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027 GIRLS' STORY

 こじんまりとした遊具が立ち並ぶ公園は、灰色で覆われた住宅街に数少ない緑を提供している。航空写真では点になってしまうものも、地域住民を和やかにさせられるのだ。


 申し訳程度に設置されてある遊具は、ちびっ子たち専用のもの。ランドセルを隅に放り投げ、無邪気な笑顔を見せて欲しいと作られたものだろう。


 その公園の芝生には、小学生にしては体格が大柄な三人が間隔をあけてしゃがみこんでいる。


 ……遊びに来た子たちには、申し訳ないな……。


 高校のグラウンドが部活動に占拠されて、代わりの場所と白羽の矢が突き抜けたのがここだ。当然のことながら、サッカー以外を行う余地は残らない。


 一時間ほどさかのぼるのだろうか、ビニルのボールを手にして小走りしてきた男の子が二、三人やってきた。


 健介の連れに、二つの物事を同時並行で進行させる緻密さを兼ね備えた女子はいなかった。正義とスポーツに一途な悠奈と、悠奈を排除しようと策が脳を廻る麻里。彼女らのプログラムを開けて読んでみると、単純な命令が無限に繰り返されているのがよく分かる。


 結果その子たちは、麻里や悠奈の真剣を腰から抜いて踏み込んでくる殺気でバツが悪そうに引き下がってしまった。不審者情報で学校に通報されるようなことがあれば、保身そっちのけで二人を推薦する。


「……マリちゃん、飲み物……」

「持ってこなかった多田さんが悪いんじゃない? 一秒二倍になる複利で貸してあげるから、自販機でジュースでも買ってくれば?」

「一生かかっても返せないよ……」


 自前のスポーツドリンクを、麻里は乾ききった喉に流し込む。失った成分を補充して、もう一試合の余裕はありそうだ。


 指数関数的に膨れ上がっていく、闇金の利息。一分で返したとして、プロスポーツ選手でも返済しきれない量になってしまう。


 麻里も、金稼ぎのチャンスを逸した。マルチ商法で釣れる人材は多少文面が怪しくともついてくるが、悠奈のような防衛本能の塊はそれで捕まえられない。


 貸した金額に十円上乗せ程度であれば、顔を真っ赤にさせて服も透けそうになっている悠奈も折れたのではないだろうか。


「……サッカーのゴールって、入りそうで入らないんだね……。着弾点を頭で計算してる内に、マリちゃんが妨害してくるし……」

「……それで、さっきはゴールの向きじゃない方に……」


 頭脳派は、スポーツでも思考回路が独特だ。まともな精神の持ち主で無い方が、常識破壊の新世界を切り拓いていくのかもしれない。ちなみに、件のシュートは公道に出てしまっていた。


 汗拭きタオルも、水筒も持ち合わせていない悠奈。基礎技術だけ教えてもらう予定だったのが、メンタルを鍛え直すと言うコーチの身勝手によって延長させられた。可哀想な女の子である。


 汗が関門を力づくで突破し、首下にも丸くまとまった水滴が煌めく。胸元から下は更に悲惨で、白いポリエステルでできた体操服が半透明化してしまっている。健介がシュートをまともに決められなくなったのは、悠奈を目に入らせたくなかったからなのだ。


 ……おかげで、麻里が不機嫌になっちゃったからなぁ……。


 パスを出されても、透けが気になってシュートが打てない。地面に目線を落してゴール前まで突進しても、素人が運動センス抜群の悠奈を抜けるのは不可能に等しい。


 もはや使い物にならなくなった健介を置き去りにして、麻里は捨て身を敢行し始めた。


 しかし、通常のサッカーとの相違点が彼女を苦しめた。


「……守るのも簡単だったなぁ……。マリちゃんを威嚇したら、すぐ後ずさりするんだもんね……」

「……それは、ぶつかってケガさせたらいけないから……」


 水っぽい汗を顎から滴らせて天を見上げる悠奈と、その隣で監視カメラに用心する泥棒の目をした麻里。空気の分子をカメラに改造する技術は開発されていないので、安心してもらいたい。


