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028 作戦会議

 国語の課題を片手に、鉛筆を走らせる生徒。隠し持ったスマホでオンラインゲームに勤しむ校則違反の男子たち。メインイベントが昼間にしか開催されなくとも、本業を疎かにするのはいかがなものか。


 休み時間の光景でも風紀問題として職員会議が行われそうだが、ここはグラウンドの外。屋根付きベンチ下での様子である。


 ユニフォームを着用しているのは、クラスの半分。十八人に選ばれなかった幸運な生徒は、配布されたメガホン片手にバラバラな方を向いている。


 ……統率もあったもんじゃないよな……。


 スローガンとして決まったのが、『クラス団結で勝利を一つに』。勝ち星は元々一つであることは黙るとしても、実態が理想とかけ離れてしまっているのだ。


 熱血番長の麻里は、試合前のランニングで不在。辛うじてクラスをまとめる力を持つ委員長は、運営テントに接収された。


 電圧がかかっていない金属中の電子は、自分勝手に進む。高校生にもなって自治できない、恥ずかしいクラスだ。


「……まさか、フォワードを任されちゃうなんてね……」

「足が速いから短絡的にされたんだろうよ、きっと」


 先発メンバーに、健介がねじ込まれていた。それも、攻撃の核を担うフォワードとして。幸いなのは、相方が意思疎通の容易い悠奈であることだろうか。


 つい数分前に芝の摩擦係数を暗記しようとしていた悠奈。高校のグラウンドには天然芝どころか人工芝シートも存在しない。自らをプロと勘違いした女子の、無駄な徒労に終わっている。


 このチームにおける司令塔は、経験者であり神がかった足さばきを見せる麻里。クラス会議で、唯一全会一致だった議決であった。


 ……一番頼れる麻里が、なぁ……。


 疑問点は、彼女のポジション。攻撃のいろはを理解した麻里が配属されたのは、得点の番人だったのだ。


「……マリちゃんがゴールキーパーで、大丈夫……? ある意味活躍の場は多そうだけど……」

「攻め一筋だったらしいからな……」


 野球で、必ずしも全選手が一塁や外野を守れるのではない。専属のポジションがあるのだ。最も輝く位置に人員を配置してこそ、想定通りの実力を発揮できる。


 血気盛んなこともあって、サッカー部で麻里が任されていたのはフォワードだった。切り込み隊長として得点をもぎ取る雄姿をフェンス越しに覗き、試合直後にプロポーズした猛者もいたようだ。


 並みいる敵の背後を取り、絶妙なパスを出す。洗練されたチームと共に、彼女は腕を上げていった。スカウトらしき人影が、試合毎に張りついていたらしい。


『マネージャに間違えられたことがあって……。トイレまで案内してあげたのに、襲い掛かってくるんだから……』


 これは、五所川原主将が健介に語った談話である。


 本性に身を焼かれた者は、麻里を怒らせるとどうなるか深く刻みつけている。周りを囲む部下に仕留められ、手を縄に繋がれて本人の前にひっぱたかれるのだ。


 この愚鈍で陰湿な相手校の男子は、小柄な麻里を見くびった。ユニフォームを着てスパイクを装着したやる気満々の女子を、どうして気の弱いマネージャーだと思ったのか。


 ともかく、大人の死角になるトイレまで誘い込み、そこで襲う魂胆だったようだ。中学生ながら、性欲は大人と同レベルな化け物。麻里も、いい迷惑である。


 ……麻里、戻ってこないかな……。


 良くも悪くも、クラスを率いてきたのは麻里なのだ。独裁者が消えると、指示待ちの部下は何も動けない。命令の最適化には長けていても、自ら考えないと手詰まりになるいい例だ。


「……健介、私たちだけでも作戦をたてようよ」

「そうしようか。……一応、擬似で仕切ってる奴が号令してるけど……」


 サッカー部員が戦術を事細やかに説明しているのだが、誰一人として耳を傾ける者はいない。天から見下して講義を垂れているのも問題だ。


 ……勝つ気どころか、仲たがいしそうだな……。


 試合終了間近には、味方が一桁に減っていそうだ。


 サッカーで自チームが九人以下にまで収まるのは、非常事態宣言を連発しても足りない。退場処分であろうと裏切りであろうと、戦術の崩壊を意味するからである。


「……始まってすぐに、上空から唐辛子を散布するってのは、どうかな?」

「俺も悠奈も、目隠しサッカーすることになるぞ……」


 自家用機の一つは持っているだろう麻里に頼んで、劇薬を投下してもらう。大がかりで莫大な費用を要する割に、戦況に与える効果が薄そうだ。環境破壊促進王と、新聞で野次られても反論できなくなる。


