表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/28

第4話


 その日、サガミはあまり眠れなかった。

 しかし翌朝、キサラギが部屋にやってきた頃にはすでに、サガミは文献を片手に紅茶を飲んでいた。一見すれば優雅な朝である。サガミの目の下には薄らに隈が浮かぶが、サガミの顔色はここ最近ずっと悪いため、キサラギはそれに気付けなかった。

「おはようございます、サガミ様。お早いですね」

「うん。いてもたってもいられなくて」

 キサラギを一瞥することもなく、サガミは続ける。

「カグラが殺された件、考えられる線は二つあるのかなと思う。一つは龍関連。もう一つは国関連。あるいは、そのどちらもが絡んでいるか」

「……どちらも、ですか」

「根が深い話だよ」

 言うが早いか、サガミは突然パタンと音を立てて本を閉じた。

「……龍帝王陛下にもう一度話を聞きに行きたい。謁見をするには、どんな手続きが必要?」

「シキ・ルードブルグ閣下か、リラン・アルグレイア閣下に許可を得るのが一番かと」

「……陛下の側近の人たちか……」

「はい。……あのお二方が、陛下に関することのすべてを担っているそうです。何をするにも厳重に監視していると聞きました」

「分かった。じゃあ二人に会いに行こう」

「お待ちください。朝食を食べてからです」

 サガミが立ち上がるのと、朝食を持った使用人がやってくるのはほとんど同時だった。

 キサラギは昔から生活習慣には口煩かった。特にカグラは奔放だったからいつも怒られていて、サガミもそれを見て笑っていたものだ。

「それじゃあ食べてる間、二人について教えてほしい」

 朝食を準備した使用人が出て行ったのを確認してから、サガミは気になっていたことを問いかける。

「二人の側近について。……彼らは陛下の監視役?」

「断言はできかねます。ただ、もうずっとあのお二方が陛下をお守りし、陛下についてを漏らさないよう、狙われないようにと働きかけていることは間違いありません」

「それは、ただの忠誠心から?」

 サガミは行儀良く食事を進める。

「それも分かりません。不思議なのは、お二人については謎が多く、何も明らかになっていないということですね。鼠の国の出身であるという噂もあります」

「鼠の国……?」

 鼠の国といえば、謎の多い無法地帯ということで有名な国だ。唯一国境に壁が作られ、その内側は明らかにされていない。人種も関係はない。宗教も差別もない。入れば強制的にデスゲームが開始されるブラックボックス。何かを隠したり、何かから隠れたりするには鼠の国が一番であると言われている。

「あくまでも噂ですよ」

「分かってるよ。他に知ってることは?」

「あとは、そうですね……たまに、よく分からない言語を使うとか」

 サガミの目が、ちらりと近くの本を映す。表紙の文字すら分からない本だ。龍帝王の足首についていた輪っかと同じ文字で綴られている。

「お二人の監視は厳しく、陛下にお会いできる者は一切おりません。陛下と直接言葉を交わすのもお二人だけです。もしかしたら、サガミ様が会うことも許されないかもしれません」

「うん。でも、陛下はまたおいでって言ってくれたから、ちょっと賭けてみたい。一応行くだけは行ってみるよ。怖いならキサラギは来なくてもいいけど」

「まさか。私がサガミ様を一人にするとでも?」

 キサラギは当然のようにそんな言葉を放つ。キサラギも容疑者だ。もしかしたら、サガミを監視したいのかもしれない。

「どうかされましたか?」

「……なんでもないよ」

 自身の思考に自己嫌悪を覚えながら、サガミは自嘲気味に笑った。


 食事を終えてすぐ、サガミとキサラギは共にリランとシキの元に向かった。龍の宮を歩きながら二人の居場所を聞いていたのだけど、二人はどうやら忙しいらしく、普段からあまり捕まらないようだ。それでも唯一、二人が一緒に居る時間がある。龍帝王に食事を運ぶときである。そのほかにも龍帝王に会うときには二人は一緒に居るようなのだが、一番手っ取り早いのは昼食を運ぶときだと目星をつけて、サガミは龍帝王の部屋の近くで待機していた。

「目立ってますね」

「目立ってるね」

 二人は当然ながら目立つ。なにせ龍帝王の部屋の近く。そこに居るのが、神剣を継承した狼の国の王である。たまに通りがかる使用人たちもチラチラと視線を向けていたが、話しかけても良いのか判断しきれず、戸惑いのままに立ち去るばかりだった。

