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ネセサリー・イーヴルの遺言  作者: 堀井ほうり
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第21話「懐かしいなァ」

(1)

「懲役二年です──」

「懲役五年を言い渡します──」

「懲役年数は四年です──」


「お疲れさまです~」


 日々何件もの独裁をこなす良平(リョウヘイ)を、ノコは労った。

 梅雨もすっかり明けて、夏空が広がっている。

 学生は夏休みを迎えているが、良平は超裁で忙しく動き回っていた。


(カルマ)』を積んでおけ、そう言ったヌマチの言葉を鵜呑みにした訳ではないけれど、


(僕に出来ることは、これくらいしかないからなあ……)


 藁にもすがる思いで、良平は人を裁き続けている。


 優しい良平にとって、それは決して心が痛まない行動ではなかった。

 たとえ被害者のためであっても、加害者に明らかな非があったとしても、懲役年数を告げるときにははっきりとした痛みがあった。


長谷部(ハセベ)さん……)


 それでも、桃花(モモカ)を救える可能性に懸けて、良平は仕事に励んでいた。


「よく働きますね! 助かります!」

「いえ、お役に立てているのなら良かったです」


 快活に笑う三町(サンマチ)とは、そのような上辺だけの会話しかしていない。


 ある時、独裁を終えてひと休みしようかとカフェに向かう途中、三町に声を掛けられた。


「お疲れ様です! 平良(タイラ)さん!」

「三町さんもお疲れ様です」

「良い天気ですね! ……じーっと見られている気がしませんか?」

「……え? 何の話ですか?」


 訝しんで訊ねる良平に、


「『お天道様が見ているからね』。……ちゃんと憶えていらっしゃいますか?」

「……! な、何を言って、」


 戸惑いを隠せない良平に笑い掛けながら、


「それでは! 午後も励みましょう!」


 あははは! と高らかに笑いながら、三町は去っていった。


(な、何を……。どうして三町さんが……!)


 良平の内側で時々聞こえるその言葉を、三町はなぜか知っていた。

 空耳のような、天啓のようなあの声と、三町の声がどこか似ている……。

 そのことに、慌てた良平は気付かなかった。


(2)

 狩葉(カリハ)からの連絡を受けたのは、その日の夕方だった。


『明日の午前、ご両親はお仕事かしら? 平良くんがひとりでいるのなら、訊きたいことがあるんだけど……』


 良平の家は超裁や学校からはかなり離れた場所にある。

 乗合自動車(リニバスア)を降りてからもそれなりの距離を歩くことになるここに、狩葉(カリハ)は来るということだった。


(片付けくらい、しておくべきだろうか……)


 部屋の中を見回してみたが、特にすることは無いことに良平は気付く。

 特筆するような趣味もなく、休日の旅に掃除もしている良平の部屋は、同世代の人間が見たら呆れるくらいに空っぽ(・・・)だった。


 ひとりの人間としての平良良平には、個性というものが不足している──しかし、良平本人としては、それを大きな問題だとは捉えていない。


 唯一、趣味と言えるとすれば、亡き祖父が隠した手紙を読むことだけだった。

 祖父、耕作(コウサク)に宛てた冴木(サエキ)倫子(リンコ)の手紙──何かについての後悔や諦念が、そこには記されている。


(片付け、片付け……)

(見られてまずいものは、無いか……)

(祖父宛の手紙は、元の場所に……)


 三町から放たれた『お天道様』の言葉の件もあって落ち着かず、良平の思考はあちこちをうろうろとさまよっているような状態だった。


 そんな中、あれこれと考えている良平にメールの着信を告げる軽快なメロディが鳴った。

 タブレットを発現させて見てみると、


『良くんに会えないから、夏休みは嫌いー』


 なんということのない不可子(フカコ)のそんな文面に、良平は苦笑する。

 それと同時に、気持ちが落ち着いていくのを良平は感じた。


天野(アマノ)さんに何を訊かれるのかは分からないけれど、明日のことは明日考えよう)


 そう切り替えて、良平は不可子に短い返信を送る。


『僕もだよ』


(3)

「良い家だなァ。良い部屋だなァ」

「……ありがとうございます」


 何と返して良いのか分からず、良平はそう答えた。


 狩葉が連れてきた非合法組織『砂獏(テイパーズ)』の首領、ヌマチは良平の部屋を眺めて笑う。


(馬鹿にされてるのかな……?)


 祖父の代に建てられた一軒家は、はっきり言えばぼろぼろだ。

 若い女子であるヌマチにからかわれたような気になって、人の良い良平も多少心が痛んだ。


「それで、ここに来た理由は?」


 ヌマチとは逆に何の感想もなく、狩葉は話を進めようとする。


「いやァ、まァ、なんつーか……昔話でもしようと思ってなァ」


 珍しく歯切れの悪いヌマチの言い方に、良平も狩葉も神妙な顔になった。


「本当に、ここは良い部屋だァ。……懐かしいなァ。昭和、平成、天花(てんか)……お前達は天花生まれだな。俺ァ昭和だ。色々あった、本当に、色々な……」


 良平達よりも幼いはずのヌマチの表情は、その場にいる誰よりも疲れて見える。


「ユマホ──UMA-PHONE(ユーマフォン)。お前達が人を裁くために使う広角可動式端末。それを造ったのは()だ──」


「……?」

「……どういうこと?」


 疑問符を掲げる二人に構わず、ヌマチは話し続ける。

 懐かしむというよりも、懺悔をしているような声音だった。


「ヌマチってのは、仮の名だ。適当に付けた。俺の本名は平良耕作──。 良平、分かるか? 見たんだろ? そこの物置の上の、手紙の束を──」


「……!」

「冴木倫子──手紙の差出人のその女は俺の同僚だった。国家主導の監視システムの構築と知的生命体の開発に、俺達は携わっていた」


 つまり、『切符(チケット)』と『UMA-PHONE(ユーマフォン)』だ──。


 ヌマチ──平良耕作は、遠い過去について語り続ける。


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