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011 裏バレンタインデー

 空洞で模様が施されているブロック塀の路地を、健介は歩んでいく。災害時に危険になるのは承知の上だが、近道の誘惑には勝てなかった。


 悠奈たちに告げられた『裏バレンタインデー』の存在。ネットに載っているかどうかも怪しい概念の日は、尽きていたチョコの灯火を復活させるまでの効果を発揮した。


 ……仮に嘘だったとしても、実害はないわけで……。


 通常のバレンタインデーは、二月十四日。複数個ゲットするモテ男子の側で、歯を食いしばる残念な輩が円陣を組む景色が津々浦々で見られる日だ。


 あまり人間関係の改善にやる気の無い健介と言えども、オスの本能には逆らえない。誰でも良い、本命か義理かも問わない、チョコが欲しいのだ。舌でとろける生チョコだと尚良い。


 悠奈から受けた『裏』の歴史については、たった一つ。


『数字を一個後ろに持ってきたら、四月二十一日になるでしょ? そういうこと!』


 胡散臭いを通り越して、たった今小学生が思いついたネタだ。この信憑性ゼロの話にチョコを貰える可能性を見出すなど馬鹿だ、という意見も出てくるだろう。


 しかしながら、この話には続きがあった。


『……そのまま待ってても、たぶん健介にチョコをあげる人はいないと思うんだ。だから……、私とマリちゃんで、手作りチョコ対決をしようと思って!』


 悠奈直々に『モテない』と突きつけられたのはさておき、二人から食べ比べ対決をしてくれと頼まれたのだ。


 この企画が偽物だとしても、溢れかえった健介のネタ話に吸収されるだけ。受けない手は無かった。


 ……それに悠奈と麻里だから、俺が勘違いする要素も無いしな……。


 距離感があいまいな女友達に同じことを依頼されていたとすれば、まず間違いなく却下した。勘違いで恋心が芽生えても、袋小路には何も無い。


 悠奈に肩を寄せられても、心地よさ以上は伝わってこなかった。心電図は通常通りの運行で、息が荒くなることも無かった。


 彼女に対する恋愛感情の時計は、あの日から停止している。運転再開のめどはたっていない。


 ブロックの上を忍び足で進む猫は、軽快なステップで風が涼しそうだ。赤くペイントされた首輪を付けて、鈴の音が静寂とした住宅街に響く。


 ……猫、飼ってみたかったな……。


 健介の家は、ルールによりペット禁止。犬猫はおろか、メダカも許されない。責任を取れないという理由で愛玩動物は封じられているのだが、考える葦となった高校生でも解禁されないのは不思議の一点に収束する。


 室内飼いの猫は、夏涼しく冬温かい冷暖房完備の部屋で過ごす。外敵に襲われることは無く、安全な空間で一生を送ることが出来るのだ。


 生殖機能を明け渡すのは股間が寒くなるものの、それを補って余りある愛情を注がれる猫が羨ましい。


 健介がデコボコの舗装路へ視線を落としている内に、例の猫は自らのアジトへと期間してしまったようだ。居場所を知らせる高い音も、生い茂る樹の葉にかき消されていく。


 にぎやかだった合奏会もつかの間、住宅街は元の静けさを取り戻した。


 ……手作りチョコ、なんて本気なのか……?


 精神の黒ずみを癒してくれていた猫の姿が消え、健介はまた深い溝に沈む。


 手間をかけることは、貴重なプライベートの時間を消費することとイコールになる。思い入れも好意も無いただのクラスメートに、わざわざ時間を投入する物好きはいない。


 悠奈と、麻里。彼女らからして、健介は私的な時間をつぎ込める理由を持つのだろうか。


 健介には、あまり現実的だとは思えなかった。


 灰色のブロックが、更に黒く染まっていく。空の照明が暗くなったかと後ろを振り返るも、太陽は今日も健在だった。


「おはよう、健介くん! 一人で登校してるところ恐縮だけど、一緒でもいいかな?」

「昼夜逆転生活でもしてる……? 一緒に帰るのは、構わないけど……」


 追尾ミサイルかと思った追い風は、麻里が作り出したものだった。麻里自体がミサイルのようなものかどうかの議論は、また後の機会にしよう。


 悠奈がいないことで、麻里の髪ものびのびしていてツヤも出ている。ゴムで縛られて窮屈だった長髪は、そよ風に愛撫されて柔らかい。


 これまでも彼女が突撃するしてくることは日常茶飯事だった。授業でサッパリ理解できない点が浮上しては質問攻めをされ、何かポジティブな発見があれば一から十まで伝えてくる。進学校に通う高校生の見本そのものだ。


 ……今回は、何となく案件が分かるような……。


 学校で『裏バレンタインデー』の話が出てきたからには、麻里もそこらへんの話題を持ち出してくるだろう。


「……手作りチョコ、あれ本当か……?」

「まさか、一年も付き合いがある健介くんに疑われるなんて、心外だなぁー……」


 麻里の発言は、最初から信用の舞台に載せられない。繋がりが薄いとは言え長年の仲である悠奈を信用していいか迷路だったのだ。


「……心外もなにも、麻里は半分くらい嘘だからな……」

「でも、皆はそんなこと指摘してこないよ? 健介くんの思い違いじゃないかな?」

「……今の麻里に反対意見を投じられる人がクラスにいると?」


 犯してしまった悪事は、証拠を隠滅して無かったことにする。白昼堂々の犯行が未解決事件入りするのは、加害者が麻里だったからに他ならない。

 彼女の上に人は作らず、彼女の下に法は出来る。クラスを牛耳れるのは、麻里一人だけだ。


 ……悠奈だって、雑草を根こそぎ抜こうとは考えて無いし……。


 正義の為なら何でもするイメージが先行している悠奈だが、警察の捜査のように突き詰めようとはしない。対応が行き当たりばったりなので、見つからなければ咎められないという抜け穴がある。


 麻里の家が上流階級に属しているだけで、彼女は女子ひいてはクラスの代表に落ちついた。人生はガチャガチャと揶揄されるのは、昔と今とでそう変わらないのかもしれない。


「私はとっておきのスペシャルを作ってくるから、当日を楽しみにしててね!」

「……市販の高級チョコを片っ端から混ぜた、なんてのはやめてくれよ……」

「それも考えたんだけど、どうにも味がおかしくなりそうだったから諦めた」


 発想に辿り着いていることが、健介の背中を伸びさせた。想像力が豊かな子供を育てるのも、限度がある。


 麻里が、道端に転がっていた石ころを蹴とばした。痛烈な枠内へのシュートが決まり、排水溝の中へと吸い込まれた。


 サッカーの試合観戦でも、ああまで綺麗なカーブ回転のボールを目撃したことが無い。それも、表面積が極端に小さい石ころでやったとなれば、だ。

 今のリプレイ映像を全世界のサッカーチームに送れば、全チームから招待の手紙が届く。男女の垣根を超えて代表になった選手の第一号として、麻里の名前がしっかりと刻み込まれるのだ。


「……麻里って、サッカーやったことある?」

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