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030 瀕死の病人

 小賢しい戦術を採用しても、軍事力の桁が違う国家には勝てない。媚びて衛星国になるか、巨大戦力で首都を火の海にされるのが関の山だ。


 戦力差は、非情なまでに試合結果に影響を与える。十人で周りを取り囲まれては、突破出来ない。


 ……もう、動けない……。


 クラスの全員が引き払ったベンチに、健介は横たわっていた。氷嚢が額に置かれていて、血管の収縮と同時にかき氷を一気食いした頭痛が襲ってくる。


 まだ春の域を脱していないのだが、太陽は容赦なかった。多量の赤外線を浴びせ、塩分と水分を疲弊した体から吸い取っていくのは、血も涙もない。


 試合が終わった時、ベンチをふと振り向くともぬけの殻になっていた。一方的な惨殺が行われた試合に飽きて、早々に撤収してしまっていたのだ。


 サッカーでフル出場した上に、厳しいマークを受けた運動不足高校生が無事なはずはない。太ももが張り、気力で立っているのがやっとの状態にまで追い詰められた。


 ……悠奈や麻里に比べて、情けない……。


 タオルと水分補給があれば、炎天下など恐れるに足りなかった悠奈。ユニフォームをびしょ濡れにさせて、コート内を縦横無尽に駆け回っていた。健介には、十分もあの動きを維持できない。


 ひがみ合いをしていた二人がやむなく協力した記念日は、今日ということになる。悠奈が全力疾走で前方へ陣取り、そこへ正確無比なロングパスを麻里が出す。彼女たちのコンビネーションなら、世界でも十分通用する。ただ一つ、仲の悪さを除いて。


「……健介、汗だくだねー。まだ使ってないタオルがあるから、拭いてあげようか?」

「……頼んだ」


 普段なら断っているが、腕を上げる力もエネルギーに変換してしまった今は提案に乗らせてもらう。


 純白のタオルが、首に沿って這いずり回る。マネージャーだと説明されても違和感が無いくらい、手のこなしが早い。


 悠奈は、気を逸らさずタオルに汗を染み込ませていく。


「……お疲れ様。私たちのどうでもいい争いに巻き込んじゃって、ごめんね」

「本当だよ、全く……。本場のサッカーと同じ時間やらせる方も頭が行かれてるけど……」


 都合に振り回されない彼女の慈愛は、通常の男子を回復させるには恐れ多い宝である。優しくされただけで勘違いする人がいるように、この場で悠奈へ好意をぶつける男子も出現しそうだ。


 ……その結果は、決まってるんだけどな……。


 衝動的な恋の行く末は、いつも決まっている。自身の思い通りになるとしか想定していない時点で、未来は固定されたようなものだ。


『私さ、好きな人がいるんだ。だから、それ以外の人は断っちゃう』


 まだ健介が純粋な恋心を持つ少年だった時代に、悠奈がつぶやいたセリフである。


 想い人以外の告白は、彼女が断って当然。視界に入っていないのだから、振り向かせようとしてもムダだ。


「……まさか、麻里と悠奈だけで勝っちゃうなんてな……」

「いやいや、マリちゃんのお手柄だよ。今日のところは……」


 遠慮気味に、悠奈は両手でバッテンを作った。他人の手柄には謙虚な姿勢も、好かれる原因の内の一つなのかもしれない。


 努力をしても、天才には勝てない。それを表したのが、今日の試合だった。


 女子相手だからと、気を緩めていた屈強な相手チーム。チャンスをあげようと麻里にボールを渡したのが、崩壊の始まりになった。


 高校生の遊びに、一人プロが混ざっている。地方大会の予選なら、そう新聞の見出しにゴシック体の文字が躍っていたことだろう。主導権を手にした麻里に、敵などいなかった。


「……ゆっくりほぐしていくね……」


 悠奈のねぎらいに溢れた手が、健介のももにあたる。頭を持ち上げる気力が湧かず、栄養剤を注射器で注入しようとしているかどうかは確認できない。


 ピンポイントで、指圧が始まった。痛みのツボを網羅している彼女の手さばきは格別で、疲労物質が血流に乗って流されていく気がする。ブラシーボ効果かもしれないが。


 健介は、そっと目を閉じた。


 ……機械のマッサージ機より、温かい……。


 人の温もりは、疲労困憊で乾いた心に温水シャワーをかけてくれる。風呂場で汗を洗い流すように、乳酸も緊張を解かれて消えていく。


 つくづく、悠奈の腹に隠れたシャットダウンする性格が惜しまれる。


 健介のラブレターに対して、言葉の一つでもかけてくれれば呪縛に囚われなかった。好意を持っていないのなら、面として伝えて欲しかった。


 そして、今春の告白。訳が分からない。過去の気に留めない記憶が自動抹消されていると言うのなら、悠奈が見た健介は魅力が無かったことになる。


 今さら縁を戻してくれと懇願されても、もう健介の意志は決まっているのだ。


「……どうかな? 痛くない? ずっと、このままでいたい?」

「かなり踏み込んでくるな……。張りが無くなるまで、出来れば続けて欲しい……けど」

「つまり、専属の整体師になってほしい、って言う事かな?」

「それは断っとく」


 治療だと押し切られて脳天に針を刺されてはたまらない。些細な法律違反をする度にお灸を擦れられては、健介の背中が炎症まみれになってしまう。


 クラス最大派閥にして唯一の権力者も、指をくわえているわけが無い。オリハルコンの武器を手に、集団で物理特攻してくるだろう。これでは、いくら整体でHPが回復したとしても足りない。


 ……整体師、ねえ……。


 悠奈は、将来どんな職業に就きたいのだろう。性格や好きな人は尋ねておいて、まだ一度も質問したことが無いのだ。


 恐らく、どの業界からも引っ張りだこになる。陸上界を担うエースとして、精密な測定が必要となる建築の匠として、心の相談に乗ってくれる優しいお姉さんとして……。イカの足が無くては胴体を引っ張られることになりそうだ。


 足先から付け根へ、悠奈が不純物を流し込んでいる。一センチも浮かせられそうになかった脚は、その気になれば彼女に不意打ちを入れられる程度に復活していた。畏怖すべきマッサージ術である。


「……私のとりこになっても、いいんだよ? 心に素直になろうよ……」

「……恋愛対象には、入らないかな……」

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