「なに? そんな馬鹿な!」
リアドリアンが喚く横で、リアの顔がこわばった。
「おそらくターシュエル男爵が領民を扇動して偽りの聖女を演じさせているのでしょう。何か異常な手段で土地を操っているのではないかと……」
「なるほど。だからこっちの作物も枯れるんだな!」
アドリアンはヴィクトールの言葉をすぐに信じ込んだ様子だった。
「そうです、殿下。これは明らかにターシュエル男爵の陰謀です」
ヴィクトールは淡々と告げたが、その目には不気味な光が宿っていた。
「俺があの女を婚約者にしてやった恩も忘れて……。あいつ、何様のつもりだ!」
「リリア様こそ真の聖女であることを証明しなければなりません」
「とっ……当然よ!」
リリアは震える手をぎゅっと握りしめた。
「私が聖女なんだから。あの辺境女なんかに負けるわけがないわ!」
「リリア、君は何も心配しなくていい。君は国の希望だからな!」
アドリアンはまるで真実を掴んだかのように断言する。
「ええ、そうですわ」
リリアは笑顔を作ったが、心の中では苛立ちが収まらなかった。
(魔物の出現も、この異変も本当は私のせいかもしれない。でも……ちょうど良いわ。あの女に全部擦り付けてやる)
王都では次第に異常現象が広がりつつあった。
守備兵たちは増加する魔物の出現に備え、夜通し見張りを続ける。
「国民には知らせるな」
宰相の命令で、異変は徹底的に隠蔽されていた。しかし、人々の間では噂が絶えなかった。
「聖女様の力が本物なら、こんなことにはならないはずだ」
「魔物が出るなんて不吉だ……」
王都は表向き平静を保っていたが、徐々に狂乱の兆しが見え始めていた。
リリアは自室の窓から街を見下ろしながら、震える手を握りしめた。
「大丈夫……私は聖女なのだから。絶対に大丈夫」
しかし、その言葉はどこか虚ろな響きを持っていた。
(本当に大丈夫なの?)
心に芽生えたその疑念が、リリアの中で徐々に大きくなっていった。
王都は今、破滅への足音を確実に聞き始めていた。
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