第13話「叶えたい願いとか」
(1)
超等裁判所での初めての独裁を終えた翌日。
不可子とのやり取りを思い返して、良平は改めて独裁官としての責務に思いを馳せていた。
(誰が正しくて、誰が間違っているのかなんて……簡単には分かるはずがない……)
「おつかれさまです、ね?」
色々とノコに訊いてみたものの結局は堂々巡りのようになって、良平は自問自答を繰り返すばかりになっていた。
「多様性」を尊重した結果、「被害者」が増加した現在。
しかし、何を以て「加害者」を「加害者」として断罪できるのか、良平には今ひとつ納得がいかなかった。
(悪意によって行われる悪事は悪だけれど……故意では無い場合は……)
(『情状酌量』や『故意ではない傷害や破損』については、認めてほしい。それが若年裁判官として──)
──今のわたしが望んでいることです。
長谷部桃花の言葉が脳裏を過った。
(でも、なあ……)
今の時代、情状酌量や悪意の有無は認められないらしい。
個々人の体内に埋め込まれた『切符』から把握されている行動のみによって、罪の是非は決定される。
『切符』──それが特別なものだと良平は考えたこともなかったし、クラスメイト達も同様だろう。
『教科書』『紙幣』『証明書』、前時代に『紙』として存在していたそれらは現在、『切符』に紐付けられたタブレット端末で事足りてしまう。
煩わしく書類を提出することはなく、端末を読み取らせれば一瞬で終わってしまうのだ。
(けれど、その『切符』が僕達を監視するような存在だったなんて……)
視覚や聴覚、それどころか脳波の動きまで、『切符』によって把握されてしまう。
それはとても恐ろしいことではないかと、良平は思った。
例えば、今『切符』を恐ろしいものだと思ったことさえも、『国家』に見破られてしまっているということなんだから──。
ぶるぶると一度頭を振って、良平は思考の先を変えた。
胸をタップすると、
「おつかれさまでした~」
と呑気な声と共に、ノコは姿を消す。
ノコが『索敵』『断罪』の声掛けに反応しなかったことにはっきりとした回答が得られなかったことについても、良平は気になっていた。
(『徳』とかって、三町さんは言っていたけれど……)
耳慣れない言葉と初めての状況で、良平は何ひとつ理解は出来なかった。
(何か……誰か、訊ねられる人は……)
そこで思い浮かんだのは、桃花と狩葉の姿だった。
ただ、桃花については超裁で出会っただけで連絡を取る術がない。
(あ! 天野さんの連絡先なら……)
良平は左胸を一度タップして、ホログラムのタブレットを起動させた。
三町から送られてきたメールを検分すると、ノコを手に入れた直後のものが目に留まる。
『ユマホの使用方法についてはユマホ本体、もしくは被害者支援特例三等独裁官・天野狩葉にお訊ね下さい──』
受け取った当時は気付かなかった。
良平が改めて読み返すと『天野狩葉』の部分だけ色が変わっていて、リンクを踏めるようになっていた。
良平がおそるおそるタップすると、誰でも使っているありふれたメッセンジャーアプリが立ち上がった。
三町とやり取りしていたものとまったく同じものだ。
その上、立ち上がった瞬間に「友達登録」の文字が現れ、良平は狼狽えた。
日曜日の午後、親しくない級友に連絡を取るのはどうなのかと、良平は躊躇いを覚える。
他人の自由な時間を奪うことは「悪」ではないのか、そんなことすら考えていた。
独裁官としてどうしていくべきなのか、「徳」とは何なのか……。
(明日、学校で訊いてみようかな……)
そう思って良平がアプリをタブレットごと閉じようとしたその時、短く間抜けな着信音が響いた。
「何? 煩わしい。 暇なの?」
短い文面から溜息の音さえ聞こえてくるような、それが良平への狩葉からの初めてのメールだった。
(2)
「裁けば裁くほど、ユマホの能力は上がっていくし、独裁官の言うことを聞くようになる。それが『徳』よ。ペットのしつけと同じね。多少法律と食い違っていても、言うことを聞くようになるわ」
良平が呼び出されたファストフード店で、狩葉は何でもないことのようにそう話した。
「例えば、長谷部桃花独裁官──彼女は故意ではない加害者の罪を軽くするために『徳』を使っているわ。懲役年数を減らすなんて、何のメリットも無いのにね──」
(『懲役三日』──ここまでは言うことを聞いてくれるようになりました)
昨日聞いた桃花の台詞はそういうことだったのか、と良平は得心した。
「『情状酌量』だの『故意かどうか』だの、そんなのはわたしは考えたこと無いわね。裁いて『徳』を積めればそれで良いから」
「そんなの……って」
「あら、真面目なのね。でも、わたしはそう。ユマホの判断に従って、懲役年数を唱えるだけ。それで『徳』が積めるんだから十分よ」
相槌を打ちながら聞いてはいるけれど、狩葉の話す内容よりもその行動に、良平は気圧されていた。
「どうしたの? もっと嬉しそうに出来ないの?
せっかく可愛いクラスメイトと日曜日に会えてるっていうのに。あ、すみませーん、これとこれ追加で!」
狩葉が店員に伝えた「これとこれ」が特大サイズのハンバーガーであることに良平は戦慄した。
店に来て小一時間程、狩葉は延々と飲食を続けている。
(たくさん食べられて凄いなあ……)
ここでの支払いは良平が持つことになっているけれど、そんなことはどうでも良かった。
バーガーを頬張る狩葉は教室で見る時よりも断然楽しそうで、良平はそれだけで心が満たされるような気がした。
「積んだ『徳』を使って、長谷部さんみたいに加害者の罪を軽くすることとか……」
半ば相槌を打つような感じで良平が問うと、
「考えたこともないわね。加害者の罪が重ければ重いほど『徳』は積める。どうせ裁くのなら、殺人事件とかが良いわよ?」
などと、リアクションに困る答えが返ってきた。
「いや、僕はただ、人の役に立ちたいだけだから」
「あー、人の役に立ってる俺って最高、とか、そういう系?」
「…………」
とうとう良平も沈黙して、静かに咀嚼する狩葉を見守ることしか出来なくなった。
他人のために動く。良平にとっては当然であるその思想はどうやら狩葉には受け入れられないらしい。
「あー、まあ、多少満たされた、かな」
幾つかのバーガーやポテトなどを平らげて、狩葉は少し柔和な表情を浮かべた。
それにつられて微笑む良平に、ストローを咥えながら狩葉は訊ねる。
「あなたはどうなの? 叶えたい願いとか、無いの?」
「……願い……って、世界平和とか?」
「……素敵な人なのね、あなたは」
完全に軽蔑した声音の狩葉に、
「天野さんは、何かあるの?」
馬鹿にされたことに動じる様子も無く良平は訊ね返したが、それに対する狩葉の言葉には息を呑んだ。
「わたしは──『徳』を積んで、許せない人間をひとり、殺すつもり」




