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第3話


 龍帝王の元を離れ、サガミはさっそく書庫に向かった。すでに陽が沈みかけているし、書庫に出入りできる時間にも限りがある。ひとまず何か重要な文献を借りて部屋で読むかと、一日たりとも無駄にはしない気持ちだった。

 キサラギも共に書庫に来ると、二人で手分けをして文献を探す。サガミはひとまず、神剣についてと、この世界の歴史についてのものを探していた。

(剣は剣。器にすぎない……)

 龍帝王の言葉が、どうしても頭から離れない。淡々と言っていたからだろうか。決して恨んでいる様子ではなかった。それが少し奇妙である。

(……人と龍の間に何が……)

 歴史の文献を数冊引き抜いて、サガミは時間いっぱい書庫をめぐる。

 ふと、棚の端にある一冊に目が止まった。サガミには読めない文字が背表紙に書かれている。しかし読めないだけで、知らないわけではなかった。

「キサラギ!」

 サガミでは届かない場所にあるそれを見上げながら、サガミは思わずキサラギを呼んだ。

「いかがされましたか」

「あれをとって。あの、端っこにある本」

 サガミの視線を追いかけて悟ると、キサラギはすぐにそれを引き抜いた。

「……これがどうかしました?」

「……同じだ」

「同じ?」

 サガミは自身の手元にやってきた本を見下ろし、確信を抱く。

「……陛下の足首に、同じ文字が書かれた輪っかがついてたの。陛下はお守りだって言ってたけど……少し文字が光ってて、気味が悪かった」

「……輪っか?」

 キサラギは改めてその本の表紙を見てみるが、何が書かれているのかは分からない。古い文字なのだろう。あるいは、すでになくなった国の文字か。もちろんサガミにも分からなくて、中身を少し開いてはみたが、何を書いているのかはさっぱりだった。

「陛下が言ってた。……その昔、人間が龍を神剣に降ろしたんだって」

 何かを思いついたように、サガミがパッと顔を上げる。

「カグラが殺されたのは、何かに巻き込まれたからかもしれない。たとえば、龍を信仰している人間がいて、これ以上人間に龍を好き勝手させたくないそのたちが『継承』を嫌がったとか」

「……ありえない話ではないですね」

「ナギはどうだったんだろう。……ナギは、誰かに狙われたりしたのかな」

「行ってみますか? あと少しなら時間があります」

 一定時刻を過ぎると、龍の宮は出歩くこともできなくなる。残された時間はあと少し。サガミは書庫にある時計を見て、すぐにナギの部屋に向かった。

 カグラが何かに巻き込まれていたとして、それならどうしてサガミが狙われなかったのだろう。サガミが継承するとは思ってもいなかったのか、あるいはカグラを殺し時間稼ぎをしたかっただけなのか。そもそも龍はまったく関係なくて、カグラは私怨により殺されたという説もある。

