021 放置芸
「それだよ、多田さん! 私の説明を聞いたら、きっと納得してくれるはずだよ!」
健介が悠奈の援護射撃をしてもいいのだが、土俵際に寄せられた麻里の秘策を目の当たりにしてからでも遅くはない。
実のところを言うと、健介も本気で手首足首をほどこうとはしなかった。ハッスルが空回りしていた麻里なら、戦時中の捕虜として丁重に扱ってくれるという安心感があったからだ。
「……サッカーの話が、今日あったよね? それも、男女混合の」
「うん、考えた人たちはきっとダイナマイトを爆発させても気づかないんじゃないかな……?」
彼女らの身体能力をこの目で実体験した健介の感覚は、一般の人から月一個分離れていたようだ。この発言に至るまで、疑問点の一つも湧かなかった。
……サッカーで、男女混合……。
現役サッカー部の男子が、ルールを覚えたての女子にスライディングを仕掛ける。アニメで地上波に放映出来ない内容を、現実で行おうとしているのだ。
男女がペアになるスポーツそのものが、フィジカル重視の世界では希少な存在。強いてあげるとするのならば、卓球になるのだろうか。
ゴールキーパーは男子の経験者に任せるとしても、コート上にいる時点で常にタックルの危機が付きまとう。なまじノーマークになることでパスが増え、ケガをしかねない状況が生み出されることが想定される。
男女平等を謳って提案したサッカー大会は、男子しか出場資格の無いものへと変貌していた。
共感を獲得して、第一段階はクリア。麻里に課された関門が突破される未来は、意外と近くに眠っているのかもしれない。
「……多田さんは、男女混合だから怖い? メンタルがダメそうなら、ベンチに下がって観戦しててもいいよ?」
「フィジカルの差くらい、私の脚で何とか出来る!」
制服を上からかぶせてある体は、鍛えられているように思えない。丈の長いスカートに、瞬発力を発揮させる筋肉も潜んでいる。
……あの、そろそろ外してくれませんかね、これ……。
議論がヒートアップするのは構わないが、縛られた体勢を強制されたままでいたくない。一人の男子生徒が冷たくなっていたとニュースで報道される明日は避けたいのだ。
「……ともかく、練習しなかったら絶対に勝てない。だから、健介くんを練習相手に誘ったってこと」
「誘った……? 死んだ魚みたいにくたばってるのに?」
……そういう風に見えてるなら、助けてくれよ!
女子四人がかりで羽交い絞めにして、担架で最上階へ運ぶのが麻里流の誘い方らしい。庶民とは格の違うお方は、ただの勧誘もダイナミックだ。
悠奈は一瞬健介に目をやって、また強敵に向きなおした。手を出せば揚げ足を取られそうだと判断したのだろうか。健介の健康まで頭を回してほしかった。
「健介くんを勝手に遺影にしないで! ……そういえば、なんで遺影はモノクロ写真なんだろう……」
「最近はカラー写真もあるんじゃなかったっけ……」
「カラーかぁ……」
古代人が大河を隔てた対岸の街を考察していたように、まだやってくるには早すぎる白黒写真の話が流れた。額縁に写真が飾られそうな急病人が隣に倒れているのは目に入っていない。
ガムテープで口を塞がれていない健介だが、ここで大声を出しては双方の気分を損ねてしまう。燃え盛る炎に油を注ぎ込んで消火を試みると、大やけどを負って病院に救急搬送されることになる。
……口が自由で助けを呼べないなんて、こんな滑稽な事件も無いよな……。
迷宮入りした暁には、被害者の不可解な沈黙を推理するドキュメンタリー番組が乱発するだろう。高校の日常生活から一歩踏み出したその先が奈落への一方通行など、考えもしなかった。
「……今日の午後位から雨予報だったから、早くグラウンドを取らないと……」
「……でも、野球部とサッカー部で埋まってるよ?」
「そこは心配ご無用! 私の力で……」
「それは見過ごせないかな……」
正義執行官が凝視する前で権力乱用を示唆するなど、自殺行為に他ならない。そのうち、不穏な会話を検知した悠奈のヘアピンが、こめかみに突き刺さるのではないだろうか。
正方形のグラウンドは、分割するのに不向きだ。野球の領域をハサミで切り取ってみると、紙の切れ端しか残らない。そこにサッカーグラウンドを詰め込むとなると、なおさらだ。
練習場所も割り当てられなければ、ルールもガバガバ。クラスの団結を促すどころか、運営に興味を失った生徒が大量発生する結果になる。
背の高い悠奈が、ジャンプをして窓枠から外を見渡している。階段の踊り場まで戻れば小学生でも景色が映るのだが、熱暴走した精密機械のメモリに容量は残っていなかったようだ。
頭髪を自然乾燥させる手抜きも増えてきているが、悠奈のきめ細やかな長髪は一本一本が独立している。規律違反のアホ毛は見当たらず、全てが規則正しく流線形を描く。
「……どうしよっか……。雨降ってきても、嫌だし……」
「多田さんの思い通りにはさせないよ?」
大気には滅多に放電されない雷が、麻里と悠奈の瞳に宿っていた。今彼女らに触れようものなら、感電して骨まで見えてしまう。
髪を逆立てたまま、ピンクのヘアピン少女と根っからのお嬢様が目を合わせている。目線を切った方が、取って食われる。
……あの、俺は……?
誘拐した張本人も、救世主として屋上まで足を運んだ幼馴染も、にらみ合って階段を駆け下っていく。
無理な姿勢を取らされたせいで、血流が末端部へと溜まる。かれこれ一時間は束縛されている筋肉は悲鳴を上げて、体の機能を犠牲にしてでももとに戻りたいと喚く。
寝不足もたたって、健介の視界は上方から黒幕が降りだした。
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