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ネセサリー・イーヴルの遺言  作者: 堀井ほうり
6/29

第6話「悪いことをしなければ」

(1)

「決めたの?」


 翌朝、狩葉(カリハ)に声を掛けられて、良平(リョウヘイ)は頷いた。


「うん。受けようかな、って」

「そう。迷惑だわ」


 狩葉は吐き捨てるようにそう言ってから、


「まあ、『切符(チケット)』剥奪とまで言われたら仕方ないわよね」


 と、どこか同情を込めた台詞を付け加えた。


 そんな狩葉を見て、良平は昨日の会話を思い出す。

切符(チケット)』を失うとどうなるか、それを訊いていたのは彼女だ。


天野(アマノ)サンとお喋りなんてレアだねー。春季が発動したの?」


 席に着いた良平に、不可子(フカコ)がニヤニヤしながら声を掛ける。


「残念ながら、そういうのじゃないよ」

「じょーだん! ただの嫉妬! ……わたしとも、仲良くしてね」

「もちろん、鮫島(サメジマ)のことは大切に思ってるよ。今のはほら、昨日の独裁官についての話で──」


 ああ、と得心したように不可子は両手のひらを合わせた。


「アレね! 朝からすっごい話題になってるよー」

「ええっ!?」


 何が、と問い質す前に答えがスピーカーから降ってきた。


平良(タイラ)良平さん! 超等裁判所独裁官三町(サンマチ)ネコです! 至急指導室までいらしてくださーい!」

「そうそう、この人。ちょっと前にここに来て大声で叫んでたからね」


 そう説明して、不可子はけらけらと笑った。


(2)

