メリーゴーランドに乗っていたら、2ヶ月前に別れた元カレを見つけた
メリーゴーランドに乗っていたら、2ヶ月前に別れた元カレを見つけた。出入り口の柵の前にいる。3人の男友達と一緒で、次に乗る番を待っているところだった。
私は白馬の背中から生えている棒をギュッと握った。気まずい。元カレの存在を認識した瞬間、胸を冷たいものが通り抜けていった。例えるなら、玄関にカマキリを見つけた瞬間に似ている。想像を超える生き物がいると、思考が追いつかず、何も出来なくなってしまう。このドキドキが、吊り橋効果のように「私ってまだ元カレのことが好きなのかも……」と勘違いするきっかけを生むのだろう。
私は一人で遊園地に来ていた。元々、一人で旅行に行くことが趣味だから、珍しいことではない。最近は、キャンプやフェスにも一人で参加して、テンションが上がったまま、ついには遊園地にも手を出してみたという訳だ。
元カレは、私が一人行動を好きなことを知らない。1ヶ月程度で別れたから、私の知っていることなんて、片手で数えるくらいしかないだろう。
側から見たら、ぼっちで遊園地に来ていると思うだろう。他人から何を思われても良いけど、元カレにだけは惨めな視線を向けられたくないことを今、意識した。
メリーゴーランドは規則正しく回転する。初夏の風が気持ち良いのに、嫌な汗が背中にじとっと滲み出ていた。
出入り口付近にいる元カレと距離が近くなる度、吐き気が込み上げてきた。逆に、見えない位置に移動した時、遠くの透き通る青空に目を奪われた。「きゃー」と、小さな楽しそうな叫び声も耳に届く。手放しで、はしゃげる私以外の人が全員、羨ましかった。
永遠にも感じられる回転が、わずか数分で終わる。女性スタッフは「お疲れ様でしたー。足元に気をつけてお降りください!」と、快活な声で、お客さんを順に誘導していく。
私の目の前に、二つ結びをした小学校低学年くらいの女の子が、お父さんと手を繋いで歩いていた。足元がおぼつかないスキップをして楽しそうだ。下を向いているから、小さい女の子も視界に入るんだ。
いい加減、顔をあげよう。俯いた自分を鼓舞するため咳払いをして前を見たら、元カレとバチっと目が合った。えっ。何でここにいるの? と言わんばかりに、目を大きくして固まっている。全員、男友達だと思っていたら、一人ボーイッシュな女の子が混ざっていた。早く乗ろうよと言ながら、元カレの背中を軽く押していた。
心が澄み渡る。一瞬にして、あれこれ不安を感じていた気持ちがなくなる。背筋をまっすぐ伸ばした。
今から私は「宝くじで3億円当てた女性」ということにしよう。嬉しい気持ちを無理に噛み殺している。堂々としていて、目先のことにはとらわれない。お金を何に使おうかと、幸せな悩みを抱えている状態だ。
メリーゴーランドの出入り口を通り過ぎて、スマホの画面を見ると16時を過ぎていた。いつもの私なら、もう帰ろうかなと思うところ、もう少しいることに決めた。
次は、観覧車に乗ろう。テンションが上がってきた。私の前には、先ほどの二つ結びの女の子とお父さんがいた。同じく観覧車に乗ろうとしているのかもしれない。ついていくような形になってごめんね。でも、私もすごく乗りたいから。
じれったくなり、走って親子二人を追い抜いた。その時、ポケットに入れていた、スマホのバイブ音が鳴った。
通知を見たら、元カレからのLINEだった。トーク内容は非表示に設定しているから、どんな内容かまではわからなかった。
もう何にも邪魔されたくなかった。私は、スマホの電源を長押しして消した。
いろんな理想の自分になりきりたい。そうするには外部の情報を取り入れないに限る。自分に必要のないことまで知って、変に動揺したくない。
せっかく遠くまで来たんだもん。今はこの非日常をめいいっぱい楽しもう。