 サガミの少し前を案内するように歩いていたキサラギが、難しい顔をして続くサガミを微かに振り返った。

「……サガミ様は、犯人を見つけてどうされるおつもりですか?」

 思考に夢中になっていたサガミは、キサラギの固い表情に気付かない。

「理由を聞きたいとは思ってる。それからは、殺すかもしれないし、殺さないかもしれない。だけどカグラと同じ痛みを与えたいとは思うから、もしかしたら殺したいのかも」

 サガミがちらりと、前を歩く背中を見上げた。

「どうしてそんなことが気になるの?」

「……なぜでしょうね」

 否定をしてくれたなら良かったものを、キサラギがあまりに曖昧に終わらせるから、サガミも何も言えなくなってしまった。

 キサラギへの疑いは晴れない。けれど信じたい気持ちもある。サガミが口を開くと同時、どうやらナギの部屋へと着いたらしい。言葉はまたしても喉の奥に消えた。


「どうしたんだ、こんな時間に」

 扉を開け、驚いた表情のナギが顔を出す。まさかサガミが訪れるとは思ってもいなかったのだろう。ナギはひとまず、二人を中に招き入れた。

 風呂に入ったばかりだったのか、金の髪からは少し水が滴っている。こんな状態ですまないなと謝りながらも、ナギはソファに豪快に座った。

「それで、いきなりどうしたんだ。そんなに本を持って」

「あ、これはちょっと……いきなり来てごめんね。聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

 ナギは「見当もつかない」という表情だ。

「……ナギ、神剣を継承する前、誰かに命を狙われたりした?」

「…………はあ?」

 なんだそんなことかと、ナギは心底呆れたような声を出した。

「あのなあ、俺たちみたいな立場の人間は狙われるほうが当たり前だよ。俺だって、カグラだってそうだったはずだ」

「そうなの?」

「そうだよ。だから……まあ、こう言ったらいけないんだろうけど、カグラが殺されたって聞いたときも、守れなかったんだなって思ったよ」

 サガミがじっとナギを見つめる。ナギは心底悲しそうな顔をしていた。

「……どうして命が狙われるのが当たり前なの? どんな人たちに狙われる?」

「そりゃあ理由は色々だな。龍の信者とか、逆に龍を毛嫌いしてるとか。……龍帝王陛下が世界皇帝として世界を統治しているということに反対する人間は案外多い」

「そうなんだ。……私、何も知らなかった」

「カグラはお前には心配かけたくなかったんだろうな」

 サガミが立ち上がると、ナギは驚いたように目を見開く。

「何、もう帰んの?」

「うん。それが聞きたかっただけ」

「相変わらず変な奴だなぁ……」

 先ほどとは打って変わって、ナギは今度、眉を下げて苦笑を漏らした。

 部屋を出たサガミは、やけに早足で部屋に向かっていた。道中には会話もない。その珍しい様子に、キサラギも何も言えなかった。

 ようやく部屋に戻ってくると、サガミは本を置いてさっそく振り返る。どこか緊張したような面持ちだ。

「さっきの、おかしかったよね?」

 キサラギは何を言われたのかが分からなくて、思わず首を傾げた。

「おかしい?」

「だって私、ナギには何も話してないよ。それなのにナギは、狼の国の一部の人しか知らない『カグラが殺された』ことを知っていたの」

 思い返せば、ナギはぽろりとそんなことを言っていたかもしれない。

「どうしてナギがそれを知ってるの? 狼の国の中にスパイが居るとか? だけどそれでうちのことを探って、ナギに何の利益があるの?」

「落ち着いてください、サガミ様」

「落ち着いていられない! ナギはカグラの憧れだったんだよ! ナギが今回の件に関わっていたなら、カグラの気持ちはどうなるの……!」

 サガミは力なくソファに腰掛けると、肩を落として俯いた。

 ナギが神剣を継承したとき、二人はまだ十歳だった。その役目に憧れていたカグラは、それまでずっと一緒に遊んでいたナギがその役目についたと聞いて、心底嬉しそうにしていたものだ。ナギはカグラの憧れだった。いつかはナギのような強い男になるのだと、ナギを目指していた。

(……カグラは巻き込まれた……? 何に? 継承者を狙う何か? きっと違う。……もっと深くて、もっと汚い……)

 内部犯だろうか。だけどそんな素振りはなかったように思う。本当に龍関連で殺されたのか、もしくはカグラを殺すことで何らかの利益を得ようとしたか。カグラやナギが命を狙われるのだって、殺すつもりのない脅しの一環ということもある。

 成り代わろうにも無理な立場だ。では、奪おうとしたのだろうか。野心の強い国があって、狼の国を乗っ取ろうとでも思ったのか。

(ううん。そんなことできっこない。……狼の国と獅子の国には龍の加護がある。そんな国に手を出すなんてありえない)

 この二国のどちらかが崩れれば、困るのは国交のあるすべての国である。しかし、もしも本当に狼の国を狙ったとして、それが出来るのは一国に限られるだろう。

「……ねえキサラギ。狼の国が崩れて得をするのは、どこの国だと思う?」

 サガミは何かを確認するように、黙り込んでいたキサラギに問いかけた。やけに静かな声音だ。その落ち着きがどこか奇妙で、キサラギは一瞬息をのむ。

「……狼の国が崩れて利益があるのは、獅子の国かと」

「……そうだよね。狼の国を恐れることなく手を出せて、狼の国が崩れることで世界を掌握できるのは獅子の国しかない」

 だけどリスクは高い。そんな浅はかなことを、ナギが考えるだろうか。

(そもそも、狼の国が邪魔なら私も殺されていたはず……)

 カグラが死ねば、サガミが王に立てられるであろうことは少し考えれば分かるはずだ。本当に狼の国を揺るがせたいのならば、カグラを殺した時点でサガミも一緒に消すはずである。

「私だけを生かしたのは、私を生かすことで利益があったから……? ねえキサラギ。陛下が『銀龍が女を選ぶのは珍しい』って言っていたの。私が継承をしたのは誤算だったって可能性はあるかな」

 少し待っても返事はない。なかなかない事態に、サガミは思わずキサラギを見る。

「キサラギ?」

 キサラギは訝しげにサガミを見ていた。

「サガミ様、その……大丈夫ですか?」

「なにが?」

「……あなたはつい先ほどまで、ナギ様に裏切られた可能性に落ち込んでいらしたのに……」

 少し前の落胆など忘れたかのように、サガミはすでに次のことを考えている。キサラギにはそれが少し恐ろしかった。サガミは心優しく、いつも柔らかに微笑んでいる少女だった。

 キサラギの言いたいことを察したのか、サガミは興味もなさそうに手元に視線を落とす。

「落ち込んでいたのはカグラの気持ちを考えてのことだから。……私には関係ないの。ナギがどうであれ、カグラを殺した人を許さない」

「……サガミ様、本日はもうお休みに、」

「キサラギ、協力してね。結果がどうなっても、私が復讐をするまで見届けて」

 サガミは自身の指先をいじりながら、特に感情もなくつぶやいた。キサラギに言えることはなく、ただ「もちろんです」と静かに返事をしただけだった。


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