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ネセサリー・イーヴルの遺言  作者: 堀井ほうり
17/29

第17話「忘れちゃってもいいから」

(1)

 狩葉(カリハ)が姿を現さなくなって、二週間が経過した。

 梅雨明け間近の土曜日、良平(リョウヘイ)不可子(フカコ)に誘われて超裁の庭園に来ている。


「何度来ても、天国みたいな場所だよねー」


 色とりどりの花を眺めて上機嫌の不可子とは反対に、良平の表情は暗かった。


「……心配? 天野(アマノ)サンのこと」

「うん、まあ……捜索はされてるみたいなんだけどね……」


 良平の二度目の裁判の後、狩葉は行方を眩ませた。

 いや、眩ませたというのは三町(サンマチ)の言い分で、誰かに連れ去られた可能性もあると良平は思っている。


長谷部(ハセベ)独裁官の件もありますし、嫌になったんじゃありませんかね)


 そう唱えながらも、三町は捜索の指示を出した。


切符(チケット)』の秘密を知り、『(カルマ)』の仕組みを知り、ユマホを手にしている独裁官、天野狩葉。

 国家としては、例え遺体であっても確保しなければならないらしい。


(無事であることを祈るしかない……)


 良平はそう思いながら、狩葉の分の仕事もこなそうと独裁に励んでいた。

 もちろん、桃花(モモカ)を救いたいと思う気持ちもあってのことだ。


「悩んでも仕方無いこともあるよー。良くんが何かした訳でもないし。……無事だと良いね!」


 明るく笑う不可子に頷いて、良平も薄く微笑んだ。


(いつだって、ほしい言葉をくれるよな、鮫島(サメジマ)は……)


 不可子に対して抱いている感情が恋と呼ぶべきものであることに、良平は未だ気付いていない。


「ほら、こっち来て! お花きれいだよー」


 明るい髪に陽を当てながら手招きする不可子の存在は、良平の中で日に日に大きくなるばかりだった。


「本当に、癒しだよ。鮫島は」

「……そう? わたしもだよ、ありがとう」


 加害者を裁き続ける日々の中、学生としての休日を謳歌出来たのはこの日が最後だった。


(2)

「忘れちゃってもいいから」


 別れ際、良平の唇に唇を重ねて不可子はそう呟く。


 普段とは違う、どこか思い詰めた様子の不可子に良平は気付かず、ただ自分の心臓の高鳴りに戸惑っていた。


 乗合自動車(リニバスア)で去っていく不可子を見送った後、気を引き締めるために良平は自分の両頬をぱんぱん、と軽く叩いた。


(せっかくの休みだけど、三町さんから何か聞けないかな……)


 狩葉の捜索状況について訊ねるために超裁内に入ろうとした時、


「動くな。動いたら裁く」


 背後からの誰かの恫喝が、良平の鼓膜に響く。


「え、」

「『索敵(シーク)』も『断罪(ジャッジ)』も使えねーんだろお前? いいか、ゆっくりあっちに進め」


 背中にごつごつとした何かが当てられて、良平は脂汗を滲ませる。

 何が何だか分からないまま、恐怖心でいっぱいの良平はその言葉に従うしかなかった。


(ユマホの──ノコのことを知っている──?)


「よーし、そっちだ。そのビルとビルの間に入れ」


 明らかに人目に付かない場所に導かれて、そこで初めて良平は後悔した。


(なんとかノコを使って、誰かに連絡を取るべきだった……)


 しかし、背後の人物はどうやらユマホの存在を知っているらしい。

 連絡を取ろうとすることに気付かれたら、何をされるのか分かったものではなかった。


「おら、もうちょっと奥まで行け」


 背中をごりごりと押される度に、良平の焦りは増すばかりだ。


「よーし、そこで止まれ。ゆーっくり、振り返れ」


 言われた通りに、おそるおそる良平は足を動かした。


(女の人……?)