 芝生の範囲が狭かったのも、天才少女が一得点も挙げられなかった一因だ。名だたる強豪選手であっても、ゴールが防弾ガラスでコーティングされていてはお手上げである。


 ……でも、最大の原因は、たぶん……。


 悠奈が両腕を斜め前に差し出す度、麻里はボールをトラップして後退していた。キーパーと対峙している以上、意図なく撤退することは戦術的にあり得ない。


 戦力外通告を言い渡された健介が見守っていてた間、麻里がドリブルで突撃したのは序盤のみ。それも、全て追い返されている。


「……そんなこと言って、私は分かってるよ? マリちゃんを攻めっけにさせなかった理由」

「……もしかして、このペットボトルに麻薬を……?」

「そう思うんだたら、飲ませてよ」


 土木工事用のドリルで、自らの墓穴を広げていく。工事現場に就職させて、日本の建築を背負ってもらうのも案外良いかもしれない。


 悠奈は、両手を胸に当てた。これ以上胸を強調されると、世の中の男子が奴隷になってしまう。正義のためにも、胸への自粛要請は必須だ。


「……抱きしめられたこと、でしょ? 無防備で緩ませてたのに、一度も突破しようとしてこなかったんだから……」

「……多田さんなんかに、この上品な体を汚されたくない」


 将来有望のお嬢様に、庶民の奇抜な行動はさぞかし無礼に映ったことだろう。


 しかしながら、百合の誘惑を実践出来たのは良い経験になる。口説かれた相手が悠奈でなければ、一線を越えた世界に引っ張り込まれることもあり得た。


 華奢でも筋肉質な御体に包まれた麻里は、一切もがかなかった。野生動物の生命力を誇る彼女が、首筋に牙を突き立てられても微動だにしなかったのだ。


 縛り上げられて自由を奪われ、悠奈の体温とに板挟みされる。胸は脂肪が詰まっていると聞くが、柔らかい触感はあるのだろうか……。


 ……何考えてるんだ、俺。百合漫画の見すぎで、憧れが暴走でもしたか……?


 麻里と同化するがあまり、変態スレスレの妄想にふけっていたらしい。トラウマを植え付けられた女子は、中々に手ごわい体をお持ちである。


「上品な体って、なあに? お風呂に入らなくても清潔なら、たしかにそうかもだけど……」

「……多田さんだけには負けてない! タオルも水分も持ってこないなんて、運動部かどうかも怪しいなぁ……」

「それなら、競走してみる?」


 勢いに任せて啖呵を切った麻里は、息を詰まらせてしまった。小指一本で引導を渡せそうな汗だく彼女に、トドメの一撃を食らわせる勇気が出ないようである。


 サッカーの結果はと言うと、虎の子の一点を守り切った悠奈の勝ち。健介のよそ見で決まった一発が、連合チームに重くのしかかった。


 未経験者に土を付けられて、終始サッカーボールを睨みつけていた麻里。スポーツマンシップに則って道具に八つ当たりしなかったのは、スポーツを愛する印だ。


「……健介くん、今日は反省会をみっちりしよう、ね?」

「自分の立場が強いからって、弱い人に命令しない!」

「今の多田さんなら、もしかして……」


 あろうことか悠奈を恐怖政治で従わせようとしたクラスの女帝。彼女に正対しようとして、時間の流れが停止した。


 健介がぼんやりと眺めていた一瞬の間に、悠奈の早業が炸裂していた。彼女の右手が、スネに据えられている。


「……その手刀で、何か出来るのかな……?」

「そこまでシラを切るなら、もうどうなっても知らないよ?」

「……」


 高校内向かうところ苦難無しの麻里は、たった一人の女子高生に権力を封じられていた。


 添えられた手を軽く上から押せば、骨まで食い込んでいきそうだ。誘拐犯に包丁を向けられるのと比べても、悠奈の正義執行の恐怖が勝る。


 つばぜり合いとはかけ離れた、一方的な殺戮。ギロチンの刃を相手が握っている、自力では何も出来ない状況。


 智と武を搭載した大砲も、空から爆撃してくるステルス機には歯が立たない。


「……まいった! こうさん!」


 溜息をわざとらしく立て、麻里は汗で洗われた芝生に寝転んだのであった。

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