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かつて平和だった世界へ。名もなき龍より  作者: 長野智
第4章

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第2話

「そんな慰めを素直に受け取れるほど子どもなつもりはないよ」

「慰めではございません。……カグラ様はもとより、継承の儀式の日の早朝に暗殺される算段でした。私はそれを知っていたので、カグラ様を逃がす計画を立てておりました。身代わりの死体を用意し、逃走経路も確保して……前夜はサガミ様と眠っていらしたので、最後にゆっくりとした時間を過ごしてほしいと、前夜のうちから私が動くことはなかったのですが……」

 キサラギの拳が震える。苦しそうに眉を寄せ、震える唇から短い息が漏れた。

「たった一つ……サガミ様が神剣を継承したことは、私の計画の中で大きな誤算です」

「……どういうこと?」

「死体は二体用意してありました。カグラ様と、サガミ様のものを」

「……私も一緒に逃がすつもりだった?」

「……何ごともなければ、早朝のあのとき、カグラ様とサガミ様は二人で国を出られたはずでした。ですが、準備を整えカグラ様の部屋に向かうと、カグラ様の隣にはサガミ様がおらず……」

「……だから私が銀龍を宿したとき、暗殺されるカグラを助けるためにいきなり走り出したの?」

「間一髪のところで間に合いましたよ。……そのあとはサガミ様を逃がすタイミングもなく、カグラ様のことで国が騒がしくなり、あっという間に今です。……今まで黙っていて申し訳ありませんでした」

 震えながら頭を下げるキサラギが嘘を言っているようには思えない。サガミはだらりと腑抜けた体に力を込め、姿勢を正す。

「どうしてカグラを助けてくれたの? ナギは恩人だったのに」

 少しの間ののち、キサラギは下げていた頭を上げる。

「ナギ様に命ぜられたのは、カグラ様を殺め、サガミ様を妻として迎えることです。ナギ様いわく、カグラ様は傀儡には賢すぎるからと。……ですがそもそも、お二人はお二人だけの世界で生きておられたので、サガミ様を妻に迎えるどころか、カグラ様が一人になるタイミングもなく、殺めるなど不可能でした」

「カグラはキサラギのこと気に入らないって言ってた。私のそばに男が居るのが心配だって」

「私も釘を刺されましたよ。サガミ様に指一本でも触れたら殺すと脅されました。幼い脅しだったのですが、その目がどうにも恐ろしく、ナギ様がカグラ様を殺める選択をされた理由がそのとき少しだけ分かった気がしましたね」

 思い出すように苦笑を漏らし、キサラギは続ける。

「絆されたというのがすべてです。お二人の笑顔が増え、お二人の世界に私を入れてくださったとき、カグラ様は『兄のようだ』と言ってくださり、サガミ様は『ずっと一緒に居よう』と約束をくださいました。家族を失った私にとって、それらはかけがえのないものです」

 ナギは結局一人で死んでしまったが。先ほどの光景を思い出し、キサラギは口を閉じる。

「……本当に、カグラは生きてるの?」

 最終確認をするかのようなサガミの問いかけに、キサラギは静かに頷いた。

「今すぐこの国から出るようにと、逃走経路を伝えました」

「……どこに逃げろって言ったの?」

 サガミの瞳に微かな光が宿る。

「鼠の国へと」

「ここにカグラも居るの?」

「……はい。一度お顔を拝見しましたが、お元気そうでした」

「……カグラが……生きてる……」

 自身が思っていた以上にカグラの死に疲弊していたのか、頬に安堵の涙がつたう。

「カグラは……これから、どうするのかな」

「……会いたいとは、思われませんか?」

「会いたいよ。でも私、カグラの夢を奪っちゃったから、合わせる顔がない」

 細やかな滴を流し、サガミは柔らかに微笑む。

「だけど良かった。本当に良かった。……カグラは今、何をしてるのかな。カグラは逆境に強いんだよ。だからきっと今も、何かを目標にしてるんだろうなって思うの」

 久しぶりに見たサガミの笑顔だ。キサラギはほっと胸を撫で下ろした。

「カグラ様は龍の解放に尽力しております」

「……龍の解放? カグラが? どうして?」

「この鼠の国で、誰にも知られていなかった龍と友人になったようです」

「誰にも知られていなかった龍……? この国に龍が居たの……?」

「はい。その方とは二度お会いしたのですが、雰囲気や見目が間違いなく龍でした。何より龍人族の方々が知っていたようなので間違いありません」

「そっか……龍の解放がその人の望みってこと? カグラはその人と友達だから、その人に協力してるの?」

 真実を知るキサラギは一度言葉をのみ込む。一拍置いて、緊張気味に口を開いた。

「そうですね。彼女は龍が自由になる世界を望んでいるように思えます。……いかがいたしますか?」

「もちろん、カグラのために協力するよ。龍は解放する。龍人族の人たちもようやく乗り気になってくれたしちょうどいい」

 空を仰げば、金色の龍が泳ぐ。自由を取り戻し、気持ちが良さそうだ。

「……人に宿った龍は、宿主が死なない限り解放されないんだね」

「おかしなことは考えませんよう。必ず生きてカグラ様と再会するのです」

「うん、分かってる。……龍が解放されたら、継承者が王になるなんて因習もなくなる。それなら私も王になんてならなくていい。カグラが生きてるなら、カグラが王になれるんだよ。それがいい。カグラは王様になるための人なんだから」

 キラキラと、サガミの瞳に光が戻る。

「キサラギも自由になれるよ。龍の呪いなんて馬鹿げたこと、龍が解放されたらみんなどうでも良くなる。そうしたらそのアザの治療法も堂々と探しに行ける」

「……いえ、私のことは、」

「キサラギはカグラのことを守ってくれたんだもん。キサラギは良いよって言っても、カグラが放っておかないと思う。カグラは行動力があるから、きっとすぐに治し方を見つけてくれるよ」

 サガミはただ嬉しげに未来を語るが、キサラギは終始渋い顔だ。しかし何を言うでもなくパッと笑みを貼り付けると、いつものように「そうでございますね」と、サガミの言葉に肯定を返した。


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