 良平が指導室に入ると、そこには三町ともうひとり、黒いスーツを着た大柄な男がいた。


「どうもどうも平良さん! どうせ引き受けるんだろうなーと思って、早めに来ちゃいました!」

「いや、その、まだ悩んでますけど……」

「善は急げって奴ですよ! そうそう、こちらの大男。ほら、挨拶!」

「あー、あー……」


 三町に背を叩かれて尚、ぼうっとした様子の男は、


「俺、毒村(ブスムラ)。よろ」

「えー、私の同僚、毒村秀太(シュウタ)二等独裁官です。私に連絡がつかない場合などは彼を頼ってください、ね!」


 端的過ぎる自己紹介に補足した三町がばしっ、ともう一度背を叩いたが、毒村は微動だにしなかった。


 遠くを見るような目をしている毒村について、どこか体調が悪いんじゃないかと良平は心配になった。


「あ! 早速お持ちしましたよ!」


 きらきらと瞳を大きく輝かせた三町は、手にぶら下げた紙袋を漁ってタブレットよりもだいぶ小さな電子機器を取り出した。


 片手に収まるくらいのそのモニターは、液晶の部分と光沢のある黒色の背面で出来ていた。


「持病はありませんよね? 『切符(チケット)』は左胸ですね? 見えるように服、捲ってもらって良いですか?」


 矢継ぎ早に言いながら三町は手を延ばして、良平のシャツに手を掛けた。

 他人に見られたらあらぬ疑いを掛けられそうだ。


 三町は良平の胸に電子機器の液晶部分を当てて、


「はーい! 接続しまーす!」


 良平の返事を待たずに三町が背面をゆっくり手のひらで押すと、電子機器は音も無くすうっと身体の中に吸い込まれた。


「うわっ、」


 良平は驚いて胸に触れたが、そこにはもう何もなかった。

 違和感もない……いや、少しだけ温もりを感じた。


 体内に生き物がいるような、不思議な温かさを良平は感じた。


「ユマホ出て来い、って思いながら二回タップしてみてください」


 三町の言う通りに、良平が指先でとん、とん、と叩くと、胸の内側が一瞬銀色に輝いて、そこから現れたのは──、


「はじめまして、です」

「…………?」


 良平の足元に現れたそれは、なんというか……金色の鱗に覆われた太い蛇のような、アルマジロのような、名前も分からない生き物だった。

 可愛らしい声が見た目と全く釣り合っていない。


「『ツチノコ』です!」

「ツチノコ……?」 


「ご存知ないですか? 何十年も昔に話題になった空想上の生き物で、すっごく人気があったんですよ」

「はあ……」


 良平は溜息のような声を漏らした。

 狩葉や三町のユマホと比べてビジュアルが随分がっかりだったので、生返事になってしまう。


「私の犬型(ドッグス)や天野の鳥類型(バーズ)と違って、空想種型(ユーマ)はレアなんですよ! しかもこのタイプはもう生産されてませんからね! 激レアです!」

「それって、人気がないからじゃ……」


「……おおっと! 私達は次の仕事がありますので、お暇しますね! 以後、連絡はそれを通して行いますので宜しくお願いします!」


 良平の言葉を遮るようにして、三町は言葉を結んだ。

 挨拶の後は終始無言のままだった毒村がドアノブに手を掛ける。


 退室した毒村を追う三町は去り際に振り返り、


「ちなみに、ユマホを外す時は『切符(チケット)』ごとになりますから、一生添い遂げるつもりでお願いしますね」

「え、ちょっと待って……」


 ばたん、とドアは閉められて、良平とへんてこな生き物だけが残された。


 足元を覗くと、それは身体をくねくねさせながら、


「ごめんなさい、なんか、ね、」


 ひどく気まずそうな表情を浮かべていた。


「あ、なまえ、なににします? しょきせってい、ひつようなんです」

「あ、ああ……」


 ユマホが貰えると聞いてからわくわくしていた気持ちを返してほしい、と良平は思った。


 格好良い名前を付けようと思って、タブレットで神話由来のネーミング辞典なんかを読んでいた自分が恥ずかしくなってきた。


「……ツチノコだから、ノコ、でいい?」

「わあ~」


 身体をくねくねさせて悶えるツチノコは、どうやら喜んでいるらしかった。


「いいなまえです~。それじゃあ、せっていします!」


 金色の身体が発光を始めて、旧型のコンピュータが鳴らすような、金属音に似たノイズが響く。


「個体番号○○八七A九二六、タイラリョウヘイ、『切符(チケット)』よりデータ移送──」


 もしかして、設定が終わったら外観がアップデートされるんじゃないかなどと良平は期待したが、


「設定かんりょうです。宜しくおねがいしますね、良平さん」


 にこっ、と笑う顔には愛嬌があったけれど、良平の相棒は作り話の生き物のままだった。


「あ、メール! メール来てますよ良平さん!」

「うん?」


「ひらきますね……『ユマホの使用方法についてはユマホ本体、もしくは被害者支援特例三等独裁官・天野狩葉にお訊ね下さい。バッテリーはタブレットとは違い所持者の『切符(チケット)』からの補填となりますので、過度の使用はお控え下さい。三町ネコ』」

「……天野さん、教えてくれるかなぁ……」


 良平が話を受けることを快く思っていないであろう天野に教えを乞うのは、気が引けた。


 そんな良平のぼやきを気にする様子もなく、ノコと名付けられたユマホは、


「ワタシはいったん引っ込みますので、ご入用のさいはダブルタップでお呼びください」


 それでは、と言って姿を消した。

 はだけたままの胸元に触れてみると、確かな温もりかあった。


(でもなあ、ツチノコか……)


 一度そう落胆した後、


(とりあえずこれで僕もユマホを使えるようになったらしい)


 と良平は気を取り直した。同時に若年裁判官(ジャッジメイト)を引き受けたことになる。

 ただの平凡な学生から、一歩踏み出した瞬間だった。


 教室に戻ると一限目は始まっていたが、教諭も事情は知っていたらしく咎められるようなことはなかった。


 ただ、クラスメイト達の視線を痛いくらいに感じて、


(目立つことを避けて生きてきたんだけど……)


 良平は心の中でそう呟く。


「あとでユマホ見せてくださいね」


 小声で話し掛けてきた不可子に苦笑で返して、教壇の向こうのモニターに目を向けた。


 それからタブレットを取り出そうとして思い直す。


(ああ、もういらないのか)


 左胸を一度タップすると、目の前にタブレットと同サイズのモニターが現れた。


 ユマホと同様に実体のあるホログラムのようなそれを手に取って、確かにこれは便利だと良平は感動した。


 モニターに触れればタブレットと同様に操作もできるし、持ち歩く手間もない。


 みんなが使っているタブレット以上の機能はないだろうか……。

 気付けば周りの視線も気にならなくなるくらいに、良平はユマホに夢中になっていた。


(3)

 昼休み、不可子との昼食を終えてすぐに、良平は級友の呼び出しを受けた。


 校舎裏という明らかに怪しい場所ではあったけれど、特に疑うこともなく応じた。


 呼び出してきた三人のクラスメイトの言い分は「どうしてお前なんだ」ということだった。

 良平が独裁官に選ばれたことへの嫉妬らしいが、それを一番知りたかったのは良平の方だった。


「知りたいのは僕の方なんだけど……」


 苦笑を浮かべながらそのまま伝えると、


「オラッ!」


 次は言葉ではなく拳が飛んで来た。


 喧嘩などしたことのない良平は殴られるのも初めてで、拳をそのまま顔で受けて尻餅をついた。

 口の中が切れたのか、少し苦い血の味が広がる。


 何を言えば許されるのか分からないし、とりあえず殴られていればいいんだろうか。


 倒れたままの姿勢で良平がそう考えていると、


「どこからどう見ても有罪よね?」

「無論」


 背後から男女の声、そして──


「うわっ、」

「ぐっ、」

「……っ」


 拳を振り上げた一人と取り巻きの二人が倒れ込み、苦しそうに息をしていた。

 尻餅の態勢のまま良平が振り向くと、


「……天野さん?」

「助けに来た、わけじゃあないのよ。ねえ、アポロ」


 狩葉が左腕をなぞる度に、銀色のカラス──アポロが三人に飛びかかっていく。


 土埃に塗れて、驚いた表情のまま固まっている三人に、


「悪い事をしなければ、裁かれることは無いのよ。子供にだってわかることなのにね」


 少し寂しそうに、狩葉は呟いた。


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