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ネセサリー・イーヴルの遺言  作者: 堀井ほうり
15/29

第15話「まあまあ手強い『敵』です」

(1)

 三町(サンマチ)ネコには連絡がつかず、良平(リョウヘイ)毒村(ブスムラ)にメールを送った。

 返信を待ちながら、ひとまず良平は学校へと向かうことにする。


(超裁に行くべきだろうか……でも……)


 一等独裁官である三町が負傷する程の事態だ。

 攻撃の出来ないユマホを持つ自分に手伝えることは無さそうだと良平は考えていた。


(それに、少し……怖い……)


砂獏(テイパーズ)』。彼らの思想を聞いてはいたが、そこまでの暴力に訴える組織だとは知らなかった。


(超裁に侵入されたこともあるって、三町さんは言ってたけど……)


 三町の話を重く受けとめていなかった自分の愚かさを、良平は痛感する。

『侵入』の言葉通りに、ただ忍び込まれたという話だと思っていたけれど、もしかしたらその時にも大きな被害があったのかも知れない。

 そう思うと、超裁も決して安全な場所ではないと思えてきた。


 乗合自動車(リニバスア)に揺られて学校に着いてすぐに、良平は狩葉(カリハ)の姿を探す。


 普段通りに自分の席に突っ伏している狩葉を見つけて、呆気に取られながら良平は声を掛けた。


「……ニュースは見たし、知ってるけど。とりあえずは連絡待ちよ」


 不安を隠せない良平に対して、狩葉は冷静だった。


「でも、三町さんが……!」

「だからこそ、よ」


 小さく溜息を吐いて、狩葉は諭すような声音で話す。


「あの人のために動けるように、連絡が来るまで健康な状態でいることがわたし達の任務よ……。なーんて、ね」


 (うそぶ)くようにそう言われて、良平は返す言葉が無かった。


天野(アマノ)さんはしっかりしてるなあ……)


 感心しながら多少気持ちが落ち着いたような気がして、良平は狩葉に従うことを決めた。


「ありがとう、天野さん」

「いいえ。何もしなくて良いって言っただけだから」


 そう答えて、狩葉は再び組んだ腕の中に顔を納めた。


「良くんは、大丈夫なの……?」


 席に戻ると、不可子(フカコ)が心配そうな表情を浮かべて良平に訊ねてくる。

 さっきまでの自分よりもずっと不安そうな不可子の姿を見て、良平は努めて落ち着いた声で応じた。


「大丈夫だよ、鮫島(サメジマ)。連絡が来るまではいつも通りにしてるからさ」

「でも、独裁官が狙われるんでしょう? 心配だよ…… 」

「うーん、でもほら、ノコには攻撃能力が無いみたいだから。危ないことはさせられないと思うよ、たぶん」

「そうだと良いけど……気を付けてね」


 不可子(フカコ)を心配させないために適当なことを言ったけれど、ノコについて話しながら良平は少し落ち込んでいた。


(『断罪(ジャッジ)』が使えないから、襲われたらどうしようもないな……)


 とりあえず、三町さんの怪我が軽いものであることを祈ろう。

 前向きにそう考えて、良平は席に着いた。


(2)

