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第5話

 広い部屋だ。サガミの部屋の何倍もある。天井も高く、窓も多い。落ち着いた照明と陽に照らされて、まるで天国にでも居るような心地である。

 部屋の真ん中にあるベッドに横になっていた龍帝王が、サガミを見つけて気怠げに体を起こした。背後にはやはり大きな尾が流れていて、足首には輪っかがついている。雰囲気も相変わらず厳かだ。先程の二人よりも強く、どこか異質に思えた。

「銀龍が余を求めていたわけでもあるまいに。……楽しく会話をしたいわけでもないのだろう? 何用だ」

「剣は剣、龍じゃないと教えていただいたことについて、お伺いしたいことがあります」

「ほう。許す。言ってみよ」

 龍帝王の尾が揺れた。

「龍を強く崇拝する者は、この世界にまだ存在しますか」

「……龍を?」

「龍は神と同義の生き物とされています。龍を崇拝する者からすれば、人が無理やり龍を神剣に降ろすということに憤慨し、その龍を解放したいと思うことも不自然ではありません。……龍の宿る神剣を継承する人間が邪魔だと思うこともあるでしょう」

「それを知ってどうする。何が目的か」

「……兄のカグラが殺されました。神剣を継承する当日の朝です。私は犯人を探しています」

 龍帝王は先程の二人とは違い、驚いた様子は見せなかった。その代わりに憂いを浮かべ、窓の外に視線を投げる。

「そうか。兄が……人は無意味に殺し合う。まったく、業の深い生き物よ」

 今度は最初よりも大きく、龍帝王の尾が揺れた。

「余にも妹がいた。貴様の気持ちはよく分かる」

 過去形で語られたそれに、サガミは言葉をのみ込んだ。龍帝王に妹がいたなど全世界を揺るがせるほどのニュースである。サガミでなければ言いふらしていただろう。

「あの、それで、」

「……答えは是だ。余の口からはそれ以上は語れぬ」

 それならば、カグラは龍を崇拝する者に殺された可能性が高い。ナギは何らかの機会を狙いスパイを送り込んでいただけだろうか。

 サガミの手が無意識に握りしめられる。それに気づいた龍帝王は、柔らかに口角を持ち上げた。

「余は人間を愛している。だから語らぬ。現状が一番であると思えるよ」

 サガミの目が一瞬、龍帝王の足首を映す。その輪っかには相変わらず不可解な文字が不気味に浮かび上がっている。

 ほんの一瞬の視線の動きだったのだが、龍帝王はサガミの思考に気付いたようにさらに深く微笑んだ。

「人間は愛すべき隣人だ。みなが幸せであるのならば、ここで暮らすのも悪くはない」

「……それは拘束具ですか?」

「違う。言っただろう、これは『お守り』だ」

「ですが、陛下は現に閉じ込められています。どうしてそんな人間のことをそんなふうに言えるんですか。私は許せません。カグラを殺した人を、絶対に許さない」

「そうだな、許す必要はない。貴様の恨みは貴様のものだ。余の認識に合わせずとも良い」

 龍帝王はどこか楽しげに笑う。

「人間は妹を救ってくれた。それだけで人間を愛する理由になる。しかしもしも妹が殺されていたなら、それは恨む理由になっただろう」

 サガミは思わず目を伏せた。拳が震えている。

「それなら教えてください。……私は恨む理由を持っています。気持ちを理解し、情けをかけてくださるのであれば、龍の崇拝者の居場所をどうか」

 龍の崇拝者が犯人と確定したわけではないが、今は小さな手がかり一つ逃したくはない。半ば縋るようなサガミの言葉を受け、龍帝王は何かを思案する素振りを見せた。

「龍の崇拝者とやらが貴様の兄を葬っていたとして、どうする。貴様はその崇拝者を葬るのか。その恨みはどこで終わる」

「分かりません。分からないから、とにかく動くしかないんです」

「その道は茨だ。終わることはない。それでも進むのか」

「止まると、何もできなくなりそうなんです。……兄が無残な姿で死に、私に残されたのはこの復讐心だけ。これがなくなってしまえば自分がどう生きたらいいのか、どう生きるべきなのかも分からないんです……」

 そんな未来に、サガミ自身が一番怯えている。

「鼠の国を知っているか」

 先程までとは打って変わって、龍帝王はどこか楽しそうに尋ねた。サガミも思わず視線を上げる。

「知っています。行ったことはありませんが」

「行くと良い。貴様にとって、有益な情報が得られるだろう」

 入ったら出られないという鼠の国。そこに狼の国の王であるサガミが向かうリスクは計り知れない。しかしサガミは選択に躊躇うことなく、龍帝王に深く頭を下げる。

「それと忠告だ。……あまり気に入られるものではない。それが体に馴染みすぎると、貴様も人ではいられなくなる」

「……それ?」

「龍はまっすぐで嘘のない人間を好む。純粋で無垢で、何かに没頭していたなら間違いなく気に入るだろう。……昨日見た時よりも、ずいぶんと銀龍が馴染んでいるようだが」

 サガミは思わず自身の体を見下ろした。変化はない。異常もなければ、どこかが痛むようなこともない。一通り確認して龍帝王を見たが、やはり楽しそうに笑っているだけである。

「せいぜい気をつけよ。……一体となれば、その命を握られる。生きるも死ぬも龍次第。金龍が良い例だ。あれはすでに手遅れだがな」

 金龍が宿るのは天叢雲剣とされている。つまりそれを継承したナギがすでに龍と一体化しているということか。

 生きるも死ぬも龍次第。その領域にまで到達していることに、ナギは気付いているのだろうか。

「小娘、名はなんだったか」

「……サガミと申します」

「そうか、サガミ。貴様の顛末がどうなるのか、余はここから見ているとしよう」

 もう行けとでも言うように、龍帝王はひらひらと手を振った。

 サガミが部屋を出ると、すぐにリランとシキが反応した。二人はサガミに何かを言うこともなく、しっかりと礼をとって室内に入る。キサラギがやってくると、サガミはすぐに部屋へと足を向けた。

「サガミ様、何か有力な情報は……」

「鼠の国に行こうと思う」

「……そうですか」

 キサラギもそれ以上は何も聞かず、二人は部屋に戻ってきた。サガミが何かを言い出す素振りはない。キサラギは少し様子を伺っていたが、目的が定まった今、キサラギには何の用事もないのだろう。

 それでは昼食の準備でもするかと、キサラギはさっそく部屋を出ようと踏み出した。

 しかし。

「キサラギ」

 静かな声音が、キサラギをそっと引き留める。

「一つ、確認をしたいんだけど」

 振り返れば、少しだけ大人びた顔立ちの少女が、探るようにキサラギを見ていた。

「キサラギは、カグラを殺してないんだよね?」

 最終確認のような声だった。死後の審判にでもかけられている心地である。この返答一つで天国か地獄かが決まる。それほどに重たく、それでいて緊張感があった。

 表情はあくまでも落ち着いていた。だからこそ不気味だった。カグラが殺されていたと知った直後にはあんなにも取り乱していたというのに、今では口にすることも躊躇わない。キサラギには、目の前の少女がはたして自分のよく知るサガミなのかも分からなかった。

「……神に誓って」

「そっか。それならいいの」

 サガミはそれきり振り返ることもなく、ソファに座り文献を読んでいた。


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