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026 取り込まれちゃった

 恋愛対象から外れてしまった残念な女子でも、世間一般には上物に入る。美人コンテストが校内で開催されようものなら、上位入賞は固い人材だ。


 遠心力で飛び出した悠奈の右脚は、ガラス繊維で出来た棒であった。空気抵抗とボールの反作用で、後方へとしなっている。


 彼女の回し蹴りを、格闘技の世界でこれまでに目撃したことは無い。舞台を用意して蹴り選手権を実施すれば、悠奈は万票を獲得して一位に躍り出る。


 ……サッカー素人じゃなかったのかよ、悠奈は……。


 常人ならば、スケボーの推進力を身に蓄えられない。軽やかな跳躍を見せようとしても、タイヤが滑ってたんこぶを作るのが精いっぱいだ。


 殺気へ適応してしゃがみこんだ麻里も手放しで褒め称えていい。ライバルに頭上へ蹴りを入れられて棒立ちしているようでは、戦場につくなりスナイパーに射抜かれて生涯を終えてしまう。


 止まりかけていた時間だが、永遠にスローモーションとはいかない。時空の渋滞も終わりを迎え、詰まっていた車が出口へ流れていく。


 無事麻里上空を飛び越えた悠奈は、両足を揃えて着地体勢へと入った。

 飛行機のそれとは比較にならない、衝撃を最小限で済ませる動き。膝を深く曲げ、腕を振り下げる。


 健介が一歩も動けないまま、悠奈は片膝で地面に手をついていた。


「……マリちゃん、時間は守れたかな?」

「……ず、随分ダイナミックな到着の仕方だね……。約束の時間には間に合ってるけど……」


 背中を押して滝に飛び込ませようとしていた相手から、崖下に突き落とされるとは。人生、諦めずに頑張ってみればどうにかなるものだ。


 麻里の胸が激しく上下するのが、後ろ姿を観察していても読み取れる。過呼吸にはビニール袋を被ると直るらしいが、真相はどうなのだろう。


 衝撃のスタンガンで、手を出したくとも命令系統が機能していない。ありったけの栄養を注ぎ込んで右脚が震動しているが、それが悠奈の腹へと直行する様子は見られなかった。


 ……なんで、人の頭上で飛び蹴りをした人が平気なんですかね……。


 並大抵のメンタルで、ヘディングしたボールを当てにいこうとはしない。高度が不足すると、親分の麻里に致命傷を負わせてしまう。学校からは勿論、社会からも抹殺される。


 悠奈という幼馴染の辞書を覗いてみると、不可能の単語は打ち消し線が引かれていた。正義に身を尽くすとほのめかしたその日から彼女が音を上げなくなったのは、身も心も擦り切れていい投げやりがあったからだ。


「……それで、私のシュートは何点? ゴールは決めてなかったけど、回転は綺麗だったはずだよ?」

「……人のボールを勝手に奪っておいて……」


 麻里の脳神経は、激高で切れた。行き場の無い怒りがストレス発散しようと、頬を痙攣させている。


 公園の端まで転がったボールを取りに行った麻里。陸上部のライバルに負けず劣らず、いや瞬発力においては勝っているのではないだろうか。これほどまでにすばしっこい猫は、癒し系動画で見つけたことが無い。


「……サッカーで勝負するのは不公平だから、これで勝負してあげるよ……」

「マリちゃん、ハンド、ハンド!」

「ハンド? そんな反則、知らなーい」


 競技を転換させ、手で保持するのを反則だと言い張る悠奈に襲い掛かった。蛇に睨まれて凍り付いていた蛙は、竜に進化したのだ。


 ドリブルの精度は、広大な砂漠から落とし物を探すほど。針と糸を渡してやれば、糸通しの達人として近所の家庭に重宝されるだろう。


 脚をまたいだボール回しは、バラエティ番組で本場の選手が披露した技とそう遜色ない。ボールの表面に五角形の海苔が張りついている以外は。


 ……サッカーだけじゃなく、バスケまで……。


 神は、麻里に何物も与えすぎだ。課金ゲームのガチャではないのだから、複数の才能を授けるのは御法度にしてほしい。


「……どうかな、多田さん? この黄金の腕と言わしめた麻里様に、勝てるわけが……」

「ガードが甘いよ、マーリちゃん」


 技術で敗走させたかったのだろうが、我らが核弾頭の悠奈は引き下がらない。抜かれるなどお構いなしと、麻里に歩み寄っていく。


 事件は、瞬き一つ、コンマ一秒で発生した。


 架空漫画が、具現化した。健介は、そう現実逃避せざるを得なかった。作者の実験場と化した何でもありの世界ならまだしも、現実で目にするとは漫画家自身も想定していないだろう。


 ……こういうのは、想像だけにしといてくれよ……。


 悠奈はその裕福な身体を活かして、全身に棘を生やした麻里を包み込んでいた。腕を背中に回し、くっついて離さない。


 彼女の調子はいつも通り。水晶の瞳と上唇を舐める舌が、意識レベルが正常であることを伝えている。


「……多田、さん……?」


 表情を伺えないので推測でしかないが、麻里は狐につつまれている。すばしっこく飛び跳ねるお布団をかけられて、攻撃の牙を抜かれている。


 悠奈の両腕が、ジリジリと締まっていく。健介を諦めて百合に目覚めたと言うのなら、彼女の道を全力で応援する。


「……マリちゃん、マリちゃん」

「待ってよ、まだ何も準備できてない……。……健介くんも、見てるなら助けに来てよ……」


 魔力に取り込まれてしまいそうで、迂闊に近づけない。捕まったが最後、フラッシュバックと熱烈な刺激に耐えきれず倒れてしまう。


 海底から影が浮上していることに気付き、ヒレをフル回転させて逃げる小魚。転生前は二足歩行の女王様だった。


 最高速度で泳いでいるが、獲物の捕食に長けているスナイパーには勝てない。自家用ヘリコプターと音速機が徒競走をするようなものである。


 生きたまま、心を食べられていく。幾重にも張り巡らされた鉄条網に脱出心を失い、悠奈の侵入を許す。


 ……サヨナラ、今までの麻里。


 性格としての麻里は消滅しても、皆の心に彼女は生き続ける。


 健介は、広々とした大空に敬礼した。流星を探すべく、目を凝らして待つだけだ。


「……覚悟、できた?」

「……私は……、私は普通の女の子なの! こんな形で終わりたくない!」

「やっぱり、そうだろうね。大丈夫、そこまでするつもりは無いから」


 言うが早いか、悠奈は地面に転がっていたサッカーボールを手に取った。金縛りで仁王立ちする麻里を容易く躱し、芝生へと仰向けで倒れ込む。


 寝そべった悠奈の顔は、目をまん丸にして晴れていた。


「これでトライ成立だね。私のかちー!」

「……競技が違うんだよな……」

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