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第18話 偽りの聖女

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白い息が空に溶けていく。冬の冷たい風が頬を刺し、私の足元には薄く積もった雪がきしむ音を立てていた。

ターシュエル領はすっかり冬景色になっていた。樹々は霧氷をまとい、風に揺れる枝からは時折キラキラと光る氷片が舞い散る。厳しい季節だが、それでも領民たちは逞しく日々の生活を続けている。


「フランシェ様、寒くありませんか?」


隣を歩いていたクラーラが、心配そうに声をかける。彼女も冬用の分厚いコートを着込んでいたが、それでも鼻先が赤くなっているのがわかった。


「大丈夫よ。けっこう寒さには強いの」


「ならよかったです。でも領民たちはもっと寒さに慣れてますね。畑仕事だって雪の中でやってるんですよ」


確かに、遠くの畑には領民たちがジャガイモの貯蔵作業に追われている姿が見えた。収穫祭で振る舞った「癒しの芋」は、すっかり領民たちの生活の支えになっている。


けれど、これで安心できるわけではない。暗黒の森の魔物が冬に動きを潜めることはなく、むしろスタンピードの前兆とされる怪現象が雪深い季節に増えることもあるのだ。


そんな時期だからこそ、領民たちを守るための防壁訓練にも力を入れていた。



「集中だ、フランシェ」


広場に設置された石造りの台座の前で、私は深く息を吐いた。指先に力を込めると、淡い金色の光が周囲に広がっていく。


「もう少しだ……」


額に汗が浮かぶ。冷たい風が頬をなでるたび、体温が奪われるような感覚があったが、それでも私は魔力を練り続けた。


――防壁を広げて、領地全体を守りたい。


その強い想いが魔力に変わり、光の膜となって周囲を包み込む。


「いいぞ。そのままだ」


グララド様の声が聞こえた。彼の落ち着いた声には、いつも不思議な安心感がある。


ようやく、領地の半分近くまで防壁を張れるようになった。かつては小さな領域しか守れなかったことを思えば、確実に前進している。

訓練を終え、私が息を整えていると、グララド様が私の隣に立った。


「フランシェ、この防壁、いや聖壁のような力に名前があるそうだ」


「名前?」


「オーラ・セレスティア――天界の光の守護、という意味だそうだ」


彼はそう言って微笑んだ。


「祖父の手記に書かれていた。暗黒の森の魔力を逆手に取って領地を守る技術が、こうして伝わっていたんだ」


「オーラ・セレスティア……素敵な名前ね」


私はその響きに心が温かくなるのを感じた。


「君の力だ。きっと、この領地をもっと安全な場所にできる」


グララド様の言葉に、私は静かにうなずいた。



その数日後、ついに砦と監視塔が完成した。


砦は領地の北側に位置し、頑丈な石壁で囲まれている。倉庫としても機能する広い内部空間には、非常時には領民と家畜が避難できるように設計されていた。

監視塔には魔導具が設置され、異常事態が発生すれば煙や音で警報を発する仕組みだ。


完成した砦の前では、領民たちが祝いの声を上げていた。


「これで私たちも安心です!」


「さすがターシュエル男爵様とフランシェ様!」


領民たちの笑顔を見るたび、私の心は温かくなった。少しでも領民の為になれば。



「フランシェ様、どうかこの砦に祈りを捧げてください!」


領民たちの期待に満ちた声に、私は思わず動揺した。


「祈り……?」


「聖女様の祈りなら、この砦も魔物から守られるはずです!」


そう言う彼らの瞳には、確かな希望が輝いている。でも、私は自分が聖女だなんて思ったこともない。

ただ、たまたま治癒の力が使えたり、防壁、オーラ・セレスティアを張れるようになっただけで……。


「……わかったわ」


私は胸の奥で不安を抱えたまま、砦の中心に立った。


——本当にできるの? いや、できるわけない。


そんな疑念を振り払うように目を閉じ、両手を掲げる。


「どうか……この砦が、領民たちを守る場所になりますように」


それはただの願い。けれど、次の瞬間——


「っ!」


突然、空が輝いた。


「わあっ!」


領民たちの声が響く。


私は目を見開いた。無数の光の粒が雪空から降り注ぎ、砦の石壁に吸い込まれていく。それはまるで金色の鎧をまとったように輝き出し、冷たい空気の中で温かささえ感じさせる幻想的な光景だった。


