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014 手抜きマン

 悠奈に先導されて連れてこられたのは、意外なスペースだった。戸惑った脳が危うく宇宙遊泳をするところだった。


 家庭の野菜室を支える、生身の野菜たち。まとめて油で炒めるもよし、カレーの具材として鍋にぶち込むもよし。基本的に、どのような量についても相性抜群だ。


 ……でも、これで手作りチョコを……?


 店頭に並んでいるのを目にしたことのない野菜味のチョコレート。需要のない場所に供給はされない原理原則に従うと、お菓子で野菜を味わいたい人は日本で少数派だということになる。


 悠奈が実行しようとしているのは、不人気で販売打ち切りになりそうな野菜チョコの比ではない。チョコレートの中に、ダイレクトで欠片を閉じ込めようとしているのだ。


 カレーの隠し味としてチョコレートを入れることがある。彼女が板チョコをカゴに入れているのは、カレー作りの材料。健介が付き合わされているのは、カレーの具材選び。そう思わなければ、正常な思考が維持できなかった。


 野菜の小手調べをしている悠奈に、恐る恐る話しかけてみる。


「……悠奈、今日の晩はカレーでも作るのか?」

「家のカレールー、切れてるんだよね……。私の晩御飯とチョコレート作りと、何か関係あるの?」


 健介の早とちりだった世界線は、あっけなく潰えた。

ナビに目的地はハッキリと記載されているが、道中に土砂崩れや路盤沈下がありそうでエンジンを踏み込めない。


 『悠奈においしいチョコレートを作ってもらう』という目標は、早くも黄色信号になった。


「……何を、カゴにいれてらっしゃいますか?」

「なに、変な敬語使っちゃって……。手作りチョコの材料に決まってるじゃん」

「そんなドヤ顔で言い切られても……」


 集合写真での一枚なら、完璧だった。


 悠奈は、手取り良くキャベツやキュウリをビニールに詰めていく。チョコに添えるサラダでも料理しようと言うのだろうか。


 まさか自身のチョコを味見しないことは無いだろうから、このままでは彼女が苦悶の表情で学校に登校してくることになる。腹を下して健介もろとも保健室へ強制送還されかねない。


 正義を常に追い求める性格の悠奈が、中途半端に妥協して無難な代物を創造するはずがない。出来栄えが両極端に振れるのは、彼女と接した人ならだれでも容易に思い描ける。


 ……これ、どうするんだ……?


 運命を変えられるのは、現状やる気の無い健介だけだ。


「……悠奈、その野菜をどう使うつもりなんだ?」

「作り方を聞いても良いの? 楽しみが半減しちゃうよ?」

「……苦しみが減るなら何でもいい」


 赤、緑、黄色と色とりどりのものを買い物かごに入れた悠奈から、捻った心を掴むことは出来なかった。ドッキリ企画なら、ドッキリ大成功の看板を立ててもらいたいものだ。


「……まず、この野菜たちとチョコレートをミキサーに入れます」

「ただの野菜スムージーだぞ、それ」


 彼女の事だからキャベツの葉をチョコレートの内部に押し込むのではないか、と危惧していた健介は考え無しだった。目の前の幼馴染は、熱血バカのスポーツ少女で無いのを忘れていた。


 チョコレート作りでミキサーという単語が登場するのは初めて。泡立てて生クリームの食感でも出そうと言うのか。独特の苦味成分をねじ込んだネタにも出来ないチョコにならないことを祈るばかりである。


 ひとまず、悠奈の構想を最後まで洗いざらいさらけ出しておく。そうしないと、対策が立てられない。


「……それで、その後は?」

「ぐちゃぐちゃにしたものを、冷凍庫で固めるんだよ? カッチンコッチンに凍ったら、私流チョコレートの出来上がり!」

「やめとけ」


 脊髄反射で、ストックしていた完全否定の文言が健介の喉を飛び出した。底なし沼へ足を踏み入れようとしている人がいたら、後ろに張り倒して防ぐのは当たり前である。


 チョコレートを砕くまでは正当な手順を踏んでいるが、生チョコは生クリームや牛乳を投入しなくてはならない。何にせよ、ミキサーはいかなるチョコも不正解にする地雷なのだ。


「……調べてみたか、インターネットで?」

「それが、繋がらなかったんだ……。折角続きを描こうと思ってたデジタル漫画も、明日に延期しないといけなくなったし……」


 これまで微笑を崩さなかった悠奈が、大きく地面がえぐれそうなため息をついた。


 現代文明の申し子が、無策にレシピを放棄はしない。この予想は正しくインターネット回線の問題で、検索不能に陥っていただけであった。健介がこの仮説と心中していたかどうかは別のお話である。


 ……漫画の方が、チョコよりもダメージが大きいんだな……。


 彼女の唯一と言っていい内向きの趣味が、絵描きである。漫画を読むと健介でも簡単に描けそうに思えるのだが、いざペンを持ってみると全く進まない。


 数多くの大賞にも応募していて、その精力は測りかねる。オリジナルキャラクターを架空の世界で動かすことが楽しいらしく、同人誌で稼ぐ気は無いそうだ。


「……悠奈、よく聞いてくれよ」

「なあに? 漫画のリクエストなら順番待ちだよー」


 これ以上猛獣を野放しにしていては、何をされるか予測できたものではない。


 健介は、半ば強引に電動首輪を取り付けようとした。


「チョコレートづくりに使うのは、生クリームとチョコとココア。これだけにしとけ」

「それだと、生チョコに限定されちゃう……」

「作り方分かってるのかよ」


 ゲテモノ愛好家と勘違いされている。野菜スムージーのチョコ入りなど、犬猫にも食わせられない。食料廃棄と同義だ。


「……変な物作ってきたら、半分食べてもらうからな」

「……健介は、厳しいなぁ……」


 堅牢に籠って徹底抗戦の構えを見せた悠奈も、爆風の巻き添えには耐えきれないと判断した。誠に賢明なお方である。


 ともかく、茶色の正体不明な液体を口にする事態は避けられたのであった。

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