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第1話


 狼の国の王になるとされていたカグラの死は、世界を大きく揺るがせた。

 当然、殺されたと広まったわけではない。カグラの死の原因は公にされることなく、不慮の事故だとか、大きな病を患っていたとか、そんな噂が勝手に広がっていた。


 そんな中、狼の国の王として、カグラの妹であるサガミが立てられた。カグラの死の手前、神剣を継ぐ儀式も王位継承式典もひっそりとおこなわれたと言われているが、実はサガミがすでに神剣を継いでいたからだとは、ごくごく一部の者しか知らされていない。


 サガミがどれほど塞ぎ込んでも、やらなければならないことは多く舞い込んでくる。

 狼の国の王としての一番最初の仕事は、龍帝王陛下と獅子の国の王への挨拶である。継承者が龍帝王に忠誠を誓うための、顔合わせも兼ねた簡単な式典のようなものだ。獅子の国の王は天叢雲剣をすでに継承しているから、サガミが継承した時点で日取りが決定した。


 改めて挨拶とは言っても、実はサガミは獅子の国の王とは面識がある。彼が神剣を宿してからは気さくに会える仲でもなくなったが、それまでは同じ「龍帝王陛下に仕える予定の国の王」として、まるで家族のように育った。

 だからサガミは、獅子の国の王に会うのにはまったく緊張しなかった。むしろカグラの訃報についてのことを話したくて、早く会いたいと思っていた。


 龍帝王の住まう龍の宮に向かう馬車の中。サガミとキサラギが二人で乗っているが、流れる空気は随分重たい。


「……カグラがどうして殺されたのかを調べようと思うの」

 何の前置きもなく、重たい空気を裂くようにサガミが呟いた。斜向かいに座るキサラギは、意味深な瞳でサガミを見ている。

「誰が、どんな理由でカグラを狙ったのかを知りたい。……納得できてないの。カグラを殺した人を許さない」

 そんなことを言うくせに、サガミは落ち着いた様子で窓の外をつまらなそうに眺めている。そのちぐはぐさが、キサラギにはどこか奇妙に思えた。

「私も協力いたします」

「キサラギも……?」

「もちろんです。……どのような結果になろうとも、私はサガミ様とカグラ様の側仕えですから」

 サガミの目がするりとキサラギに移る。そこに感情が宿っていないような気がして、キサラギは少しばかり緊張した。


 ――この世界は、龍帝王陛下の住まう「龍の宮」を中心に、それを包むような半円状に狼の国、反対の半円状に獅子の国を構えている。その周辺には他の国が散りばめられているが、この二国の力がもっとも大きく、世界の方針を決めるにも大きな権利が与えられている。


 サガミは今日、その一国の代表として、はじめて龍の宮を訪れた。本来ならカグラが憧れていた、カグラが立つべき場所である。

 サガミの表情は変わらない。終始つまらなそうだった。


「サガミ様。あなたは狼の国の王です。胸を張って」

 キサラギの言葉に、サガミがようやく顔を上げる。周囲が気遣わしげにサガミを見ている。龍の宮について数分、案内されて歩いている最中のことだった。

「ごめん」

「いえ。……隙は作らないでください。あなたの立場につけ入ろうとする者は多く居ます」

「……分かってる」

 龍帝王の待つ「龍王の間」に向かう前に、獅子の国の王、ナギと合流する。どこまで話して良いのかキサラギに聞くのを忘れていたなと、その部屋の前にたどり着いた時にようやくサガミは思い出した。

「キサラギ、ナギにはこれまでのことは……」

「伏せておきましょう。今はすべてを疑ったほうが良いと思います」

「でも、ナギだよ?」

「いけません」

 カグラもサガミも、獅子の国のナギとは幼い頃から交流がある。キサラギもそれを知っているくせにどうして頑なに拒絶をするのかと、サガミは少し不思議だった。


 やや大きな扉の両脇には衛兵が構えていた。ひそひそと話すサガミたちを見て、扉を開けるに開けられないらしい。気付いたサガミが「入ります」と言葉をかけると、衛兵はようやくノックをして、両開きのそこを重々しく開く。