 サガミとキサラギが待機を始めてから一時間。昼食の時間でもないのに、なぜか忙しいと噂のシキとリランが揃って呆れ顔でやってきた。

「……そんなところで何を?」

 問いかけたのはシキだった。表情筋が死んでいるのかとも思えるほどの無表情である。黒髪にエメラルドグリーンの瞳、容姿もリラン同様整っていた。雰囲気が独特なところも二人は似ていると言えるだろう。

 睨むような視線に、サガミは臆することなく口を開く。

「龍帝王陛下への謁見をしたいのですが、お時間をいただけないでしょうか」

「どのような御用でしょうか。よほどの重要事項でもない限り許可はできません」

 サガミよりもうんと身長の高いシキが、容赦無く威圧する。重々しいところは龍帝王と似ているのかもしれない。近寄りがたさすら覚える。しかしサガミは怯むことなく、冷静にシキを見上げていた。

「陛下が『また来たら良い』と言ってくれたので来ました。それは理由になりませんか」

 サガミの言葉に、二人は素直に驚きを浮かべた。アイコンタクトで何かを確認し合っている。すぐにサガミに視線を戻すと、シキはじろりとさらに睨む。

「……理由になりません。ただ話をしたいだけでしたら、相応の者をお選びください。陛下も暇ではありませんから」

「では素直に言います。少しお伺いしたいことがあります。少しでいいので会話の機会をください」

「伺いたいこととは?」

「ここでは言えません」

 サガミの態度に、シキはあからさまにため息を吐き出した。

「話になりません。お戻りください」

「兄が殺されたことについて、ヒントが欲しいんです」

 驚いたのはキサラギだった。まさかここでカグラが「殺された」ということを二人に知らせるとは思ってもいなかった。すべてを疑っている状態である今、それを明かすのはリスクが高い。

 思ったとおり、二人はまたしても驚いているようだった。

「……殺された? カグラ様が?」

「はい。継承の当日早朝に。……私はそれについて調べています。もしかしたら、陛下がそれのヒントを知っているかもしれません」

「サガミ様、そのことはあまり、」

「いいの。……話を聞く限り、この人たちは陛下にしか興味がないんでしょ? カグラのことは眼中にないよ。そんな相手を殺すとは思えないし、それを不用意にバラしたりするほど馬鹿でもないと思う。……そうですよね?」

 遠回しな口止めに、シキの眉がピクリと揺れる。背後で何かを考えていたリランが一歩前に出た。

「陛下がヒントを握っているとは、どうしてそう思ったのですか?」

「『剣は剣。龍じゃない』と陛下が教えてくださいました。……人と龍には確執がある。それにカグラが巻き込まれた可能性もゼロではないと考えています」

 サガミの言葉を受け、二人は再びアイコンタクトを交わす。

「シキ。一度陛下に聞いてみよう」

「馬鹿を言うな。こんなことを許したら、」

「もしかしたら、何かが変わるかもしれない。俺たちでは変えられなかった」

 珍しくも緊張したリランの物言いに、シキはぐっと言葉をのむ。

「それに、陛下がもう一度と誘うなんて初めて聞いたよ。陛下のほうが彼女に会いたいのかもしれない」

 そう言われては何も言えず、シキは諦めたように頷いた。

 リランとシキが揃って龍帝王の居る部屋に入る。先日の龍王の間ではない。おそらく自室になるのだろう。だからこそ警戒も強く、衛兵も多いし、サガミたちが突っ立っているのを聞いて忙しい二人がわざわざ飛んでやってきたのだろう。

 数十分の後、龍帝王の部屋から二人が戻ってきた。リランはそれまで通り穏やかに笑っているが、シキは不本意そうに眉を寄せている。結果は明白だ。サガミが部屋に入ろうとそちらに近づくと、遮るようにシキがサガミの前に立ちはだかる。

「もしも何かがあったなら貴様を殺す。国も終わると思え」

 睨む瞳で言い切ると、シキはやはり不本意そうにその場を退いた。

「終わるまでは私たちは念のためここで待機させてもらいます。中に入るのは狼の国の王のみです」

 キサラギは頷き、扉の側へと移動する。リランとシキが扉を開く。サガミは臆することなく、部屋の中へと踏み入れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