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010 悪夢のタッグ

「……もう、こんなことになったのは多田さんのせいだからね?」

「マリちゃんが正義から逸脱したことを言うから……」


 授業からほうほうのていで解放された二人は、まだ口喧嘩をしている。仲裁に入る人はおらず、初っ端から放置扱いだ。


 次の教科担当がいささか古風な教師であったことが、騒いでいた二人にとって致命傷となった。容赦なく公開説教をされ、黒板の前に十分も立たされ……。後日、確実に教育委員会へ苦情電話が届きそうな内容だった。


 場を汚した後始末は当事者同士でやって欲しい。健介の願いは、その一点。新しい争いに巻き込まれたくない。


 ……神様がいるのなら、今日はこれ以上悠奈や麻里と関わらさせないでください……。


 無宗教の健介が、天に祈る。十二月に半袖の女子を見つける程度には見られない光景だ。


 一般高校生男子が望んだ効果もあり、白熱を呈していた口頭での戦争も時が経つにつれてトーンダウンしていった。


 後は、教室内が静まって日常に戻るのを待つだけ。そのはずだった。


 健介は、見つけてしまった。手を招いている死神を。


「健介―! 危害を加えるつもりはないから、ちょっと来てくれないかな?」

「……無視したら、どうなるか頭で考えられるよね?」


 世紀の極悪党と、それを正す正義の味方。消耗して共倒れを狙っていた姑息な男に、二人ともが牙をむいて飛び掛かってきたのだ。


 ……なんで、悠奈と麻里がタッグ組んでるんだよ!


 つい一時間前は、真っ向から姿勢が対立していた。脳筋でねじ伏せようとする独裁者と、裏から腐った組織を排除する秘密部隊。水と油で、混じり合うことは無い。


 協力の二文字など想像もしなかった異質なペアが、握手を交わしてしまった。高額な賄賂で買収されたのだとすれば、今後一生悠奈を軽蔑することになるだろう。


 赤紙で招集がかかっては、この世に生き延びれる土地など存在しない。気の向かない足に鞭を入れ、謎同盟の下へと参上することにした。


 健介が不審がっているのを察知され、笑顔で否定のジェスチャーをする悠奈。密約が取り交わされている可能性も含めて、ここでマスクを取るわけには行かない。


「……健介は、四月二十一日が何の日か覚えてるかな?」

「そうだよ、健介くん。この日は、重要なビッグイベントがあるんだから!」

「はあ……」


 別室で拷問付き取り調べを受ける準備を整えていたところに、何の捻りも加えられていないこの質問である。安堵の溜息くらい、許されてもいい。


 四月で重要事項が含まれている日となると、数は絞られてくる。

 カレンダーを思い浮かべる限りでは、祝日や休日は入っていない。法律制定記念日ならお手上げだ。


 ……ここで二人同時に質問してくるってことは、相当俺が覚えてなくちゃいけないんだろうな……。


 悠奈も麻里も、口を横長にニヤニヤするだけ。ポーカーフェイスを貫いていて、彼女らから情報を得るのは難しそうだ。


 最も可能性が高そうなものと言えば、誕生日関連。この状況では、プレゼントを強請られる気しかしない。

 少なくとも、健介自身と麻里は該当しないことが確定している。


 問題は、悠奈だ。


 幼少期からの幼馴染で、誕生日も知らないのかと呆れられる未来が想像できる。が、それも仕方のない事だ。


 一回たりとも、誕生日が話題に上がっていないのだから。


「……ヒント、くれないか?」

「ヒントはね、誰もがとっても嬉しくなる日!」

「……となると、給料日か……?」

「バイトは校則で禁止されてるはずだけど……。もしかして、健介……?」

「当てはまりそうなのを言っただけ」


 この二人の前では、些細な失言も命取り。拡大解釈を広範囲にぶちまけられ、ひいては教師にまで誤情報を伝えられる恐れがある。


 健介は、熟考に落ちた。上から石膏をかけて固めると、芸術作品の完成だ。

 答え方を間違えると、自身の破滅エンドが待っている。軽いノリで押せる解答ボタンではない。


 緩やかにカーブしている黒板が、上下にうねっているように捉えられた。空間の座標軸が曲がっていなければ起こりえない現象を、健介の身は体験してしまっている。


 悠奈が、誤答のペナルティを執行するために健介の右手首を固定した。関節技がしっかりと決まっていて、素人には解除できそうになかった。


「そろそろ、答えを聞かせてもらうかな……? 変な事口に出したら、この担保を売り払っちゃうよ……?」


 土地を担保に融資してもらうのと、失言即ち手首喪失は似てもいなければ異なるものである。日本語の使い方を勉強しなおした方が、大学受験に向けて得なはずだ。


 『危害を加えない』という事前の約束は、何処の風穴から抜けて行ったのか。世の中、やった者勝ちは卑怯である。


 正常な思考を阻まれた健介には、一か八かで的を当てに行くことしか出来なかった。


「……俺が振られて丁度一年!」


 外れても自虐ネタに逃げられる、自身の話題。最善はつくしたはずだ。


「……うーん、不正解!」


 一縷の希望は、悠奈の高らかなコールによって粉々になった。微笑みながら手首を離してくれないその姿は、狂気すら感じる。


「……正解はー、裏バレンタインデーでした! やったね、健介くん。バレンタインデーで食べられなかったチョコが食べられるチャンスだよ!」


 ……何を言ってるんだ、悠奈と麻里は……。


 日本語なのに翻訳機を使いたいと思ったのは、今日が初めてだった。

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