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ネセサリー・イーヴルの遺言  作者: 堀井ほうり
26/29

第26話「未来を頼んだぜェ!」

(1)

 一瞬だった。

 音も無く数メートルの距離を飛ぶように越えて、鮫島(サメジマ)不可子(フカコ)三町(サンマチ)の傍らに現れた。


「神を創るという『国家』の目的に協力する代わりに、ジェイ──寺永(テラナガ)優真(ユウマ)を蘇らせる。それが私の望み」

「鮫島……?」


 何の感情も示していない不可子の姿に、良平(リョウヘイ)は戸惑う。

 明るい色の髪に、白いブラウス、丈の長いスカート。

 いつもと何ら変わらない容姿の不可子は、


「…………」


 無言で、良平から目を逸らしていた。


「私の有する本物(・・)UMA-PHONE(ユーマフォン)人間型(ヒューマノイド)の不可子です」

「ヒューマノイド……?」

「そう。犬型(ドッグス)のジェイは、寺永の『切符(チケット)』で動かしています。右手の甲にあるのが彼の『切符(チケット)』。そして不可子を使用するための私の『切符(チケット)』は、心臓に張り付いています」


 ご理解頂けましたか?

 そう訊ねる三町に、良平は答えることが出来なかった。


「シンプルな話です。私は常に不可子を使用する意思を持ち、心臓の鼓動でタップ(・・・)していた(・・・・)。不可子を使用していた理由はもちろん、」


 三町は良平をびしっと指差した。


平良(タイラ)さん。あなたを励まし、癒すため。どうです? 学生生活は楽しいですか?」

「……鮫島、本当に……?」


 三町ではなく不可子に良平は声を掛けたが、


「…………」


 何の返答も無く、しかしその沈黙は肯定を示しているようだった。


「……酷いな」


 ぼそっと呟く詩乃(ウタノ)の声が、全員の耳に響く。


「傷付いていますか? いますよね? あはは! 良いんです良いんです平良さん、すごく良い感じです!」


 両手のひらを合わせて、三町は嬉しそうに笑っていた。

 もう少しで願いが叶う、そんな希望に満ちた表情だ。


「平良さん、平良良平さん──。あなたは(まれ)に見る善良な人間です。それは生まれつき、あなたの特性として備わっています。なぜか分かりますか?」

「……倫子(リンコ)、お前、まさか……」

耕作(コウサク)さん、流石に理解が早いですね。助かります!」


 ヌマチの呼び掛けに、三町は明るい声で応えた。


「ヌマチさん、何の話ですか……?」


 問い掛ける良平に、


「あなたが生まれてすぐに、私はあなたの『切符(チケット)』を入れ替えました。神の素体と呼ばれる、善性を閉じ込めた『切符(チケット)』に」


 笑みを浮かべたまま三町は続ける。


「何も知らないまま、あなたは善良な人間として生きてきた。『国家』の計画通りです。不可子にはそのサポートや監視をさせていました。『切符(チケット)』からは事実しか分かりませんからね」

「…………」


(……、鮫島……)


 友達だと思っていた。

 誰よりも大切な友達、心からの親友。 

 しかし、それは良平からの一方的な感情だったらしい。


「不可子のサポートはもちろん、『(カルマ)』を積むためのものです。助けよう、放っておこう、冷たくしよう……そんな風に、全ての人間はユマホを持たずとも日々決断や断罪をしています。あなたはどうでしたか? 平良さん」 


(お天道様が見ているからね……)


 飛び降りる直前の少女の姿が、良平の脳裏をよぎった。

 あの時の少女の笑顔と今の三町の表情が、良平には完全に同じものに見えた。


「助けよう、助けよう、助けよう……。ユマホを手に入れる前から、可哀想なあなたは『(カルマ)』積み続けていた。その上で独裁官として裁きを繰り返し、『切符(チケット)』は充分に磨かれました」


 嘲るような三町の物言いに、良平は言葉を返せない。


(僕は、自分の意思で人を助けていた訳じゃなかった……)