「不承不承、負傷しました!」

「……あまり面白くないです……」


 明るい三町の声音に安堵しながら突っ込みを入れて、良平の表情も少し晴れた。


 超等裁判所の中、法廷とは別のフロアにある医務室に良平は来ている。

 ベッドに腰掛けた三町を囲むように、良平、狩葉、桃花(モモカ)、毒村の四人が立っていた。


「緊急搬送っつーから心配したっすよ」

「煙草吸いながら言う台詞ですか? 毒村」


 いつものスーツとは違う、簡素な衣服をまとった三町

は元気そうだが、よく見るとあちこちに擦り傷があった。


「大丈夫、ですか……?」

「まあ、ご覧の通り。擦過傷程度ですよ」


 さらっと応えて、それから三町はふんと鼻を鳴らす。


「被害はむしろ相手側に! 二人! 捕らえました!」

「捕らえたって……『砂獏(テイパーズ)』を?」


 狩葉が問うと、三町は頷いた。

 眼鏡の奥の瞳が、細く鋭く光っている。


「これから尋問だの何だのありますけど……、取り急ぎ皆さんにはこちらをお渡ししておきます」


 そう言って三町は四人それぞれに、片手に収まるサイズの紙を配った。

 今では珍しい『紙』を渡されてそれぞれが確認すると、それはただの『紙』ではなく、『写真』であることに気付く。


 写真には、丈の短いワンピースを着たひとりの少女が写されていた。

 良平や狩葉と同じか、それよりも少し若く見えるその少女は薄く微笑んでいる。


「この人が、何か……?」

「ヌマチ。そう呼ばれている『砂獏(テイパーズ)』の親玉です」


 発見次第、裁いてください──。

 そう言われて、全員が沈黙した。


(こんな、若い女の子が……?)


 良平は訝しげな表情を浮かべる。

 それを見て取ったのか、三町は台詞を付け加えた。


「そう……、今は(・・)その姿をしています。これまで何度も捕らえようと試みました。その度に、ヌマチは姿を変えて行方を眩ませてきたんです」


(姿を、変える……? 変装みたいなものかな……)


 今ひとつ腑に落ちないままの良平に対して、狩葉は冷静な口調で三町に問い掛ける。


「ヌマチの『切符(チケット)』を調べることは出来ないんですか? ユマホがあれば可能でしょう?」

「残念ながら、ヌマチは技術者です。何らかの方法を使って妨害されてしまいます。よって、実際に姿を見付けて捕獲するしかありません」

「そうですか。了解しました」


 あっさりと応えて狩葉は退いた。

 すると今度は毒村が、


「『索敵(シーク)』も『断罪(ジャッジ)』もその場で使って良いんすよね? 俺とかは良いんすけど、平良(タイラ)はどうします?」


 名を挙げられて、良平は困惑する。

 けれど、毒村の質問が適切なものであることは理解していた。

 

(僕のノコには、出来ないからなあ……)


「ええ。平良さんは、ヤツを目視したら適切な距離を保ったまま私や毒村に連絡してください。また、皆さんにもお伝えしておきますが……まあまあ手強い『敵』です」


『敵』という単語に力を込めて、三町は発声した。


 独裁官──加害者を裁くための存在。

 そう思っていた良平に取って、シンプルな『敵』という言葉はとても重く響いた。


「かなくちゃ……ばかなくちゃ……」


(…………?)


 不意に聞こえたぼそぼそとした声に反応して良平が視線を送ると、ずっと黙ったままの桃花の姿があった。

 いつもと同じシャツ姿の桃花は俯いていて、同じ言葉を繰り返している。


「なくちゃ……、裁なくちゃ裁かなくちゃ裁かなくちゃ裁かなくちゃ裁かなくちゃ……!」

長谷部(ハセベ)独裁官? どうしました?」


 問い掛ける三町の声も届いていない様子で、桃花は譫言(うわごと)のように呟き続けている。

 その姿をしばらく観察してから息をひとつ吐いて、三町は首を横に振った。


「忙しくなってきた、このタイミングでですか……」


 独り言のように誰にともなくそう呟いて、三町はホログラムのタブレットを取り出し、どこかに連絡を取る。


「ええ、ええ、そうです。医務室に……。お願いしますね」


 三町が通話を終えた後も、桃花はぼそぼそと繰り返していた。


「長谷部さん……? 三町さん、これは一体どういう……」

「医者を呼びましたから、心配いりません。それでは皆さん、一旦解散ということで!」


 良平の言葉を遮るように、三町は声を張る。


「ういっす」

「了解です」


 毒村と狩葉は軽く返事をして、医務室を後にした。桃花の存在など気にも留めていない様子だ。


「……長谷部さん……?」


 おずおずと桃花に声を掛ける良平を、


「大丈夫です! 大丈夫ですから、一旦お引き取りください!」


 私もすぐに復帰致しますから──!

 三町に大きな声でそう言われて、不安を抱えながらも良平はその場を離れるしかなかった。


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