 龍の宮に設けられた応接室の一つである。余るほどには広く、揃えたインテリアも一級品だ。物の価値に鈍いサガミでも一見して理解できるほどには、上質なものが揃っていた。

 部屋の奥には大きなテーブルとソファが置かれている。そこにゆったりと座っていた金の髪の男が、二人に気付いて立ち上がった。

「よおサガミ。久しぶりだな」

 さすがは獅子の国の王というべきか。男は短い髪をたてがみのように逆だて、男らしく太い眉をキリッと傾けている。鍛えられた体も分厚く、身の丈はサガミよりも頭二つ分も大きい。

「ナギ、久しぶり」

 サガミが近くにやってくると、ナギは握手を求めるように手を差し出した。察したサガミがそれに応えて、二人は向かい合って腰を下ろす。

「まさかおまえが王になるとは」

「私もそう思うよ」

 サガミも神剣を宿したからだろうか。ナギの中にも龍が宿っているということが気配で分かる。金龍と再会ができて、サガミの中に居る銀龍が喜んでいるようだった。

「カグラのことは、残念だったな」

 ナギが力なく肩を落とす。ナギとカグラは同性ということもあり、まるで兄弟のようだった。余計に落胆が大きいのだろう。幼い頃は二人で王になることばかりを語り合っていたから、その夢が叶わず悔しい思いをしているのかもしれない。

「……これから大変なことも増えるだろうが、すぐに頼ってくれていい。おまえには俺も、キサラギだっているしな」

「そうだね」

「失礼いたします」

 二人の会話を裂くように、ノックの音が室内に響く。同時に入ってきたのは、龍帝王の側近であるリランという男だった。

 相変わらずの優しげな風貌だ。真っ黒な髪と真っ黒な服装の中、エメラルドグリーンの瞳だけが異様に美しく輝いている。出生は不明。龍の宮でも謎の多い人物である。

「お待たせいたしました。どうぞ、ご案内いたします」

 無駄な仕草も会話もなく、リランは笑みを浮かべ二人を促すように歩き出す。背を向ける直前、ちらりとキサラギのことを見たが、何かを言うことはなかった。


 龍王の間に連れられると、キサラギは扉の前で足を止めた。ナギの付き人も同じように待機するようで、近くの衛兵の邪魔にならない位置に移る。

「龍帝王陛下、お待たせいたしました。これより陛下をお守りする、二柱の龍をお連れしました」

 パタン、と扉が閉まると、二人は緊張した足取りで奥へと進む。

 王座には一人の男が座っていた。銀の髪は長く、容姿は中性的だ。彼の足元には、太くしなやかな尻尾が垂れている。龍の尻尾のようなそれにはびっしりと鱗が敷き詰められており、その鱗は黒く輝いていた。

 瞳の中にある線も、肌の所々に浮かんでいる鱗も、明らかに人間のものではない。何よりその厳かな雰囲気は、これまでに出会った誰よりもサガミの体を震わせた。

 本能が語る。この男は危険だ。けれど倒れるなどという不敬も犯すことはできなくて、震えながらもサガミはその場に立ち尽くしていた。

「――なるほど、久しく見たな。金龍、銀龍。二柱は正しく、貴様らの中に入っているようだ」

 低い声だった。それでいて落ち着いている。体の真ん中に響くような音に、サガミもナギも動けない。

「獅子の国の王、ナギ王」

 リランの言葉で、ナギが一歩前に出る。

「狼の国の王、サガミ王」

 サガミはひとまず、ナギに倣って同じように踏み出した。

 これからの流れは何も聞いていない。サガミは落ち着かない心地で、龍帝王をじっくりと観察していた。

「貴様らに、余を護る任を与える。身命を賭してつとめよ」

 サガミはふと、龍帝王の足首にある輪っかに気がついた。装飾のようにも見えるけれど、なんとなくそういうわけでもない気がする。サガミは視力が良いために、そこに浮かぶ不思議な紋様もはっきりと見える。見たことのない紋様だ。あるいは、知らない文字だろうか。

「サガミ」

 隣から、ナギの潜めた声が聞こえた。彼は膝をつき、頭を垂れている。きっとおまえも同じようにしろと言いたいのだろう。慌てたサガミは、すぐにナギと同様の礼を取った。

「正式な式典は一週間後。血の契約もそのときにおこないます。――退室を」

 リランの言葉で、二人はようやくその部屋を後にした。


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