第17話 交わる運命
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大地を渡る風は冷たく、秋の気配が深まっていた。
灰色の雲が薄く広がる空の下、私は息を吐きながら畑を見渡した。
最近は特に防壁の訓練に集中していたが、今日は領地視察のため、久々に村を訪れることになった。
クラーラが馬を手綱で引きながら私を見上げる。
「それにしても最近、領民の評判がすごいですよ、お嬢様」
「評判?」
「ええ。『奇跡の花嫁』とか『聖女』だとか、ちょっと恥ずかしいくらいです」
「そんな呼び方、やめてほしいわ……」私は苦笑するしかなかった。
確かに最近、少し不思議なことが続いている。偶然とは思えない形で私の防壁が魔物から守ったこともあったし、病気の子供に触れただけで熱が下がったこともある。
けれど、それが「聖女」などと呼ばれるほどのことかといえば、まだ信じがたい気持ちも残っていた。
村に着くと、執事のダルクスが既に待機していた。彼は村長と話し込んでいるところだったが、私を見るとすぐに駆け寄ってきた。
「フランシェ様、いらっしゃいませ」
「今日は村の状況を見に来ました。領民たちの暮らしはどうですか?」
「おかげさまで作物も順調に育ち、ジャガイモの評判も上々です。特に『癒しの芋』と呼ばれておりますな」
「癒しの芋ねぇ……」
「ええ、不思議なことに、ジャガイモを食べた者の軽い怪我や風邪がすぐに治るとのことです。領民たちは大いに喜んでおります」
その言葉に、私は心がざわめいた。確かに最近、畑で作られた芋は異様なほど美味しく、滋養に富んでいると聞いていたが、それが何故、治癒効果まで……
以前、私たちの目の前で、騎士のヴィルヘルムの傷が、ジャガイモを食べた途端、見る見る消えていく様を見た。見間違いや勘違いでは無いことは確かだ。
「魔力の影響かもしれんな」
隣でグララド様が低い声でつぶやいた。
「魔力?」
「最近、暗黒の森周辺の地脈が妙に歪んでいるようだ。祖父の残した手記にも、土地の魔力に関する記述があった」
グララド様は青い瞳を鋭く細め、私に向き直った。
「ターシュエル領が暗黒の森に隣接していながらも、領民たちが強靭な体力で生活できているのは、どうやらこの土地に漂う魔力のおかげらしい」
「魔力の……おかげ?」私は驚きを隠せなかった。
「そうだ。ただ、その代償として地脈が歪むことで魔物が湧き出す現象も発生しやすく、農作物が枯れたり、育ちにくいようだ」
「つまり、魔力が私たちの体を強化しているが、同時に脅威や不作も呼び寄せている、ということ?」
「その通りだ」
私はグララド様の言葉に考え込んだ。
もしこの土地が魔力に満ちているなら、最近おきている、私自身の変化――防壁の力や治癒の力が使えるようになった原因かもしれない。
その日の午後、私は村の広場で領民たちと話し込んでいた。
「フランシェ様、どうか息子を助けてください!」
そう言って駆け寄ってきたのは若い母親だった。彼女が抱きかかえている幼子は、顔色が青白く、呼吸も浅い。
「どうしたの?」
「木登りをして遊んでいたようなのですが、木から落ちてしまって、それから、どんな薬を使っても意識が戻らなくって……」
私は戸惑った。治療は医者の仕事であって、私のような者が手を出すべきではない。前に熱を出してる子供に触れたら、熱が下がった事はあったが、あれこそ偶然かも知れない。
しかし、彼女の必死な表情に押され、私は静かにひざをついて子供の顔をのぞき込んだ。
「とにかく、見てみるわ」
震える手で子供の腕に触れた瞬間、体が熱くなる感覚が走った。
――この感覚は何?