「こ、これは……」


唖然とする私の隣で、グララド様も微かに驚きの声を上げた。


「まさかとは思ったが、やっぱりな」


「やっぱりって……これ本当に、私のせいなの?」


自分の手を見つめる。私はただ、祈っただけ。それなのにこんな奇跡が起こるなんて――


「これが君の力だよ、フランシェ」


「違う……そんなはずない」


私は首を横に振った。


でも、現実は違った。領民たちは口々に歓喜の声を上げる。


「やっぱりフランシェ様は本物の聖女様だ!」


「これは、聖域だ。これで砦も安全だ!」


胸が締めつけられるような感覚に襲われた。


「私は……ただ祈っただけなのに」


戸惑う私に、グララド様が優しい声で言った。


「フランシェ、信じるんだ。君の力を」


その言葉が、冬空にしんしんと降る雪よりも静かに、私の心に染み込んでいった。


私はまだ完全に信じられない気持ちで砦を見つめた。けれど、少なくとも今この瞬間、領民たちにとってこの場所は確かな希望になったはずだ。


私の使命は、もっと広くて強いオーラ・セレスティアを作り出し、すべての人々を守ることだ。


「行こうか、フランシェ」


グララド様の手に引かれながら、私は冬の冷たい空気の中、砦をあとにした。


けれど心の中には、確かな温かさが残っていた。




そのころ王都では――


冷たい風が王都の大通りを吹き抜けた。冬の空気は人々の肌を刺すように冷たかったが、それでも街には異様な活気が漂っていた。


「リリア様がまた奇跡を起こされたらしい!」


「聞いたか? 小麦畑が一晩で黄金色に実ったそうだ!」


「あの方こそ本物の聖女だ!」


道行く人々が口々に噂するのは、最近続いている「奇跡」の話だった。収穫期をとうに過ぎた畑が再び豊作となり、枯れかけていた果樹が鈴なりの果実をつけたのだという。


その中心にいたのは、リリア・クレシュフォール男爵令嬢——王太子アドリアンの婚約者であり、今や「聖女様」と崇められる存在だった。



「さあ、リリア。今日も奇跡を見せてくれ」


広大な農園に立つアドリアンは、期待に満ちた声でリリアに声をかけた。


「ええ、もちろんですわ」


リリアは笑みを浮かべながらも、その内心は不安で揺れていた。


(……本当に、また成功するのかしら)


手には古びた魔導書があった。ヴィクトールが王城の秘蔵書庫から見つけてきたもので、一部が破れていて判読できない箇所も多い。

それでもリリアにとっては唯一の頼みの綱だった。もし奇跡を起こせなければ、民衆から聖女としての信頼を失うどころか、アドリアンからも見放されるかもしれない。


「では始めますわ」


祈るような仕草を取りながら、リリアはそっと魔力を流し込んだ。


(お願い……成功して)


目の前の地面に淡い光が広がり、枯れかけていた草花が生気を取り戻す。さらに、作物の苗がみるみるうちに成長し始め、黄金色の小麦が立ち並んだ。


「おおっ!」


アドリアンが歓声を上げた。


「すばらしい! やっぱりリリアは本物の聖女だ!」


「当然ですわ」


リリアは微笑んだが、その笑みはどこかぎこちない。


(やっぱりこれ……普通の魔法よね。でも、今さらやめられないわ。アドリアン殿下も魔法って知っているはずだけど……)


ヴィクトールが近づき、静かに耳打ちした。


「見事だ、リリア様。このまま奇跡を続ければ、国民は完全にあなたを聖女と認めるだろう」


「そうね……」


リリアは小さくうなずいた。


「聖女様のおかげで今年は飢えずに済むぞ!」


「本物の奇跡だ……ありがたい!」


リリアの祈りを見ていた農民たちは口々に感謝の声を上げた。枯れた土地が一夜で生気を取り戻し、作物が次々に実る光景は、まさに神の御業のように見えた。


「これこそ聖女の奇跡!」


そう呼ばれるようになったリリアの「奇跡」は、民衆に希望を与えた。しかし、その裏では異変が静かに進行していた。



ある日のこと、王都近くの村で守備兵が魔物の出現報告を受けた。


「見たことのない魔物が畑に現れました!」


「なんだと? この季節に魔物だと?」


魔物は通常、冬の寒さが厳しい時期には活動を控えるものだ。それなのに最近では頻繁に目撃されるようになっていた。


「妙だな……こんなことは今までなかったぞ」


宰相は険しい顔で報告書を見つめた。


「近隣の村でも似たような話が出ています。魔物が人里に近づくことが増えているようです」


「守備兵を増やせ。それから王都の防衛も強化するように」


「はっ!」



しかし、この異常事態に王太子アドリアンたちはまったく気づいていなかった。


「素晴らしいな、リリア! お前は国民の希望そのものだ!」


「ええ、そうでしょう? 私が導く限り、この国は安泰ですわ」


二人の笑い声が王城に響く。だがその背後では、土地が徐々に「異界」へと変わりつつあった。

リリアの魔法は確かに作物を成長させ、農民たちを喜ばせた。しかし、同時にそれは土地の魔力を異常なまでに活性化させていた。


この異常な活性化は、魔物たちにとって魅力的な環境を作り出す。まるで暗黒の森が王都周辺に広がりつつあるかのように――


それでも、誰もこの事態の関連性に気づく者はいなかった。



「魔物の報告が増えている……だが、そんなことは民衆には知らせるな」


宰相は重々しく命じた。


「国民が恐慌を起こせば、王家の威信に関わる」


「はっ!」


守備兵たちが走り去る中、王都の空には不気味な気配が漂い始めていた。


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