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かつて平和だった世界へ。名もなき龍より  作者: 長野智
最終章

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第2話

「……あなたが銀龍?」

「ええ、初めまして」

「あなたの目的は何? どうしてカグラではなく私を選んだの? カグラが死ぬことが分かっていたから?」

「……あの男を宿主にしたところで、あの男は龍の解放をしようと動かなかった。きっかけが必要だったの。それがあの男の死で、そしてあなたが私の宿主になる必要があった。だってあの男が殺されなければ、あなたは今のように龍の解放に尽力しなかったでしょう?」

「……最初から龍の解放を考えていたんだね」

「私は、継承者が二人揃うのを待っていた。金龍はお馬鹿だから何も考えていなかったのでしょうけど……あの子も解放するには、一度人間に宿す必要があったもの」

「……龍を解放してどうするの? 人間を滅ぼすつもり?」

 一度驚いたような表情を浮かべた銀龍は、次には軽やかに笑う。

「そんなことに興味はないわ。私は、元の世界に戻したかっただけ。あなたはもう乗り出してくれている。とても真っ直ぐに、疑わず、愚かしくて愛おしいくらいに」

「人間と龍はもう一緒には暮らせない。一度裏切られたあなたたちはきっと人間を受け入れられないから」

「ええそうよ。天龍がどうあれ、私たちは人間を許さない。解放の喜びに浸っている金龍も我に返れば分からないわ。あの子はすぐに感情的になるから、虐殺を始めるかもしれないわね」

「そんなことのために解放をしたわけじゃない……!」

 風が吹く。草を揺らし、二人の間を強く吹き抜ける。この世界においての“風”がどこから発生しているのかは分からないが、銀龍が風を浴びることを好んでいたのかもしれない。

「あなたの言う『元の世界』って何? 龍が人を支配する世界?」

「違うわ。かつては共生なんかしていなかった。私たちは干渉しすぎたの。ある日龍と人が出会った。友人になった。ツガイになる者もいた。だけどきっと、そうすべきではなかった」

 銀龍の言葉が鋭く変わる。

「間違っていたのよ、最初から全部。……関わらなければ悲劇は起きない。棲み分けが必要であるという話よ」

「……だけど人はまた龍の住処に行くかもしれない」

「そのときは容赦しないわ。棲み分けとはそういうことだから。……人間も動物よ。龍だってそう。縄張り意識がある動物に対して踏み込んでくるのなら加減はできない」

 一度言葉を切り、銀龍は落ち着いて続ける。

「私はあなたのことはとても気に入っているのよ。あなたみたいな綺麗な人間は大好き。……期待しているわ。あなたが私を望む未来に導いてくれること」

「サガミ様!」

 声と共に轟音が聞こえた。

 反射的に立ち上がる。サガミが周囲を見渡す頃にはすでに他の龍人族は起きており、日もすっかり上っていた。

「アディル、指揮をとってくれ。作戦通りにすれば大丈夫だ。俺とサガミ様は右側から向かう」

「分かった。全員ついて来い、作戦通り直線距離で龍の宮に向かう!」

 象の軍が近くまで来ていた。サガミにもその気配が分かる。龍人族にも分かるのだろう、全員が綿密に打ち合わせることもなく、散り散りに駆け出す。

 サガミは再びラルグに抱えられ、作戦通りに右回りに龍の宮に向かう。

「何か夢を見ておられたのですか?」

 進行方向に目を向け、ラルグは小さく問いかけた。

「龍は眠りません。そして気配に鋭い。象の軍が進軍しているというのにあなたは起きることなく、我々の呼びかけでようやく目を覚ましたので、何か夢中になるような夢でも見ていたのかと」

「……銀龍と少し話をしていたんです」

「銀龍様と……?」

 そこでようやく、ラルグがサガミを一瞥した。

「……金龍はまだ空にいますか」

「龍の宮に向かっておりますね」

 空に浮かぶ金の龍は、優雅に泳ぎながらも龍の宮を気にしている。確かにその進路は龍の宮に向いているようだ。

「金龍よりも早く着かないと」

「……銀龍様から何か?」

「金龍は感情的だから危険だと」

 現在地から龍の宮までは、狼の国と獅子の国の境をたどるように向かうことになる。山林の中を進むため目立たず、そして最短距離だった。もうすぐで龍の宮にたどり着く頃だろう。

「承知いたしました。なるべく早く着くよう調整します」

「お願いします」

 ラルグはそれから最小限の休憩のみで、あとはサガミを抱えて精一杯進行した。ほかの龍人族とはもう合流することはない。彼らは陽動のために別行動をしている。象の軍も数の多いそちらにかかりきりである。ラルグとサガミは二人でひたすら、龍の宮へと急ぐ。


   *


 狼の宮の敷地内、裏庭にある地下入口を一番に見つけたのはアズミであった。カグラとキサラギが忙しなく探す中、アズミは脇目も触れずにそこに向かった。険しい顔つきである。アズミが地面の一角を足で乱暴に掘り返すと、そこから鉄の板が覗く。

