第14話「罪を犯した全ての人間は更生できる」
(1)
「人を……殺す? それってどういう……」
「どうもこうも、言葉通りよ。許せない人間がひとりいるの。そいつを殺すことが、わたしの目的」
涼しそうな顔でそう語る狩葉に対して、良平は驚きと恐怖を覚えた。
(何を言っているんだ、天野さん……)
「……そんなことが許されるの? その人に何をされたのかは知らないけど、殺すって……」
「許される!」
ぴしっ、とストローを良平に向けて、狩葉は断定した。
「わたしが殺したい人間は軽い罪しか犯さないようなヤツだから、課せる懲役年数には限界がある。だから『徳』を積んで、ユマホをしつけるの。わたしは今日まで一度も、積んだ『徳』を使ったことはないわ」
「……この前、クラスメイトに使ってた『索敵』とか『断罪』は……?」
「ああ、あんなのは大したことじゃないわよ。わたしにとってはタブレットを扱うようなものね」
ただの裁きに労力を割いてられないわ──そう言って、狩葉は微笑を浮かべた。
少し寒気がするような、氷のような笑顔だった。
「ああ、こんなに食べたのは久し振りよ。ご馳走様。他に訊きたいことはないかしら?」
「……天野さんは、被害者支援特例法で選ばれた若年裁判官なんだよね?」
良平はおそるおそる訊ねる。
「ええ、そうよ。母親からの虐待でね──被害者として立った法廷で独裁官が裁く姿を見て、憧れたのが切っ掛けよ」
「ごめん、変なこと訊いて……」
「いいえ、わたしにとってはただの過去だから。変に気を遣われる方が煩わしいわ。ただ、そうね──平良くん、あなたのことはうらやましく思っているわ」
被害者ではない若年裁判官であることを指していることは、良平にもすぐに分かった。
以前にも狩葉に言われたことだ。裁判官の不足によって選ばれた、サンプルとしての独裁官。それが平良良平だった。
「まあ、上手くやっていきましょう。あまりわたしの仕事を奪わないでほしいけど……まあ、何かあれば話くらいは聞くわよ」
その時はまた奢ってもらうからね。
最後は優しく微笑んで、狩葉は席を立った。
(2)
明日のための課題を片付けてから、良平は祖父宛の手紙を久し振りに読み始めた。
独裁官に選ばれてからは気が落ち着かず、日課にしていた筆記の練習にも手をつけられていなかった。
『暑い日が続きますね。どうぞご自愛ください──』
良平の祖父、耕作の同僚だったらしい冴木倫子からの手紙は、大抵はそんなありふれた内容だった。
何かの切っ掛けで離れることになった祖父を気遣い、労るような文言が並んでいる。
物心がつく前に他界した祖父のことを、良平は記憶していない。
ただ、母が時折愚痴を漏らすように話す内容から、どうやら仕事に追われる人生であったことは察していた。
そしてそれは、大切に保管されていたこれらの手紙からも感じられることだった。
『耕作さん、あの事はもう忘れてしまってください。私も出来得る限り、そうしますから──』
時々、そんな風に書かれた文章も目に留まった。
具体的なことは何も書かれていないので、祖父が何をしたのか、良平には見当もつかない。
「あ、」
ふと思い立って、良平はホログラムのタブレットを立ち上げた。
平良耕作──祖父の名前を検索画面に入力してみる。
良平の扱っているタブレットは独裁官として与えられている物なので、国民の体内に埋められた切符に基づいた情報が現れるはずなのだが──。
(え……?)
結果はゼロ件。同姓同名の人間すらいないということだった。
(氏名を入力すれば、最低限のデータは出るはずなんだけど……。亡くなった人の情報は出ないってことかな……)
そう思い、良平は画面を閉じた。
『耕作さん、明るい未来へ向かうための──そう思って名付けたことを、私は後悔しています』
今はもう、綺麗な文字で彩られた手紙が届くことは無い。
少し切ない想いを抱きながら、良平は手紙を丁寧に片付けた。
(3)
翌朝、連休明けの月曜日。
良平がリビングに向かうと、父親の隆弘が食い入るようにテレビを見つめていた。
大きな『速報』の文字と共に少し乱れた映像が流れている。
『速報』の文字の下には『独裁官一名負傷』『砂獏か』と並んでいた。
(『砂獏』って……三町さんが言ってた組織だよな……)
(『罪を犯した全ての人間は更正できる』、そう唱える組織です──)
(──彼等は幾度となく我々の独裁を阻害してきました──)
三町の言葉を思い出しながら、良平も画面を見つめる。
「超裁の近くなんじゃないか? 危ない連中だな、本当に」
少し怒ったような声音で、しかしどこか他人事のように隆弘はコメントした。
「テロリストみたいなものなのかな?」
良平がそう問うと、
「まあ、そうだな。裁判所と裁判官だけを狙う……しかし、久しく報道は無かった。しょっちゅうこんなニュースが流れていたら、お前が独裁官になることに反対したさ」
裁判所と裁判官だけを狙う。そう聞いて良平は怯んだ。
『罪を犯した全ての人間は更正できる』。
その思想自体には良平も共感を覚えたが、
(やってることは暴力そのものじゃないか……!)
抉られた道路や黒煙を上げる車両を見て、良平は自分の身体が震えるのを感じた。
恐怖ゆえか、あるいは怒りか。
「嫌ねぇ、朝からこんなニュース」
キッチンから顔を出した母の声に続くように、テレビの画面が切り替わる。
『速報』の文字の下に、新たな一文が加えられた。
『三町ネコ一等独裁官、緊急搬送』




