第4話「UMAーPHONE」
(1)
『切符』のことだけで頭がいっぱいの良平に、ジェイは尚も語り掛ける。
「続いて、我々UMA-PHONEについてお伝え致します。世界的にも『切符』とそれに紐づいたタブレット端末等の普及は進んでおりますが、UMA-PHONE──通称ユマホはこの国で独自に開発された新時代の広角稼働式端末です」
「広角なんちゃらとか言って、要するに生物の形をしたタブレットってことでしょう?」
狩葉の冷たい台詞を無視して、
「『切符』を持った国民の誰もが扱えるタブレット端末に対し、ユマホは決定された個人──飼主のタップに拠ってのみ、起動、作動します」
ジェイの落ち着いた声は説明を続けていた。
「例えば、平良様、」
「は、はいっ」
急に名を呼ばれて、良平はうろたえた。
「先程私に『お手』と命じられましたね。あれについて正確に申し上げますと、私の飼主である三町ネコが『平良くんに優しくするように』と事前に命じられたことに拠る動作です。誤解されませんよう、お伝えさせていただきます」
調子に乗るな、と言われたような気がして良平は怯んだ。
「はい……なんか、すみません……」
「いいんですいいんです! 可愛いでしょう?」
良平とは逆に、飼主である三町の楽しそうな声が響く。
それに応えるようにジェイは話を進めようとしたが、
「続いて、若年裁判官制度についてですが──おや? 最新版のアップデートがされておりませんよ、ネコ?」
「ああ! 忘れてた忘れてたごめん忘れてた本当ごめんすみません! じゃあここからは私が引き継ぎますごめんねジェイ」
「わんっ」
視界が晴れて、指導室の風景が戻った。
こほん、と三町は咳払いをする。
身にまとう白いスーツには皺ひとつなく、小柄な体躯でありながらも威厳のようなものを感じさせた。
「えーと、若年裁判官制度は先日まで被害者支援特例法の一環とされて来ましたが更なる法の改正は今日も続いています!」
先程までのジェイの落ち着いた声音とは打って変わって、半ば怒鳴るような三町の声が響く。
「喫緊の課題として多様性社会を目指す我々国民の中では法廷闘争件数が日々増加しており! ぶっちゃけ! 独裁官の数が足りません!」
悲鳴にも似た声を上げて、三町は良平をぴしっと指差した。
「そこで平良良平さん! 超等裁判所一等独裁官三町ネコの名に於いてあなたを被害者ではない若年裁判官──ノーサイドのジャッジメイトに任命致します!」
「…………」
「……任命! 致し! ます!」
呆気に取られた良平は、それでもなんとか言葉を紡ごうとした。
なんでもない、不可子との平和な学生生活を失うわけにはいかないと思って発言する。
「……断った場合は、どうなりますか?」
「死刑」
「えっ!?」
更に上手を行かれて、良平は言葉を失った。
「嘘です冗談です」
眼鏡の奥の瞳を輝かせて、楽しそうに三町は言葉を重ねた。
「でも、そうですね。『切符』は剥奪──さっきの説明を聞いていたなら分かりますよね?」
裸の人間のシルエットと、その上に刻まれた真っ赤な✕印が良平の脳裏に浮かんだ。
『切符』を失えば、タブレットを使えなくなる。
いや、それどころじゃない。「人間」「国民」でさえなくなる……!?
「だ、大丈夫か……?」
うろたえた表情の良平を気遣うように木島教諭が声を掛けたけれど、良平の思考の中には赤い✕印がしっかりと刻まれていた。
それでも、良平は己の人生を振り返って思う。自分に他人を裁くことなんてできるはずがない。
ゴミを拾ったのも、荷物を背負ったのも、花瓶の水を替えたのも、すべては自己満足のためだ。
いや、別に自己満足なんて考えたことはない……誰かのために何かをするなんて、当たり前のことじゃないか。
(お天道様が見ているからね……)
誰かの声がまた聞こえた気がして、良平は少しだけ身体を震わせた。
「罪業妄想」──自分は罪深い人間だ。
何の根拠もないそんな感覚に襲われて、良平はどうにかなってしまいそうだった。
救いを求めるように狩葉の方に目を遣ると、ふん、とそっぽを向かれてしまった。
転入初日の彼女を思い出す。
新しい土地で、自分の思うままに他人を断罪した狩葉。
あのくらいの強いメンタルが欲しいと、良平は思った。
「あ、もちろん支給しますよユマホ!」
ついで、という感じの軽い口調で三町は言葉を紡いだ。そして、そこから捲し立てる。
「超裁に認められた独裁官にしか許されないユマホ! 言っちゃあなんですが天野独裁官が使役しているのはただの最新モデルです。鳥型のユマホなんてありふれてます! 平良さんには特別にレアなヤツを持ってきますから!」
(ユマホ。ユマホか……)
少しだけ胸をくすぐられるような感覚を良平は覚えた。
特別な扱いを受ける超等裁判所の独裁官の中でも、極一部の人間にしか与えられることのない端末……。
今までの人生で、そんな「特別」を許されたことがあったかと良平は自問した。
思考を巡らせたけれど直ぐには答は出なかったし、答が出ないことそのものがアンサーのようにも思えた。
狩葉が現れてからの級友達と同様に、良平もユマホについてはタブレットで可能な限り調べていた。
狩葉のアポロも三町のジェイも、ただの国産のタブレットより遥かに上等な機能があることはなんとなく分かっている。
ユマホを出さずにホログラムに似たタブレットを出して、狩葉が使っているのを見たこともあった。
一般の国民には許されない事象の検索が許されることも、良平は知ってしまった。
(どうすれば世界は平和になるのかなんて、そんな大それたことも、あるいは……。それより何より、ユマホは格好いい)
そう思いながらもやはり、他人を裁くことの重さと天秤に掛けると、良平は答を直ぐには出せそうになかった。
良平のそんな思いを見越したかのように、三町は話を進める。
「ああ、返事は直ぐじゃなくて構いませんよ後日! またこちらに伺いますのでその時にお願いします!」
猶予を持たされたことにより、良平の心は揺らいだ。
「はい、分かりました……」
イエスともノーとも答えない良平に満足したのか、三町は瞳を爛々とさせて、見せびらかすように自分のユマホに声を掛ける。
「お時間取らせてしまって申し訳ありませんでした!
行こうか、ジェイ!」
「わんっ」
尻尾を振りながら去っていくジェイを眺める良平は、玩具売場で立ち尽くす幼児のようだった。