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第2話

 動かなくなったキサラギを見て、サガミが思いきり腕を振り解く。女の力とは思えなかった。押さえていた男も突然のことに圧倒されていたのだが、予告もなく発砲された銃弾に腿を撃ち抜かれて膝をついた。

「ぎゃあああ!」

「撃ちやがった!」

「おいこっちもやれ!」

 男たちが一斉にサガミに銃を向ける。しかし誰もが呆気にとられたように、引き金を引こうとはしない。

 白銀の髪に浮き出た鱗。瞳孔は縦に割れ、瞳は金に輝いている。

 先ほどまでと顔は変わらないのに、色がまったく違う。まるで知らない人間が現れたのかとすら思える状況に、男たちも困惑していた。


 そこからは目を疑うほどに早かった。サガミはこれまでにしたこともないような動きで軽やかに男たちを翻弄しながら、容赦無く一人一人を正確に撃ち抜いた。銃の使い方など知らない。それなのになぜかしっかりと引き金を引くことができる。サガミ自身も驚きながら、気がつけばたった一人でその場を制圧していた。

「……キサラギ!」

 キサラギは頭から血を流していた。駆け寄ったサガミは一応患部を見つけたが、どうすれば良いのかは分からない。周囲にはまだ気配が複数ある。囲まれているようだ。今のサガミの様子を見て、どう動くべきかを考えているのだろう。しかしサガミはそれどころではない。キサラギが落としたトランクを開いて、すぐにハンカチを取り出した。少しキツめに頭に巻きつけると、その閉塞感からかキサラギがぐっと眉を寄せる。

「キサラギ! 起きた!?」

「……ぅ、サガ、」

「痛い!? キサラギ、頭を殴られたの!」

「……あ、たま……?」

 揺れていた瞳は、意識がはっきりとしたのかすぐにピタリと固定された。焦点が合い、やがてそれはサガミを映す。

「……サガミ様、お怪我は」

「私は大丈夫だけど……キサラギ、服にまで血が、」

 キサラギの首に伝う血を拭おうと、サガミはキサラギのシャツの襟を少し引っ張る。その瞬間、今までにない荒々しい仕草で手を叩かれた。

「大丈夫です! 私は、大丈夫ですから……!」

 襟を正したキサラギは、呆然とするサガミに一瞬遅れて気がついた。

「も、申し訳ございません! サガミ様に無礼な振る舞いを……」

「……ううん、いいの。私もいきなりごめん」

 キサラギの首元に一瞬見えた真っ黒なアザ。まるで呪いのようなそれが、サガミの目の奥から消えない。

「いえ……そもそも、私がサガミ様に守られるなど……」

 キサラギが起き上がろうとする仕草はあまりにぎこちない。サガミは震える背を支え、なんとかキサラギの上体を起こす。

「ううん。私が無茶な計画を言ったからだね。……ごめん」

「いいえ。……今の私は、サガミ様をお守りすることが使命ですから」

 弱々しく笑うキサラギを見て、サガミはふっと目を伏せた。

 ——キサラギがカグラを殺したのかもしれない。

 サガミの心の奥底には、今もそんな疑念が存在する。少し守られたところで絆されるようなものではない。だけどこれまで一緒に過ごしてきた時間が、サガミに「信じても良いのではないか」と訴えかける。

