042 不正の行く末
麻里のイカサマ勝負は、実らなかった。隠し持っていた即席カードが、ルール違反にならないはずが無かった。勝ちは勝ちだと猛抗議されたが、反則であるものは覆らない。
悠奈と健介はカード交換を実行しなかったため、配られたそのままのカードで勝負することになった。不正が横行していて、最後が純然たる運に左右されるとはトランプゲームらしい。
……ここ、思ったより涼しくならないぞ……。
健介は、静寂が地面に沈殿した部屋に寝転がっていた。窓も収納もなく、悪事を働いた修行性が正座をさせられた懲罰房なのだろうか。
扇風機がうなりをあげてプロペラを回転させるが、閉め切られた生暖かい部屋の空気を循環させるだけ。お化け屋敷に寝そべっているかのようだ。
勝敗が決した後も、麻里は腹回りにしがみついて無言の抵抗をしていた。暴力に訴えたところで、悠奈の一刀にひれ伏すのが分かっていたのだろう。
敵意をむき出しにして鞘から刀を抜く相手は倒せても、お邪魔虫に瞬間接着剤で体に纏わりつかれたのは初めてだったようで。
『マリちゃーん? このままだと、トイレも一緒にすることになっちゃうよ?』
『……カードの効果、読んでない……? トランプ以外は使っちゃいけないなんて、言ってなかったよ……』
真正面からでは斬れない屁理屈防壁を並べて、防御を固めた麻里。お小遣いを制限する母親に、漫画を買いたい子供がおねだりしていた。
観戦者となってサドンデスのプロレスを見守っていた健介。頑固なベルトを外そうとして、身を固めた麻里に阻まれる光景を何往復もした。
寝床の問題を複雑化たらしめているのは、麻里が作成したチラシの裏カード。これを根拠として、全ての議論が成り立っていた。
強引に解決を図ろうと、健介は動いた。黒インキのマーカーを手に、机に放置されていた『むてきかーど』を手繰り寄せたのだ。
……こうでもしないと、悠奈が困り果てて過激な手段に走りかねなかったんだ……。
カードの効果を書き換えられた麻里は、ほどなくして多田軍に白旗を揚げることとなった。
「麻里、少しは自立してくれよ……」
人前で流せない独り言が、苦痛の和らいだ心から呟かれた。
クラスを見渡すと、大きく三分割されている。政権に反抗する女子陣、彼女らを抑圧する麻里ら、そして面倒事に首を突っ込みたくない男子たち。不穏分子の悠奈は、ここに分類できなかった。
どうしようもないこととは言え、麻里はもたれかかる支柱を持ちえない。利益を配分することで支配下に置いた部下たちには、不用意に弱音を吐けないのだ。
下剋上を恐れる者は、粛清の嵐を巻き起こす中心となる。歴史の教科書を、彼女は拒否できなかった。
……その反動なんだろうな……。
国交を樹立している健介に、日常生活で溜まった鬱憤と疲労がしみ出すこととなる。それは、余りにも依存的だ。
一見、高校の高圧的女王と同様に振舞おうとする彼女だが、実態はやや異なる。甘さを体外へ排出した無感情の鉄女には程遠く、喜怒哀楽の激しい女の子に成り下がるのである。
「……友達なんてやめろ、ってよく命令されるけど……」
クーデターの成功率を高めたいレジスタンスに、麻里と手を組むメリットは存在しないと勧告を突きつけられる。革命が起きた結末には、麻里ともども重罪に処する、と。
利益で友達を語るほど、健介も性根腐ってはいない。麻里と語り合いたいから、明日も彼女を拒まないのだ。
……鉄の女だとか色々言われてるけど、麻里はロボットじゃないんだよ……。
髪を引っこ抜かれかけたら、声を荒げて台パンする。ご馳走を頬張って、表情がとろける。巷の女子高生と、何も変わってやいない。
長期間付き合って初めて、他人の性格を理解できる。中身が腐敗しているのは、保身と強欲で構成された女子陣の方なのだ。
健介が横たわっている布団は、押し入れから引っ張り出されたもの。毎日外干しでサンドバッグにした証言は正しいようで、鼻の詰まる匂いは感じられない。
寝返りを打ってうつ伏せになると、悠奈の家で使用しているだろう柔軟剤の甘い香りが鼻腔を刺激した。鮮度を保つための努力が、無事実っているようでなによりだ。
「俺をぐっすり寝付かせてくれるのか、あの二人は……」
決戦の場となった和室で、波風が立たず寝静まっているのだろうか。まだ布団にもぐって十数分、お世辞にも仲が良いと言えない二人がいがみ合っているのが見える。
様子を覗き見したい気持ちが高まったが、理性に操られた左腕が健介の頭部を固定した。
……俺が向こうに行ったら、意味無いだろ……。
襖を開けたが最後、オールナイトでどんちゃん騒ぎに参加させられる。連休初日でダメージが少ないとは言え、とてもやる気になれない。
廊下から、床の軋む音が伝わってきた。隙間風が入り込む年季の入った建物だ、物音もよく響く。
枕に顔をうずめて眠気に従おうとした健介だったが、妙に脳が冴えている。編み目の一つ一つに集中させられ、待てど暮らせど睡魔は襲ってこない。
……授業中にはくるクセに、今になって来ないなんて……。
前世で、校長が大切に育てていた花の花瓶を落としたに違いない。人の恨みは、死してなお継続するものだ。
ギシギシと耳障りな効果音が、徐々に強まってくる。
「……俺は、もう寝てるから無駄ですよー」
留守番電話風に、波乱を呼ぶ使者を追い返す準備に入った。
悠奈の家は、風のみならず亀まで侵入するのか。重量に耐えかねて床が上げる悲鳴は、じわじわ健介の部屋に近づいてきていた。
謎の足音は、通り過ぎてくれなかった。
……俺、結局寝られないのか……。
何も期待はしていない。夜のノリから開かれる世界の扉があっても、ガムテープで封鎖する。
寝ぼけた頭を狙い撃ちしようとしても、無駄。あいにく、健介は思い悩みで意識が覚醒しているのだ。
「……健介、おじゃましまーす……」
ドアノブが、時計の針が進む具合で回った。
今夜の訪問者は、煙に巻かれて心が読めない幼馴染であるようだ。心臓が破裂しそうな甘々展開は、こちらから拒否するつもりである。
金属が擦れる音を極力立てないよう、人影が現れるまでに時間がかかった。
「……お忍びで来ちゃったよ。マリちゃんが先に来てるかと思ったけど、何処にもいないね……」
目にもとまらぬ動きで室内に入り込み、扉を固く閉ざして痕跡を消す。
パジャマの上をズボンにしまわれていない、不格好な悠奈だった。
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