第12話「いつか死ぬなら」
(1)
良平が不可子からのメールに気付いたのは、乗合自動車に乗る直前だった。
放心状態になる程に、超裁での出来事が良平にとっては大きかったのだ。
「独裁お疲れさま! 今から会えないかな? すぐ近くにいるよー!」
そんな短い文面がいつもの不可子らしくて、良平は思わず笑みをこぼす。
それと同時に独裁の最中、被告に襲われた時のことを思い出す。
あの時、走馬灯のように浮かべた姿は不可子のものだった。
(僕の中での鮫島の存在は、自覚しているよりも大きいのかもしれないな……)
小学校に入学してから高校二年の現在まで、十年以上の年月を共に歩んで来た仲だ。
恋愛というものをあまり理解していない良平は、そう思ってモノローグを閉じた。
しかし、良平はまったく気付いていないが、級友たちからは恋人同士だと認知されている。
誰にでも隔てなく優しい、そう周囲から認知されている良平が唯一軽口を叩ける存在──それが鮫島不可子だった。
そして、見る者が見れば分かる。
鮫島不可子が、平良良平を特別な存在として扱っていることに。
「はーい! すぐ近くですよー!」
「うわっ」
背後から両手で目隠しをされたことに驚いて、良平は腰を抜かしそうになった。
「うわ、ごめん! 大丈夫?」
「う、うん」
不可子の存在に安堵して、良平は応える。
「メールには今気付いたよ。どうしたの? わざわざ超裁まで来るなんて……」
「うーん……ちょっと良くんが心配でさ。休みだし、することもないしね」
「そっか……ありがとう、鮫島」
「……うん」
「鮫島」と呼ばれて不可子が悲しそうな表情を浮かべたことに、良平は気付かなかった。
「ちょっとお散歩しようよー! 歩きながら、話聞かせてね」
表情をぱっと明るく変えた不可子に誘われて、良平は乗合自動車の乗り場を後にする。
(2)
「はーっ……独裁って、大変なんだね……」
良平の話を相槌を交えながら聞いた不可子の、最終的な感想はその一言だった。
「僕が下手なだけかもしれないけどね……」
「ううん、そんなことはないよー」
両手を振りながら、不可子は笑顔を浮かべる。
「最初から上手くいくことなんてないし、良くんは出来ることを頑張ったんだと思うよ?」
それにさ、と不可子は続ける。
「良くんみたいな優しい人なら、社会を、世界を、もっと素敵なものに出来ると思うよ。人を裁くことは難しいし、嫌なことかもしれないけど……でも、それが優しい未来に繋がるなら良いと思うなー」
「……ありがとう」
不可子の台詞にしみじみと頷きながら、良平は超裁での苦労が全て報われたような気がした。
独裁官に任命される前、不可子が「必要悪」と言っていたことを思い出す。
誰かのためになるのなら、自分が辛いのは構わない。
良平が改めてそう覚悟するのと同時に、
(お天道様が見ているからね……)
時折聞こえる天啓のような響きが、ぼんやりと良平の鼓膜を打った。
「あー! ほら、来てみたかったんだ! ガーデン!」
超裁の外周を歩いていて、丁度入り口の真裏に来た所で不可子が駆け出した。
良平が不可子を追うと、たどり着いたのは色とりどりの花が咲き乱れる明るい庭園だった。
「デートにはもってこいって感じだね!」
円柱形の超裁から少し突き出た場所に造られたその庭園は、周囲に建ち並ぶビル群からは完全に浮いていた。
高い建物に囲まれているにも関わらず、明るく陽が差している。
(ああ、鏡、みたいな……)
良平が顔を上げると、周囲のビルのあちこちに鏡のような反射板が取り付けられているのが目に留まった。
狭い空のわずかな太陽光を集めて、この場所を照らしている。
(あの世みたいな……天国みたいな場所だなあ……)
「天国みたいな場所だね!」
「……ははっ!」
思ったことを言い当てられて、良平は笑い声を上げた。
明るい不可子の髪が陽光に照らされて、きらきらと輝いている。
(いつから、仲良くなったんだっけ……)
不可子との出会いに良平は思いを巡らせたけれど、はっきりとした記憶は蘇らない。
それでも、自分が何かを迷った時にアドバイスをくれたのが不可子だったという思いがあった。
優しくありたい、人に優しくしたい、人のために生きたい。
いつからかそう願い続けている良平を、時に諭し、導いてくれたのは不可子だった。
「掃除当番のこととか……」
「うん?」
思わず漏らした良平の心の声に、不可子が相槌を打つ。
「いや、ほら中学生の時の」
苦笑混じりに良平は言葉を紡ぐ。
「みんな帰っちゃって……一人で掃除してたら、鮫島が手伝ってくれたよね? あれ、嬉しかったよ」
「あー。ふふっ。良くんは優しいけど、一人で損をするのは間違ってるなあって思ったからさ」
「損、なんて思ったことはないけどね」
「うーん……そうだね」
明るい庭園をゆっくり歩きながら、不可子は微笑んだ。
「自分が損をしてるとか、そういうことを思わないから……わたしは良くんのことが好きなんだと思うよ」
「うん、ありがとう。鮫島」
「うん! ……うん?」
完全に告白をスルーされた不可子は、一瞬怪訝な表情を浮かべたが、
「……そーゆーところも、良い所だと思っておくよ」
仕方ないという感じで、また微笑んだ。
「そういえば、天野サンとはどうなの?
上手くやれてるの?」
「いや……あんまり……」
狩葉の名を出されて、良平は返答に窮した。
今日までは独裁官の後輩として、一方的に捲し立てられているだけだという自覚はある。
ただ、彼女にも目的や意志があるからこそ、尖った物言いをしているんだという確信が良平にはあった。
(独裁官をしているんだから、心労もすごいんだろうな……)
狩葉の苦労を想う良平の表情を読み違えた不可子が、
「……わたしとも、仲良くしてね」
拗ねたような声を上げる。
「当たり前だよ。鮫島は──」
大切な友達だよ。
そう言って笑った良平に、小さく小さく頷いてから不可子は、
「あーもう! いつか死ぬならこんな感じのお花畑が良いねー!」
両手をぶんぶんと振りながら、大声でそう叫んだ。




