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038 罠にご用心

 玄関の暖簾をくぐると、横に伸びた廊下がお出迎えにきた。一昔前の日本から転移したと説明されると、それを信じてしまう自分がいる。


 階段は、年季の入った古ぼけた木。経年劣化で変色し、いぶし銀の雰囲気を生み出している。リフォームに踏み切るのもそう遠い未来ではない。


「健介は分かってると思うけど、勝手に上にいかないでね? 家族の一員になってもらうよ?」

「……要するに、幽閉する気満々ってことだろ……」


 かかとを揃えて靴を脱いだ悠奈が、辛うじて外光を採り入れて表面の見える階段を指差した。


 上階は、悠奈ですら入ったことのない部屋がある。彼女の両親の生活区域で、子供の頃に侵入しようとした結果真剣で追い出されたことがあると聞いた。銃刀法違反で逮捕されないのだろうか。


 左手に曲がると、今は亡き練習生が合宿をしていたタコ部屋に辿り着く。久しぶりに家を訪問した一年前は、ホコリが溜まって使い物にならなくなっていた。


 麻里が、玄関の上部に取り付けられた暖簾でボクシングをしている。小型カメラや盗聴器をあぶり出そうとしているのだろうが、招待した側の心象を悪化させてしまう。社会人の付き合いで、疑心暗鬼にならないことを祈る。


 取扱注意の爆発物を残して、悠奈が和室に姿を消してしまった。声は筒抜けでも、人の目が付かなくなった屋内である。内部装置が暴走しだすと、健介では止められない。


「……健介くん、多田ちゃんのところに行く前に……」


 期を見計らって最後尾をついてきた麻里が、ニヤニヤさせた目を向けてきた。手を招いて、健介の耳を貸せと要求している。


「……上の階、行ってみようよ。多田ちゃん、根は優しいからきっと何もしてこないよ」


 いたずら心の発作は、学校内でなくとも続くらしい。早く治療薬を開発してもらいたいものだ。


 健介が悠奈の家に上がり込んだのは、一度や二度ではない。ある時はお土産を食べようと誘われて、また風呂が復旧するまで貸してあげると申し出を受けて……。大まかな一階の構図は、チラシに載せられるクオルティで描ける。


 それですら、悠奈が二階への階段に足を掛けなかった。透明な板で封じられ、話題にもしようとしない。


 野良猫でもかくまっているのではと疑問になって尋ねてみたこともあった。


『……ずっと、入っちゃいけない。健介が死にたくないなら……、冒険するのはお勧めしないかな』


 自虐ネタを笑って吹き飛ばすあの悠奈が、サソリの尾を以て引き留めていた。血まみれの肉塊となって階段を転がり落ちても、不思議ではないと。


 以来、健介は自然と二階部分へ口出ししなくなった。


「……どうなっても、俺は知らないぞ……。やめとけ」


 ことなかれ主義で、波を荒立てないようことを運ぶ。よく言えば無難、批判的な表現をするとリターンを追い求めない。妥協で構成された人間が、健介である。


 一世一代の大博打に出たのは、ラブレターのみ。掛け金を奪われた挙句高利息の借金を背負わされて、リスクの盛り込みを避けるようになった。


 雇われの警備員が制止しても、屈指のお嬢様は引き下がらない。髪の毛を引っ張っても、階段を昇ってしまいそうだ。


 ……悠奈が止めるからには、何か特殊な事情があるんだ……。


 健介の写真展が開催されているかもしれない。比較的点の良くなかったテストのゴミ箱かもしれない。二階へ上がる途中に即死罠が仕掛けられているとは、本気で信じられないだろう。


 麻里は、無意識に手を手すりへかけようとした。仲間募集中の看板を引っ提げて、健介を呼んでいる。


 刹那、銀の光沢が木製の手すりから姿を現した。中央部分が稼働し、容赦なく侵入者の手を切り落とすギロチンが木目の隙間からせり出してくる。


「……おい、麻里……!」

「健介くんも、一緒に来ない? 多田ちゃんの秘蔵写真が眠ってるかも……?」


 ドタバタと、和室のい草を痛めつけて人影が突っ込んできた。


 目を充血させた少女は、麻里の足首に絡みつく。すかさず足を回して関節を固定し、一歩も先に進ませないようにした。


 麻里とて、足元に悪質タックルを受け黙っている気性ではない。


「……はなして! 多田ちゃんが秘密を隠そうったって、そうはいかないんだから!」

「……上の階に、行こうとしちゃダメ……」


 階段に目を見やると、手を縦に切り裂こうとした刃は首をひそめていた。命までも失わせようとしたギロチンも、壁の内部に収納されている。


 ……何だったんだ、今の……。


 健介も、ふらついたり練習生にぶつかられたりして階段にしりもちをついてしまったことがあった。血液の色を青に変えて悠奈が走り寄ってきたのを覚えている。


 テーマパークの忍者屋敷で、似たようなギミックが仕掛けられていることはある。考え出したのも、この家の先代が初ではない。


 しかしながら、そのような仕組みは柵の外から見学するものであって、生身で体験するツアーは存在しない。園で死傷者が出ようものなら、操業中止に追い込まれる。


「……マリちゃん、黙ってよーく見ててね……」


 圧倒的理不尽で麻里を征服した悠奈が、和室で一人つまんでいたであろうピーナッツをばらまいた。塩も同時に降り注ぎ、片付けが面倒くさくなりそうだ。


 階段の上空に打ち上げられたピーナッツ。そのうちの一欠けらに切れ込みが入り、分裂して階段に叩きつけられた。


 追撃は収まらない。懐かしい昭和の風味は何処へやら、銀に塗装された刀が雄たけびを上げた。異物を検知するや否や、下から切っ先を突き上げる。


 ここはピーナッツの粉末製造工場ではなく、悠奈の家である。


 うんともすんとも言わず、悠奈は無表情で粉々になり行くピーナッツを眺めていた。両側からプレスされ、上下に高速移動する鋼の針金で体を斬られる一部始終を、顔を逸らさずみつめていた。


 ……麻里が、もし駆け上ろうとしてたら……。


 滅多な事で休まない心臓が、血管を締めた。赤血球が胸の下部から上部へ、絞り出されていく。


 スーパーで売ってあるミンチ肉。グラムあたりで値段が付き、消費者たちが見比べて買い物かごにパックを入れていく。


 製造工程を想像しようとは、考えもしなかった。生き物が殺される情景など、ストレスを与えることはあっても利にならない。


 麻里が、一歩階段に昇っていれば、足から順番にひき肉へと変貌していた。悲鳴を上げる暇もなく横からプレスされ、彼女の人格は現世に別れを告げていたのだ。


「……分かって、くれたかな……。その気になれば、私だって食卓に並ぶんだよ……?」


 虚空を見て、溜息をついた悠奈。自らの指示に従わない同級生に、最終警告を通知した。


 人肉が食卓に並ぶのは誇大表現としても、生の光が朽ち果てるのは事実。命がけの忍者屋敷である。


 ……悠奈は、役に立たない嘘をつかない……。


 自身が不利になる証言もいとわない彼女が語る言葉は、全て真実。机に置かれた小袋のピーナツが砕けたのは、幻でないのだ。


 麻里がへなへなと腰を地面に着いたところで一呼吸挟み、


「……明日、怒られちゃうよ……。また家の掃除、させられるのかな……」


 汚した階段を気にして、悠奈は和室へと帰っていった。

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