私の掌から柔らかな光が生まれ、子供を包み込んだ。次の瞬間、顔色が良くなり、呼吸も自然な感じになっていくのが見えた。
母親が息を飲む音が聞こえた。
「まさか……本当に治ったんですか?」
私は自分の手を見つめた。「わからないけれど……できたみたい」
周囲にいた領民たちが驚きの声を上げる。
「これが『聖女様』の力なのか……」
「んん? おかあさん?」
意識を失っていた子供が目を覚ました。
母親は子供を抱きしめて大声で泣き出してしまった。
「本物の奇跡だ!」
「フランシェ様、どうかこれからも私たちをお守りください!」
その声に、私は胸が締めつけられる思いだった。
夜、領主館に戻るとグララド様が真剣な表情で待っていた。
「フランシェ、聞いたぞ。子供の怪我を治したそうだな」
「ええ、でもどうしてそんなことができたのかわからないの」
「それも魔力の影響かもしれないな」
グララド様は重々しく言った。「祖父の手記にはこうある。『暗黒の森の魔力は命をも育てるが、制御を誤れば災厄となる』と」
「災厄……」
「だからこそ、君の力はこの土地を守るための希望でもあるんだ」
グララド様の言葉に、私は静かにうなずいた。
私にはまだわからないことばかりだ。でも、領地と領民を守るために、私はこの力を使いこなさなければならない。
そのころ王都では――
「これは……まずいな」
ヴィクトール・ド・モンレヴァン子爵は眉間に深い皺を寄せ、手元の帳簿を睨みつけた。農地の収穫報告書は精査するまでもなく改ざんされており、土地の広さからは考えられない量の収穫があったことになっていた。
「どうしてこうも分かりやすいウソを書くんだ、シャルル」
「まあ、誰も細かいことは気にしないと思ったんだけどねえ」
シャルル・ダルモン男爵はおどけた様子で肩をすくめたが、その声には焦りが滲んでいる。
「リリア様の『奇跡』を信じる者たちが減り始めている。噂に尾ひれがついて『演技ではないか』と囁かれているんだ」
「おいおい、それじゃ困る。アドリアン殿下の威光がますます薄れるじゃないか」
「だからこそ、我々も次の手を打たなければならん」
ヴィクトールは冷静な口調で続けた。「民衆は『奇跡』を求める。であれば、奇跡をさらに強力な形で見せつければいいだけだ」
「具体的には?」
「いよいよ、古代魔導書に書かれた魔法を使う」
「しかし、あれはボロボロで一部読めない状態になっていただろう?」
「ああ。しかし大丈夫だ。肝心の詠唱部分は読める。あれさえあれば、誰でもが出来るが、ここは王太子殿下の為にもリリア様に演じてもらわないとな」
――
「リリア、お前に新たな使命だ」
王太子アドリアンは玉座に座りながら、誇らしげな笑みを浮かべた。
「これまでの『奇跡』では不十分だったようだが、心配はいらない。我が側近が王城に秘蔵されていた魔導書を発見した。その中に、農作物を爆発的に成長させる魔法が記されている」
「また、泥臭い農作物?」
リリアは嫌そうであったが、今自分たちの立場が危うい事態になっていることは理解出来ていたので、渋々でもやるしかないのだった。
「そうだ。農作物の成長が促進されれば、国民はお前を『本物の聖女』として再び崇めるだろう。さあ、練習を始めてくれ」
ヴィクトールが手に持っていた古びた魔導書を開く。紙は黄ばんで破れかけ、文字の一部は判別不能になっていたが、かすかな魔力の痕跡が感じられる。
「一部が失われている部分はあるが、試してみる価値はあるだろう」
リリアは不安げに魔導書を見つめた。
「これが、前に言っていた“本物”の奇跡ってやつかしら? 少し薄気味悪いわね」
王城の庭園で行われた魔法の実験。リリアは祈るような姿勢を取り、詠唱を唱えながら、そっと魔力を流し込んでいく。
「さあ、どうなる?」
アドリアンは期待に満ちた瞳で見守った。
すると、目の前の作物がみるみるうちに成長していく。わずかな時間で小麦は黄金色に実り、果樹は鈴なりに果実をつけた。
「す、すごい……」
シャルルがあっけに取られて声を漏らす。
「これこそ、民衆が待ち望んでいた奇跡だ!」
アドリアンは拳を突き上げて笑った。
「これで国民は俺たちに跪くことになるぞ! リリア、お前はまさしく聖女だ!」
「ええ、当然ですわ。私は本当の聖女になるのよ……」
リリアの笑顔で言ったが、彼女自身もこの魔法の成功に安堵していた。
(これで私は……まだ大丈夫)
最早、後戻りは出来ない。生き抜くためには、奇跡を見せ続けるしかない。
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