 埋め込まれた『切符(チケット)』と『お天道様』の呪い、そして不可子の誘導によって『良いこと』をさせられ続けていた。


 何もかもが衝撃で、良平には何の救いも無い話だ。


「さあ、それではその『切符(チケット)』を頂きましょう。その辺の刑官にやらせると傷付ける可能性がありますが、ご安心下さい。不可子は優秀ですから──」


 三町の命令に従って、不可子は良平へと歩み寄る。

 それを見て構えた詩乃とミローに対し、


「待て。俺が行く」


 (しわが)れた老人の声で、幼い少女──ヌマチは気を吐いた。


「……邪魔をしないでもらえますか? 耕作さん」

「その名前で俺を呼ぶのは、お前だけだ。懐かしいなァ、倫子。……お前よォ、死んだ人間が……優真が生き返ると本気で思ってるのか?」

「もちろん。『国家』との契約ですからね」


 拳を固く握り、三町は応える。


「……お前も利用されてるだけじゃねェのか?」

「……! 黙れ! ジェイ!」


 三町の命に応じて飛び掛かるユマホを、ヌマチは避けなかった。

 噛まれた少女の身体から、鮮血が滲む。


「優真を殺した俺とお前は、どうしたって許されない。その上で、造り出した代物が世界をこんな風にしちまった。最悪だよなァ。でもよォ……俺達には、もう出来るこたァねェんだよ」


 未来を変えられるのは、今を生きている人間だけだぜ──!


「『窮鼠(ヴァイト)』!」


 諦念と共に吠えるヌマチの声に従って現れたのは、鼠の群れだった。

 庭園のあちこち、あるいはその外から、何百もの鼠が良平や三町を囲むように円を描く。

 そしてそこから、ばしっ、ばしっと音を立てて鼠は弾丸のように跳ねた。

 ヌマチの指示によって狙うのはもちろん、三町ネコ──冴木(サエキ)倫子だ。


「……『不可抗力(アクトブゴッド)』」


 投げやりな感じで三町が唱えると、身体に触れる前に鼠は叩き落とされた。

 叩き落としたのは三町のユマホ──不可子の細い腕だ。


「旧い鼠型(ラッツ)のユマホで、今更何をしようというんですか……。諦めて下さい、耕作さん」

「ああ。今のは目眩まし(・・・・)だ。(じき)に分かるさ」


「遺言はそれで良いですか?」

「そうだなァ……。じゃあ、もう少しだけ。……詩乃! ミロー! 未来を頼んだぜェ! 良平、お前はもう少し信じろ。自分も他人も、よォ!」


 ぱあん、とヌマチの頭部を撃ったのは、三町が握る拳銃だった。

 

「復讐は、自分の手でするから素晴らしいんですよね」


 独裁官としての意思も気概もないその台詞は、悔恨と憎悪に染まった『切符(チケット)』の持ち主として相応しいものに思えた。


 事切れたヌマチから視線を外し、三町は改めて良平に向き直る。

 近付いてくる不可子を警戒してバットを構えた詩乃の頭上で、爆音が響いた。


(2)

 目眩まし(・・・・)と、そうヌマチは言っていた。

 三町の意識を自分に向けるための、正に目眩ましである。


 庭園を有するここ、超等裁判所──そのあちこちにヌマチは鼠を忍ばせ、攻撃を仕掛けていた。

 けれど、実際のところそれは不十分であり、居合わせた他の独裁官達によって半ば阻止される形になった。


 それでは、今の爆発は何なのか。

 答えは簡単である。


(何もかも、滅茶苦茶にしてしまいたい──)


 そんな大きな悪意を秘めたひとりの独裁官が、とうとうその想いを発露し始めたのだ。


「ヌマチのヤツ! マジでやりやがった……! これだよ! 俺がやりたかったのは!」


 毒村(ブスムラ)秀太(シュウタ)は『(カルマ)』をだいぶ積んでいた。

 例えば、大きなビルのひとつくらいは壊せる程度に。


「壊れちまえ! こんか見せ掛けだけの場所なんて!」

 

 自分の生命の行方など気にする素振りもなく、毒村は手当たり次第に攻撃を加えていく。


 ばあん、ばあん、と繰り返し爆ぜる超裁の壁や窓を地上から眺めて、


「はあ……。あーあ」


 庭園の入口付近、ヌマチの指示により隠れていた狩葉(カリハ)は溜息を吐いた。


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