「……これが入り口?」

「どうやら巨大な入り口のようですね。龍を入れたのなら当然かもしれませんが」

 アズミの目が遠くへと向けられた。

「アズミ? どうしたの?」

「いや……金龍が」

「金龍?」

 カグラが聞き返すのと、黄金の何かが降ってくるのは同時だった。

 深く地が揺れた。カグラは立っていられず尻餅をついたが、キサラギはなんとか堪え、カグラを庇うように片手を広げる。

『アズミじゃないか。こんなところで会えるとは』

「久しいな金龍」

 金龍の鼻先がアズミに擦り寄る。頭だけでも人間の倍以上の大きさだ。鼻息だけで吹き飛ばされてしまいそうだった。

『……アズミ、その人間はなんだ? ここからは銀龍の気配もする』

「この人間らは銀龍を守りに来た者だ。敵ではないぞ」

 睨むような金龍の目が、キサラギをじっと見ていた。キサラギは思わず背を伸ばす。

『……そのようだな』

 金龍は頭を大きく振り、どすんと音を鳴らしてその場に腰を下ろす。

『おれはこれからアサギの元に向かう。アズミはどうする』

「……私はまだここに居る。銀龍を守るのに人間二人と龍人族の子ども一人では心配だからな」

「自分はもう成人しています」

「ふん、まだまだ若造だ」

 ウィジェは悔しそうに言ったが、アズミには鼻であしらわれてしまった。

 金流は面白くなさそうな様子だ。その目はすぐにカグラに移る。

『龍人族と、アズミの加護を持つ人間のことは分かった。そっちの人間は本当に信用できるのか』

「……ああ。こいつなら大丈夫だ。なにせ、こいつの妹が龍の解放に協力している」

『……妹?』

「銀龍の器だよ。今は龍の宮に向かっているようだな」

 金龍が喉の奥で唸る。その唸り声に、カグラとキサラギはぐっと身構えた。

『……銀龍の器か。そいつは信用できるのか。人間はこざかしい。おれたちを騙し、刀に閉じ込めた』

「銀龍はそいつをいたく気に入っているようだぞ」

『そんなこと……おれだって実際に銀龍から聞いたから分かっている。だが騙されているんじゃないか? おれだって器を気に入り、見えないことが多くなっていた。あいつもそうなるかもしれない』

「サガミ様は大丈夫です! サガミ様が自分たちを、そして金龍様を救ってくれました!」

『……む』

 一番近くでサガミを見ていた龍人族にそう言われては、金龍は何も言えないようだ。

 金龍が次の言葉に戸惑っている間に、遠くから複数の足音が近づく。キサラギは持っていた草薙剣を素早く構えた。金龍とアズミの意識もそちらに逸れる。入ってきたのは狼の軍の数十名である。

「全員地に伏せろ! この場は狼の軍が制圧した!」

 金龍の姿に圧倒されながら、狼の軍がぐるりと取り囲む。

 みな怯えていた。金龍を見て怯え、そしてカグラを見て震える。龍は実在したのか。こんなにも重厚な雰囲気があるのか。どうしてカグラ様が生きている。何が起きている。目の前の光景は夢ではないのか。信じられないことの連続に、剣を構える姿もどこか弱々しい。そんな中、狼の軍の舵を取る大柄な男だけは、怯えた様子を一切見せなかった。

「キサラギ、剣を置け。サガミ様の裏切りはすでに我々も把握している。おまえも共犯だな」

「レブラス中将……カグラ様に剣を向けるなど、偉くなったものですね」

「カグラ様は死んだ。それは世界が知っている事実だ」

 カグラの目が真っ直ぐにレブラスに向けられる。レブラスは決してカグラを見なかった。

「いいから全員地に伏せろ! 龍とて容赦はしない! 第二隊、かまえ!」

 号令に応じたのは、離れたところに居た数名だった。揃って金龍に銃口を向ける。その銃口は小刻みに震えていた。

「銃を下ろせ! 命令だ! 龍を傷つけるな!」

「誰もあなたの命令は聞きません」

 カグラの怒号に、レブラスがすかさず返す。

「……レブラス。僕はあなたを尊敬していたのに」

「恐れ多いことでございますね」

 レブラスの目がようやくカグラを映した。その瞳に感情は乗らない。レブラスはただカグラを映しているだけである。

「龍を殺してどうする? ここで僕たちを制圧して、サガミが止まるとでも?」

「あなたを人質にとればサガミ様も目を覚ますでしょう。今はご自身が何をしているのかを分かっていらっしゃらない。サガミ様は世間知らずで、無知で愚かだ」

 キサラギが一歩前に出る。しかしすぐにカグラが引き止め、さらに一歩を踏み出した。

「サガミが世間知らずで無知で愚かなら良かったと、僕は今回のことで心底そう思ったよ」

 カグラの動きに、レブラスが反射的に銃を構えた。レブラスの愛銃であるボルトアクションライフルである。装填弾数は十発。レブラスは腕が良いため、この十発で必ず終わる。

「レブラス中将! 銃を下ろしなさい!」

「おまえはそこで何をしているんだキサラギ。亡霊や龍と共に……人類を滅ぼすつもりか」

「いい加減焦れったいな。カグラ、私ならこの場にいる全員を殺してやれる。おまえの願いならば叶えてやろうか」

「アズミが言うと冗談に聞こえないよ」

「冗談ではない」

 レブラスがちらりとアズミを睨む。アズミは笑っていた。

 ウィジェは人間の動きを注視していたが、目の届かない背後を気にしているようだ。

「第二隊! 撃て!」

「撃つな!」

「カグラ様!」

 カグラとレブラスの指示の間で第二隊が揺れる。カグラが第二隊へと駆け出した瞬間、レブラスのライフルが銃弾を吐き出した。


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