 悠奈が電光石火のドリブルで敵陣深くに侵入しやすくなるのが、目潰し最大のメリット。ゴーグルの着用許可が下りたのなら、使っていいかもしれない。


 ……他のクラスは、もうパス練習してるのに……。


 ぎこちないながら、四角形になって弱いパスを繋げている。味方陣地からロングシュートを打つ選択肢しか持っていないこちらの情勢とは大違いだ。


「いいアイデアだと思ったんだけど……。唐辛子なら、そこら辺の牛丼屋さんで手に入るし……」

「店の備品、いつも盗んでるんじゃないだろうな……」


 『ご自由にどうぞ』を額面通り受け取ってはいけないのが、日本の流儀。文字に起こされない不文律を読み取らなくては、この異国の地で生活していけない。


 いっそ、飲食店から出てきた悠奈を身体検査するよう警察に頼んでみるのはどうだろうか。検挙者が減少してノルマに困っている警察官は、ありがたい申し出に間違いなく食いついてくる。


 ……アニメで、正義の味方は聖人君主みたいに扱われるけど……。


 現実の義賊は、法律を犯さない立ち回りを貫かない。必要と思えば、規律に目を背けることもある。悠奈がいい例である。


 全国にいるヒーロー志願のちびっ子どもは、悠奈に正義執行の礎を教えてもらった方がいいのではないだろうか。


「……そこまで唐辛子にこだわるんだったら、いかだでも作ってインドに漕ぎ出してみるのはどうなんだ?」

「伴侶で健介がついてくるなら、それでいいかも……。海洋上で二人、狭い面積にいるのはロマンティックだと思わない?」

「それを世間一般は漂流って言うんだよ……」


 悠奈と往く、いかだの長大船旅。企画発案は悠奈で、カメラマンと荷物持ちは健介である。


 『だたっぴろい外海で二人きり』と聞くと、街頭の人々は口をそろえて経験してみたいとつぶやく。ロマンス映画で生死を共にする男女が多数放映され、何も染まっていない透明なガラスの心に憧れを抱く人も多いだろう。


 ……現実問題、二人一緒はなあ……。


 撮影現場では、実際に一週間も一か月も俳優を放置させていない。撮影の犠牲になったニュースなど、取り上げられたためしがない。あくまでも、フィクションはフィクションである。


 相性、プライバシー、排便……。孤独に帆を上げる船旅より、なにかと不便だ。相手が異性ともなれば、一秒たりとも気が抜けずに倒れてしまう。


「唐辛子は、ダメか……。それじゃあ、塩素ガス……」

「それを実行したドイツはどうなりましたかねぇ……」


 何食わぬ顔で歴史を繰り返そうとする悠奈。エアボールをドリブルしている彼女の足先には、ミサイルでも搭載されていると言うのか。


 二人で固まっていると、後ろから鋼の槍が射出される。元恋人の幼馴染と健介の仲が修復されていることを妬む輩が一定数いるらしい。


 ……お前ら全員、悠奈と『おともだち』になってみたらどうだよ。


 彼女を欲するなら、誘い文句で口説いてみればいい。ボケラッシュと微細な不正も見逃さない鷹の目に板挟みされて、クレームを消費者窓口に付けるのは想像できている。


 好意を抱いている女子がいるなら、どんな形であれ想いをぶつけてみるべきだ。真っ暗闇の未来に躊躇して足を踏み入れようとしないのであれば、玉砕して傷だらけになった健介を批判する権利はない。


 ベンチに座っていると緊張が緩和するが、警戒を怠ってはいけない。高く蹴られたクリアボールが、見えない糸に引っ張られて飛び込むことがあるからだ。


「……それじゃあ、健介は何か良い案が……」


 すっくと立ちあがって、悠奈が意見をゴミ箱に捨ててばかりの健介に相対したところで。


 白球に不純物を付けた球が、弾丸ライナーで彼女の頭部を捕捉していた。このままでは、着弾直後に火花が上がり、空気に引火して大爆発を引き起こしてしまう。


 火の手が上がっても傍観者になりたがる健介は、悠奈の左腕を咄嗟に掴んでいた。彼女が長年培ってきた経験で振り払うより早く、体幹を押し切って一本を取った。


 ……いちいち、手間かけさせやがって……。


 いつ何時たりともグラウンドから目を離すな、と説教する必要がありそうだ。


「健介!?」


 隙あらば甘く擦り寄ってくる悠奈の、可愛らしい響きである素声が鼓膜に到達した直後。


 無回転の変化球は、一秒の躊躇なく健介の顔面を直撃していた。

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