「サガミ様。暗くなる前に、ひとまずどこかに身を潜めましょう。作戦会議はそれからです」

 今すぐに襲ってきそうな気配がないことを確認して、サガミはキサラギの提案に素直に頷いた。


   *


「鼠の国に行けと、龍帝王陛下が……?」

「うん。それだけ言っとく」

 気配の少ないところを、とサガミが選んだのは、狭い空き地だった。崩れかけた小さな小屋がある。二人はそこに身を潜めていた。

「そうですか」

「……キサラギは何も聞かないね」

 サガミが申し訳なさそうにキサラギを見ると、キサラギは以前と変わらない、困ったような笑みを浮かべる。

「少し大人になられたかと思っていたのですが、サガミ様はサガミ様ですね」

「どういう意味?」

「……私が怪我をしたことを負い目に思っているのでしょう。あながち、サガミ様が私を疑い、何も話さなかったからだとご自身を責めているのかと」

 図星を突かれたサガミは、分かりやすく口籠る。

「情に流されやすく、お優しいところは変わりません。安心いたしました」

「そうじゃなくて」

「何も話さなくて良いですよ。私のことはずっと疑っていてください。絶対に気を許さず、手足のように使っていただいて構いません」

 傷はどうやら浅かったようで、血はすでに止まっていた。キサラギがハンカチを解く。サガミはただその仕草を見守っていた。

「もとより、サガミ様とカグラ様に捧げる命です。守って死ねるのなら本望ですから」

「……何も話さずに死ぬの?」

「何も?」

「私に何も聞かないのは、何も聞いてほしくないと思ってるからじゃないの? 隠しごとをしてるのは私? キサラギじゃなくて?」

 丁寧にハンカチを畳んで、それをポケットにしまう。キサラギは何かを考えるように視線を落としていたが、すぐにサガミを上目に見つめた。

「……私がサガミ様に隠しごとなど、」

「してないって言うつもり?」

 サガミの言葉はもっともだ。キサラギ自身にも、自分が疑われる行動をとっているという自覚はある。むしろサガミがキサラギを今も側に置いていることが奇跡である。

 それでも、キサラギは強く頷いた。

「私は、サガミ様とカグラ様に忠誠を誓いましたので」

 サガミの視線が少しばかりキツく変わっても、キサラギの表情は変わらなかった。


 その日は二人でひっそりと夜を明かし、翌日もまた「龍の崇拝者」を探すべく鼠の国を練り歩く。この国での食料は奪うか高値で買うかに限られていたが、二人は持ってきていた缶詰でなんとか日々を凌いでいた。

 鼠の国にやってきて三日目。今日も罠に引っかかってはみたが、収穫はない。

「サガミ様、やり方を変えましょう。今のままではサガミ様が怪我をします」

 罠に引っかかるのはサガミの役目だ。援護のキサラギも慣れたもので、回数を重ねるごとに失敗はなくなっているが、キサラギは囮となるサガミの身をいつも案じていた。キサラギが罠に引っかかる役割を担うという話をしても、サガミは首を縦には振らない。最初に怪我を負ったためか、サガミはキサラギにはあまり無理をさせようとはしなかった。

「今のままでいいよ。それに、結構中心街まで来たからもうすぐ見つかると思う」

「ですが……」

 サガミの視線がそれた。その鋭さに、キサラギも反射的に銃を抜く。サガミは睨むような鋭い目つきで、視線をぐるりと巡らせる。

「……囲まれてる」

 崩れかけた小さな建物を拠点にしていたのだが、どうやらどこかのグループに見つかったらしい。サガミは外を伺うように身をひそめ、開け放たれている割れた窓へとそっと近づく。キサラギも気配を消してそれに続いた。

「中に居る者、抵抗せずに出て来い! 仕掛ければすぐに建物を燃やし、囲んだ仲間たちが一斉におまえたちを撃ち抜く!」

 身を隠していた二人は、何かを相談するように目を見合わせた。ほとんど同時に頷く。揃って武器を隠し、両手を上げて外に出た。

 サガミの言ったとおり、建物は包囲されていた。少しばかり雰囲気がおかしな者たちだ。何が違うのかと聞かれれば難しいところだが、少々近寄りがたい空気が漂っている。

 耳が尖り、中には瞳孔が縦長い者もいた。見覚えのある瞳だ。サガミはその人物を凝視していたが、中心にいたリーダーらしき男が二人の前にやってきた。

「何が目的だ」

 大きなライフルをサガミの額に押し付けて、男は唸るような声を出す。

「龍の崇拝者を探す者がいるという噂がある。……貴様らのことだろう」

 サガミは取り乱すこともなく、男をまっすぐに見据えていた。

「……私はサガミ。狼の国の王です」

「サガミ様、ここでは御身分は明かさず、」

「あなたたちが“龍の崇拝者”ですか?」

 狼の国の王と聞いて、集団の顔色が変わった。リーダー格の男がとっさにライフルを下ろし、背後では仲間が戸惑っている。

 前に立つ男が唇を震わせ、訝しげにサガミへと問いかけた。

「……狼の国の王? そんな立場の者が鼠の国に居るわけがない。嘘をついてオレたちを騙そうったってそうはいかない」

「嘘ではありません。……あなたたちが“龍の崇拝者”なら、私はあなたたちに用事があります。あなたたちが“龍の崇拝者”ですか?」

 カグラの仇かもしれない男たちを睨みつけて、サガミは強気に一歩を踏み出す。

 空気が揺れる。不自然に風が吹き、サガミの体に鱗がびっしりと浮かんだ。

 白銀の鱗だ。瞳孔が縦長に広がり、髪の毛の先までもが銀に変わる。真っ白になったサガミを見て、男はとうとうライフルを落とした。

「……銀龍様だ」

 男はつぶやくと、突然膝をつき、額を地面に擦り付けた。仲間たちもそれにならう。それは、どこか異様な光景だった。


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