 声の主は女性だった。

 良平がこれまでの人生の中で出会ったことの無い、変わった服装をした長身の女性だ。


 金色の長髪を背に垂らし、丈の長いスカートを履いている。

 どこかの学校の制服なのか、真っ赤なスカーフが胸元に揺れていた。

 その姿を見る者が見れば、ある感想を持っただろう。

 古いタイプのヤンキーだ、と。


 女性は良平の顔を睨み付けるように一瞥して、それからにかっと笑った。


「間抜けそうだけど、その分悪いヤツじゃねーみてーだな。ヌマチさんの言ってた通りだ」


(ヌマチ……? ヌマチって……)


 聞き覚えのある名前を耳にして、良平は記憶を探る。

 脳内に蘇ったのは、いつかの三町の台詞だった。


(──そう呼ばれている『砂獏(テイパーズ)』の親玉です──発見次第、裁いてください──)


「『砂獏(テイパーズ)』……!」

「おおっと、でけー声出すなって」


 非合法組織の名を唱える良平の口を片手で塞いで、


「大当たりだ。ヌマチさんは有名人だな」


 機嫌良さそうに、女性はそう続けた。

 その手にはいつの間にか、無数の釘の刺さった大きな

バットが握られている。


(あれで僕は背中を押されてたのか……)


 凶器を目にして怯む良平を一笑して、女性はそこで初めて名乗りを上げた。


「あーしは空井(ソライ)。そんで、平良(タイラ)良平クン──捜し人は見つかったのかい?」

「えっ……?」


 ごつん。

 唐突な問いに虚を突かれた良平の頭部に、鈍い痛みが走る。

 骨を抜かれたように、だらんと身体の力が抜けるのを良平は朦朧とした意識で感じた。


「安心しろよ、あーしは優しいんだ」


 仰向けに倒れ込んだ良平が最後に見たのは、太陽に照らされた釘バットのきらめきだった。


(3)

「……やりすぎですわよ、詩乃(ウタノ)

「ヒット二本でくたばる方が悪いだろー? ここまで運ぶの大変だったんだぜ?」

「自業自得ですわ。……ああ、ヌマチ様、お帰りなさい」

「おう。ミロー。……『様』はやめてくれ。それァまともなヤツに付ける敬称だ」

「畏まりましたわ、ヌマチ様」

「面倒臭ェなお前……。まあ、いいか」

「あ、目ぇ覚ましそうだぜ! ほら、起きろ! あーしが悪者みたいだろー!」


 ごりごりと脇腹を撫でられる感覚と共に、良平は意識を取り戻した。


 少し薄暗い、学校の教室程の面積がある一室だ。

 

(……殴られて、運ばれて来たのか……)


 徐々にはっきりとしてきた記憶と共に、殺されるかもしれないという恐怖が良平を襲う。

 脳裏に浮かんだのは、傷だらけの三町の姿だった。


「『砂獏(テイパーズ)』……!」


 身体を起こし、良平は身構える。

 辺りを見回すと、その一室は本物の教室のようだった。

 ただ、教室の前面にあるのはモニターではなく、資料でしか見たことのない黒板(・・)だ。


 黒板の手前、教卓の上に腰掛けた一人の少女が、立ち上がった良平に向かって両手をひらひらとさせる。


「……別にそう名乗った覚えは無ェんだけどな。まァ、好きに呼んでくれ。会えて嬉しいぜ、平良良平。──お母さんは元気かい?」


 冗談のような文言を付け加えた少女は、三町から受け取った写真の人物そのものだった。


 前髪の揃ったボブヘアーに、猫を想像させる瞳。

 実物を見ると、良平よりもだいぶ年下に見えるその少女は、静かに名乗る。


「改めまして、こんにちは──。裁判所が憎い、独裁官が憎い、ユマホが憎い、『切符(チケット)』が憎い──でお馴染みの、俺がヌマチだ。以後宜しく」


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